は目の前の光景に膝をつく。まさに絶望を突きつけられた状況だ。
まさか、まさか海の上に建っていたなんて・・・。
その場で完全に体を崩しただったが、時間が過ぎていく毎に冷静になって考えた。
だったら彼らは移動の度にヘリコプターで海上を飛んでいったか、
それかあのロランJと言うトランスフォーマーが海の中を横断したのか・・・どの道誰かが必要となって来る。
しかし彼らに関わるのは避けたい。自分から聞き出して勝手なことをしたが、
彼らの話を完全に信じることはできない。
もう後には引けないのだ。海の波が打ちつく音に耳を傾けながらは意を決して立ち上がった。
***
ここはかつて、先代のオートボット達と共に戦った人間、
現在ここにいるスパイク・ウィトウィッキーらがまだ見ぬ未来に向け建設した新しい基地だ。
表向きでは『ウィトウィッキー研究所』として立っているが、
事実を知っているのは政府のほんの一部とオートボットの一員、ロランJのみ。
10年前に起きた事件に真っ先に駆けつけたのも、今回も彼らである。
その日起きた出来事は『隕石の墜落』と偽造し、トランスフォーマーの存在を公にしない結果となった。
昔、オートボットがこの星の者達皆に認知されていたかどうかはロランJは知らない。
だが全ての人間に存在を知られては今後に不祥事が相次ぐだろう。
この星に墜落し、激しい損傷のおかげで起動するのにほぼ10年は掛かった。
自分がこの星について余り知識がついていないのはそのせいだろう。
人間というのは脆い生き物だ。トランスフォーマーにはない軟らかすぎる体。
圧倒的な体格差でほんの少し間違えば潰してしまう。
我々と差ほど変わらないが、こちらの種族の方が一段と感情が激しい。
特にという人間は自分の立場を弁えているのに関わらず、
冷静であったことを一変して自分の本音を爆発させた。ロランJを目の前にしても素直に聞いてくれないのが現実だ。
普通だったら何らかの大きなリアクションをするが、今まで霊に遭遇して免疫がついたが相手となると、
あの反応だろう。その事実を、彼は未だ知らない。
それにしてもスパイク達は心配のしすぎだ。彼女がこの場に去ってからずっとこの基地の中を回っている。
仮にここから出られたとしても周りは海面しかない。
町がある島国まで泳ごうと思ってもここの海域の波が激しく途中で力尽きてしまう。
自分達のようにモーター等が付いていれば別なのだが・・・しかしあの人間はどこに隠れているんだ?
既にこの基地には彼女の反応がないとセンサーが察知している。だとすればこの外しか他ならない。
この場に隠れるスペースなどないのに・・・。
見つけないとスパイクら3人がうるさくなるだろうとカメラアイを凝らす。するとようやくの熱反応を捉えた。
だがそれは本人ではなく、彼女がそこにいたであろうと思われる跡だけが残っている。
そしてその先は人間の肉眼では見れない遥か先にある島。考えられるのは一つしかない。
<・・・マジか・・・。>
スパイク達の怒声で騒々しくなる光景がブレインサーキットを過ぎった。
***
夢を見ていた。見渡す限りの海面を無謀にも泳ぎ渡ろうとしている自分。
最初は負担を軽くしようとコートやブーツを置き捨てようかと考えたが、
両親の形見であるそれらを流石に手放すのはこの状況に追いつめられても出来なかった。
その分、海水で滲み込んだ服が重みになり、思うように進めない。
それでも前に向かって波をかいた。一体どのくらい経ったのかは太陽が沈んでいる様を見れば大体理解できる。
それと同時に疲労が出て来る。何故なら自分がこう一生懸命泳いでいっても一向に何も見えて来ないからだ。
何て子供染みたことを私は早まったのだろうか。
だがここで諦めた所で先程の場所が見えなくなってしまった以上、引き返すことも危うい。
海水に長時間浸かっていた体の温度は日が沈む毎に奪われていき、疲労による睡魔が襲う。
駄目だと頭ではわかっていても、体力は限界まで底尽きていた。最後まで力をふり絞り、腕を振った。
しかし、その腕は波に触れることなく宙を舞い、意識はそこで途絶えたのだった。
***
さざ波を目覚ましにして瞼を開くと海ではなく、白い砂浜が目に映った。
音を聞いて後ろを振り返るとその海面がある。いつの間に自分はここへ辿り着いたのだろうか。
海水で滲み込んだ塩気の匂いがする制服に付いたワカメを取り払う。とにかく人を捜そう。ここが何処か知りたい。
空腹であることを忘れようと海を眺めてみたが、天候が良いことに関わらずの心は晴れなかった。
背後から遠く、誰かの視線に向けられているのを知らずに―――。
***
靴下とブーツを両手にゴツゴツとしたコンクリート道路の上を歩く。
たまに尖っている小石が転がっているのを誤って踏んでしまった時は苦難だったが、
太陽の心地良い光で痛みが薄れていくように感じた。
道中に見えるサトウキビ畑に地元では余り聞くことはないであろう方言で書かれた看板。
ここは・・・沖縄か?
ここが日本の土地であるとわかったと同時に少し安堵を漏らす。
歩き続けてようやく町らしきものが見えて来た。早朝であるからなのか、人影が見当たらない。
道路を横断する柴犬を横目に、ふと目に飛び込んだのは古めかしい電気屋のガラス越しに光を放つ1つのテレビ。
現在進行形で放送されているようだ。
地方は違うが、もしかしたら昨日のことを取り上げているかも―――
そんなこととは裏腹に天気予報のコーナーが終わると終わると『臨時』という文字が入って来る。
そして後から映された映像には驚愕の表情を浮かべた。
「・・・うそ・・・。」
そこに映されたのは紛れもない、まだ健在であった両親と暮らしていた一軒家。
それが残骸となった姿でテレビ中継されていた。両親が事故死して以来、
その家を売却してそれ以降のことはわかっていなかったが、
幸いそこはまだ空き家で周囲にも大きな被害がなかったと言う。
昨日起こった隕石と同じ物が墜落したのではないかと意味深な言葉を言い残し、
すぐさま別のニュースに切り換えられた。
何故昔住んでいた家が・・・!?その疑問にスパイク達が口にしていた言葉が脳裏によみがえる。
「君の身を保護するようにと政府から要請が来ている。」
「君だけじゃない、君の家族や周りにも危険をさらしてしまう―――。」
頭では理解していても心の隅には夢であってほしい、と無意識に頬や手の甲を抓った。
地味に伝わる痛みと共にゾッと背筋が寒くなる。自分が通う学校、幼い頃お世話になった一戸建て。
家まで襲う程、奴らの情報収集は細かい。
その時ふと脳に過ぎった蔵人の姿にどうしようもない不安と恐怖が募った。
急いで携帯電話に手を伸ばした―――が、そのまま空を掴む。
そこでようやく荷物を取り戻していなかったことに気付いた。
「(一体何をしていたんだ私は・・・!)」
普通であればここで項垂れていただろうが、今はそれ所ではない。彼の身が心配だ。
スカートのポケットに入っている小さなガマ口を取り出す。現在の所持金は246円。
公衆電話で利用するには何とか足りるだろう。この辺りにあればの話だが・・・。
「おじさん・・・。」
口から自然に出てしまうのは愛故か。フラフラと足を進めると突然の動きが止まった。
彼女の目の先は青い空。否、正確には言えばその向こうにいる何か。
肉眼にそれは映らないが、確かにその存在の気配を感じていた。
それは保健室が襲撃された例のディセプティコン―――。
「(あいつだ・・・!!)」
気が付けば行動は早く、木々などで覆われた暗い路地へ逃げ込んだ。
それでも不安であったは嫌悪も忘れてそばにあるドラム缶の中にすっぽりと納まると、
気配が去っていくのを願いながら縮こまった。
心臓の鼓動が速くなる度、呼吸も荒くなる。
今か今かと両手を握り締めていると、それが去っていくのを感じてドラム缶から身を乗り出した。
その代償に白いコートが黒く汚れているのがはっきりと分かる。
クリーニングに出せば綺麗に落ちるだろうか。呑気にそう考えていると前方の影が自分を覆う。
コートから視線を外せば明らかに穏やかではない雰囲気を漂わせる男達が5人。
軽くお辞儀して後ろから行こうとすればそれと同類と思われる男達。
ここはトンネルと間違えそうな路地に逃げ場を失った。
「あの・・・何か御用ですか?」
「いや?俺らのテリトリーに久々の客人が来たからなあ・・・挨拶しようと思ってな。」
テレビドラマとかで見かける、いわゆる不良軍団と言ったところだろう。
何故次から次へと災難が降り掛かって来るのか。
「勝手に入って来てすみません。ここが貴方がたの領地だとは存知なくて・・・。」
の言葉に男達は顔を合わせたり、目を丸くすれば全員揃って笑い出した。
「あながち間違っちゃあいねェな。これも何かの縁だ。ちょいと俺らと付き合ってくれよ。」
このような経験は一度もないが(寧ろ体験したくもない)、見知らぬ男達に付いていく程お人好しではない。
先程から危険信号が鳴り響いていて落ち着かない。何故ならこれから―――。
「さあ、行こうかお嬢ちゃん。」
一人が私に近づこうと同時にふいにその背後にいた男達が動いたのを見て地面を思いっきり蹴り、
僅かに出来た隙間へ入った。
フットボールをプレイしているかの如く男達の間を潜り抜け、
第一関門を突破できた訳だが、ここからが問題だ。全力疾走で前進する中、彼らは執拗に追いかけて来る。
人数からしてこちらが圧倒的に不利だが、完全に振り切ることが出来なければ後はない。
ただこの見知らぬ土地でいつまでも道が続いてくれるかどうか、だ。
本当はどこかで足を止めて休みたいところだが、状況が状況なのでそんな気持ちにもなれず、
息を切らしながら、"もう見つかることはない"と満足するまでひたすら走り続けた。
昨日から何も食べず、何も飲まずでいたせいで喉はもうカラカラだ。
何の栄養も吸収していない今の状態はマズかった。
周りが自分の背丈以上に立っている丈夫な草原を掻き分けていくと塩の匂いが鼻をツンと刺激する。
まさか海の方へ逆戻りするハメになるとは―――。
すぐ引き返そうとするも後方から男達の声が飛ぶ。姿はまだ見えないが、確実にこちらへ向かっている。
ならば別の方向へ、と右に向けば別の仲間の声が、そして左にも姿無き声が飛び交う。
先程と同じ状況に立たされてしまった。
もうここまでか―――半ば諦めかけてた時、すぐ後ろからさざ波の音が耳に入って来た。
・・・そうだ、まだ逃げ道があるじゃないか!
急いで崖の下を覗く。凸凹とした岩が海面から出しており、勢いよく波に打ちつけられる。
その後どうするか、無事二度も海から生還するか―――なんて彼女の頭からすっかり抜け落ちていた。
とにかく、この状況から脱するべく、無我夢中で海の方へ飛び出し、海面にぶつかる―――はずだった。
<飛び降りたところをロランJ選手がキャッチしたぁぁああ!!>
何かに体を掴まれ、気が付けば車内のシートに座らされ、ご丁寧にもシートベルトまで付けられていた。
<そしてそのまま華麗に海へ一直線―――!!>
・・・何だって?
混乱していた頭が一瞬にして思考を止めた。
車が勢いよく海に突っ込み、そのまま沈んでいくかと思えば、なんと普通に平行で海の中を進んでいる。
車内から魚が楽しく泳いでいる様子が見える現状に口が半開きのままだ。
<素晴らしすぎて見とれていたのかい?>
それは海の中の景色のことなのか、それとも先程の救出劇のことか・・・
個人としては前者であることを願いたい。(後者だったら引く)
そういえばこの声どこかで・・・・・・・・・ん??
「うっ、運転手がいない!!?」
<今更だな。>
驚きの声とは対照に呆れたような声が返って来る。
一体何がどうなっているのか車内を見渡したり、シートを軽く叩いたりした。(すると<やめてくれ。>と注意された)
<昨日紹介されたと思うが僕はロランJ。スポーツカーにトランスフォームする。>
「・・・貴方が・・・!?えっ・・・!?」
<驚くのも無理もないか。初めて対面したのはロボットモードだったからな。>
やはり見知っていた者だったことが発覚したが、同時に顔が険しくなった。
静かになる車内に再びロランJの声が発せられる。
<どうした?>
「・・・私を連れ戻しに来たんでしょ?だからここまで来て・・・。」
それ以上言うのが嫌になって口を閉じた。
再び静寂に包まれる中、<あー。><その〜・・・。>と雑音ばりの声が跳ね返る。
ふと顔を上げると小さなモニターに地図が映し出された。
<お前の家はここで合ってるか?>とロランJの言葉にようやく、
これが蔵人と今二人で生活しているマンションのある場所だと気付く。
けれど何故それを?疑問に思っている中、<あのな、>とロランJが付け足す。
<僕は彼らの味方であるが、指令を受けるのは僕達の総司令官だけだ。
あの人から次の指令が来るまで自分の判断で決める。>
<僕は頭が良くないから人間というのはよくわからない。特に君が・・・。>
まさかの私に指摘が入り、思わず耳を疑った。私に気を許そうと戯言を言ってるのではないか、と。
<人間というのは自分勝手で訳のわからない生物だが、
プロペラもなしに海に渡ろうなんて無茶ありすぎだろ?
さっきの連中にだって、口答えしたってムダだと思うのに・・・。>
ペラペラと喋り続けるロランJの言葉に聞き捨てにならない単語が入っていた。それはつまり―――。
「ずっと・・・・・・・・・尾けていたの!?」
<まあ君を見つけたのは海を泳いで気絶した今から10時間以上も前だったかな。>
「なっ・・・。」
結局私がどこで何をしようとも、こういう形で終わるようだ。
「でもだったら何でその時に連れて行かなかったの?そうするタイミングはいつでもあったんじゃ・・・。」
<君がどういう行動するのか気になって・・・。>
「じゃあ私が崖から飛び降りるまで何もしなかったの!?ひどいよ!本当に何されるか・・・!!」
今更になって恐怖心がよみがえって来たようで全身が震え出す。その途端、車内が僅かに揺れる。
<どっどどどどうした!?何で目から水が漏れているんだ!?>
彼の意味深な言葉に、頬に一筋の線が流れていることに気付いた。
彼、いや彼らは涙というものを知らないようだ。
さっきまでの空気は一変し、何か大きなことが起きた訳でもないのに緩んでいた。
「何でもないよ。それよりさっきのことだけど・・・あの地図は・・・・・・私を家まで送るって解釈していいの・・・?」
<君がそう望むのならね・・・それともあそこに戻ってほしいのか?>
「そ、それはちょっと・・・。」
<だろうと思った。ま、あっちはあっちで別に捕って食う訳じゃないんだから安心しろ。一応同じ人間なんだし・・・。>
そうロランJは言ってくれるが、彼らのことを完全に気を許すのは出来そうにない。
しかし彼なりの気遣いを拒否するという形になるので、ここは小さく頷いて見せる。
とは言え、そういうロランJも彼らと同じ対象なのだが・・・最初よりは良い方だ。
「あ、あの・・・。」
<ん?>
「さっきは・・・ありがとう・・・。」
まさかその言葉を言われることを思っていなかったのか、長い沈黙が続いた。
何か気に障る単語でも言ってしまったのか考えているとスピーカーからくぐもった声が漏れた。
<あ〜・・・それはこっちが原因でそうなってしまったことなんだ。気にするな。>
顔(車になってそれがあるかどうか分からないが)が見えないので、どういう心境で言ったのかわからないが、
感謝されることに慣れていないように聞こえる。
<それはそうとお互い・・・そろそろ名前で呼び合わないか?なきゃ不便だろ?>
「それは私への気遣い?それとも自分の・・・?」
<っ・・・そんな訳ないだろ!やっぱ気変わった。さっきのはナシナシ!>
「・・・冗談ですよ。ごめんなさいロランJさん。」
<あ!?い、いや・・・僕の方こそ大人気なかった。すまない・・・あと、ロランでいいぜ。堅っ苦しいのはナシな?>
「わかったよ。それじゃ家までよろしくね、ロラン。」
怒ったり、驚いたりとコロコロと声を発する金属生命体は体も中身も違うだけで、
私達人間と同じように感情を持っている。
それにしても、さっきまでは拗ねたくせに急にしおらしくなるなんて可愛い車だ。