皆が何気なく過ごしている『日常』にありもしない事が起きた時、『非日常』へ変わる。
当たり前だと思っていた一日に突然亀裂が入ってしまえば流石に恐れを覚えるだろう。だがそれは皆同じ。
昼間にも関わらず、場所も、人数も、それらを無視して私の視界に入って来る霊に遭うのは当たり前で、
日常の一部となっている。一般からすれば考え辛いのがほとんどで、中々理解して貰えない。
理解を得ようとも避けられ、ついに諦めた。神とか、そういったものには余り関心はないが、いつも思う。
私は何の為に生まれて来たのだろう、と。
自分の体質を呪いながら過ぎ去っていく日常に私は恐れていた。しかし、それは今となっては昔の話になる。
何故ならそれ以上に想定外の事が今、起きている。
***
廊下を出て教会の裏側から校庭の様子を伺った。
巨体同士でぶつかり合い、耳が痛くなる程の金属音を出しながら戦闘が行われていた。
人間とは全く比ではないその様は迫力が違う。がここまで避難するまで校舎はいくつか半壊にされていた。
休校の文字を思い浮かべながらどうこの危険な状態から抜け出そうか考えていると、
「さんですね?」と何処かくぐもった声が耳に入った。
条件反射に振り返ると軍服を着た二十代ばかりの男が立っていたが、
すぐ後ろから誰か口元を何かで押し付けられた。
薬品の臭いを嗅いでしまった時には既に遅く、深い睡魔が押し寄せて来た。
「本当にすみません。ですが貴女の命にも関わるんです。」
「どういう意味?」と聞こうとしても睡魔には勝てず空を仰いだ。
最後に見た、血塗れに骨を剥き出しにした男が霊だとわかったのは後のことだった。
***
蔵人は焦っていた。ちょうど住んでいる地域をパトロールしていた知人から、
聖マリアン女学院に何かが落ちて来た、と連絡を貰い、気が付けば車を動かしていた。
先程のニュースの映像を思い出し、沸いて来る不安に表情は険しくなる一方だ。頼む!無事でいてくれ!!
数台の車に少しばかりか傷が目立つ茶黄色のスポーツカーが横切り、そこで蔵人は車のハンドルを回した。
***
体が軽くなったかのように気持ちの良い眠りに自分のものではない何人かの声が飛び交っている。
もう眠れる状態ではなくなったのを悟り、重い瞼を開く。
目の前にある天井は自分の家でも保健室のものでもなかった。
ここは何処だと首を動かすと何台も並べてあるコンピューターの前に白衣とスーツ、そして軍服が映る。
その中に最後に見た軍服の男の顔を思い出し無意識に声を上げた。
ここでようやく3人はの存在に気づいた。
「よかった。ちょうど起こそうと思ってたの。体の具合は平気?」
「え・・・ええ、まあ・・・。」
「先程はダニエルが悪いことしたね。」
「ダニエル・・・?」
「私です。いきなり連れて来て失礼の承知の上ですが我々と来て・・・頂けませんか?」
「・・・私・・・人質にされているって事ですか?」
暗い表情で問いかける彼女に対し、3人は面を喰らったように目を丸くする。
「まあ・・・私達が勝手にしたことだからそう思われるのは仕方ないわね。」
「どうか恐れないで。私達は決して君に危害は加えない・・・。ただここを連れて来た訳を話したいんだ。
聞いてくれるか・・・?」
外見からしてどちらも悪さをするような人達には見えない。
だからと言って言葉を易々と呑むわけにはいかなかった。
だが全く理解のしようのない現状にはやはり情報が必要不可欠。
「・・・わかりました。」
「よかった。ここで立っているのも何だから歩きながらでもいいかな?」
スーツの男の言葉に頷くと彼に先導されながら突然意味深なことを聞かれる。
「君は・・・『地球外生命体』というのを信じるかい?」
「・・・それと連れて来られたことに関係あるんですか?」
「勿論。それは―――。」
「スパイク、そんな遠回りなことしないで教えたらどうなの?」
「・・・カーリー。彼らがここを去って20年以上も経っているんだ。
それにあんな目に遭った彼女に一気に説明するのにどうかと・・・。」
「貴女、ここに来る何かを見たか覚えてる?」
スパイクと呼ばれた男の制止すら無視してカーリーと呼ばれた女はじっとの応答を待つ。
この張り詰めた空気と彼女の眼差しはとても冗談を言っているようではない。
皆の視線が集まるせいか、思うように思考が働かない。静寂に包まれる中「あ。」とポツリと出る。
「血塗れの男・・・。」
「え?」
「あっ、いや・・・・・・巨大なロボットが二体・・・。それが学校に現れて・・・。」
緊張からか、区切ってゆっくり話しながらは戸惑った。何故こんなことを言うのだろうか。
話したところで彼らが本気で信じるとは限らないのに―――すると何かを思い出したように突然声を上げた。
「そうだ、荷物教室に・・・どうしよう・・・。」
予想外の言葉に3人は思わず顔を合わせ、妙な空気の中でダニエルが返答する。
「大丈夫です。既にこちらが預かっていますので。」
先程の緊張感はどこへ行ったのか、自分の身の危険を感じているのに関わらず、荷物の心配を始めるとは―――
この少女、どこか抜けている。
の発言があったからか、殺伐とした空気が先程より柔らかくなっていた。
「話が脱線しちゃったけど・・・そのロボットはトランスフォーマー。
地球より遥か彼方にある惑星サイバトロンから来た金属生命体だ。」
歩き続ける途中から合流した自動操作する車椅子に乗るメガネを掛けた男の言葉に、
は何かが引っかかるのを覚えた。仮にそうであったとしても何故知っているの?
―――そんな彼女の言いたいことがわかったスパイクが口を開く。
「君が生まれるずっと前に彼らと会ったのさ。まあ・・・今回は顔見知りじゃないけどね。」
「・・・じゃあ何故学校で大暴れしたのかご存知で?」
「君がオールスパークの持ち主だからだ。否、正確に言えば・・・。」
すると何故か言葉を発するのを止めた。表情を険しくさせる彼には続きを求める。
「・・・ショックを受けると思うけど・・・いいのかい?」
「今更止めては約束になりませんよ?」
彼女が苛ついているのはそれだけではない。
オールスパークという単語を最初に出くわしたロボット―――トランスフォーマーが言い発っていた。
それは私がここに連れて来られた理由に深く関わっているに違いない。
それが一向にわからない以上、自分の身は安全とは言えない。男はメガネを掛け直して再び口を開く。
「その前にまず・・・オールスパークが何なのか知ってほしい・・・。
それはトランスフォーマーの命の源であり、
強大なエネルギーを有した物体なんだが詳しいことは何も―――。」
<その一部が君の体内にあるってことだよ。>
「はっ・・・!?」
聞き覚えのある声が頭上から響くのを悟り、
ふと顔を上げるとあの黄色のトランスフォーマーと戦っていた茶黄色の巨体を持つトランスフォーマーが映る。
下手をしたら潰されかねない至近距離に後退る。
「安心して。彼はロランJ。正義軍のオートボットの一員よ。」
「っ・・・じゃあ・・・あの黄色のは・・・。」
<アイツはデッドライン。破壊を好むディセプティコンだよ。>
嫌な連中さ、と肩を竦めたようなポーズを取ってみせる。だが、未だ納得の理由を得られていない。
「それで・・・私の体の中・・・にある、その・・・オールスパークというのとどういう訳が?」
<話が長くなるけど僕らオートボットとディセプティコンはオールスパークの未知なる力を巡って
戦争しているんだ。今はディセプティコンが優勢だけど・・・。>
そう言うとロランJは悔しそうに拳を握り締める。彼にも人間と同じように感情を持っているようだ。
更に彼は言葉を続ける。
<僕達オートボットの総司令官アヴェルデはリベルトロンの手に渡らないよう誰も知らない
銀河の果てに隠すようにと僕に任せられたんだけど・・・その途中追手に攻撃されて気が付いたらここに・・・。>
「ロランJが地球に墜落した衝撃でオールスパークが飛び散ったの。それはちょうど10年前に―――。」
カーリーの言葉には絶句した。忘れもしないあの出来事。
今までなかった大きな地震の後、何故あの時窓を開けてしまったのか。
突然すぎて退院するまで「何も覚えていない。」の一点張りだったが、
今思い返せば何かがこちらに飛んで来たことは確かだった。
それがオールスパークの欠片であったと知った同時に不安が一層強まった。
「あの・・・それは私の他にも・・・?」
「今の所それらしき保有者はいるけど特定の場所はまだ掴めていない。」
スパイクが親切に応えてくれるが、質問をした本人はそれを聞こうとしている訳ではなかった。
それは今後自分はどうなるのか、という件だ。
「一応話はわかりました・・・。き、聞いたんですから帰っていいですよね?」
お願い、そうさせて―――。嫌な予感がしてならないをよそに期待を裏切る言葉が返った。
「そうしたいのは山々だけど・・・貴女がディセプティコンに狙われている以上、
このままにしておく訳にはいかない。」
「君の身を保護するようにと政府から要請が来ているんだ。だから君の個人情報を全て―――。」
「だから何ですか!?」
自分でも驚くくらいの声を上げたに3人は思わず硬直した。
「ホント・・・理解できないです・・・。いきなり謎の生命体に襲われて・・・
トランスフォーマーだのオールスパークだの・・・貴方達の戦いに巻き込まれていい迷惑なんですよ。」
オブラートに包まれていない優しさの欠片もない言葉の連続。
今まで心のない言葉を投げられたからだろうか。
自分らしく乱舌に、これまでのうっぷんを晴らすかのように再び喋り出す。
「そのオールスパークというのが重要視されていますけど、そんなの私には関係ないですし・・・
貴方がたの言う通りにはなりません。」
「Miss.・・・。」
ダニエルが何か言おうとしていたが、は全く聞く耳を持たなかった。
「これ以上好き勝手にされるのも困りますし、帰らせて頂きます。」
「ま、待ってくれ!これは本当なんだ!君だけじゃない、君の家族や周りにも危険をさらしてしまう―――。」
<行かせてやればいい。>
後ろから怒りや不安が入り混じった声が飛び交っていたが、今の彼女にとってはどうでもいい。
早く帰りたいと早まる気持ちでいっぱいであるの一番の目的はまずこの建物から脱出することだ。
だが一度も入ったこともないここから抜け出すのはそう簡単にも行かなかった。
ここぞとばかり頭をフル回転させる。ここは地下か、はたまたビルのように上階にいるのか、それとも―――。
「何を考えているんだロラン!まだ装置を付けていない以上、また奴らに見つかるぞ!」
「チップの言う通りよ。貴方がここに来てまだ間もないから知識は乏しいと思うけど、
私達人間は貴方とは違って―――。」
<わかってるさ。だが彼女の意思を聞かずここを連れて来たんだ。これ以上無理強いはしたくないだろ?>
「・・・勿論さ。だけど・・・あの子の身の周りはもう安全じゃない。」
責任感を抱くスパイクの肩が小刻みに震える。ダニエル意外の3人が不安を隠せないまま静寂を保つ中、
それを切るような不安を感じさせない声が発せられる。
<平気さ。彼女は自分から戻って来るさ。>
***
行ったり来たり、そういった行動を繰り返して約30分。
それだけここが広い同時に迷路のように複雑な構図になっているということが分かった。
後は勘を頼りに行くしかない。これ以上時間が掛かれば再び彼らと接触するハメになる。
そんな思想をする中で彼女の努力がついに実る時が来た。
偶然目に留まったドアを開くと電光ではなく太陽の日差しが差し込んだからだ。心地良い風が肌を撫でる。
やっと外に出られたんだ。ホッと胸を撫で下ろしてドアの枠を潜った。完全に建物から出たのはよかった。
だが問題はこの周囲にある。ゆっくりと辺りを見渡すが何もない。
道路も、人も、あの建物以外の建設物も。そう、『海』以外は―――。