海中走行の旅が終わり、まるでカーナビの指示通りに永遠と続く高速道路を通るロランJは、 前、後ろと走行する自動車と何も変わらない。そのトランスフォーマーである車内にはいた。 都心が見えて来たところで「あっ―――。」と声が漏れた。 当然、彼女しか乗っていない為、その声を拾ったロランJは<どうした?>と訊ねる。 「さっきの場所で見たんだけど・・・昔住んでた家が壊されてた・・・。」 <ああ、ラジオで聞いたぜ。でも空き家だったんだろ?> 「それはそれで良かったけど・・・前の住所を彼ら(・・)が特定できたのなら・・・  私が今どこに住んでいるのかもうわかっているんじゃ・・・。」 <けど、あいつらはそこをマークしないと思うぜ。 狙われてるとわかってそこに留まれば捕まるリスクは高いし、 人間の行動や心理を熟知しているディセプティコンはそのくらい把握してる。> <だから不安がることないよ。>とロランJに対し、は「そういうことじゃない。」と首を振った。 「つまり、ね?そのディセプティコンは私が引き取られた身元だってわかっているんじゃないかと思うんだよ。  どこまで調べたかわからないけど・・・。」 <おう。> 「私だけじゃなくて・・・その保護者(・・・)の身も危ういんだと思う・・・。いや、絶対危ない。」 <・・・お前。> 「本当にごめん。私以外の人でも現在位置ってわかるかな?事件がなければまだ警視庁にいると思うんだ。」 *** 警視庁内にある数少ない喫煙所。ただ一人で煙を上げ、何本目かになるタバコを灰皿に押し付ける。 蔵人雅紀は今、すこぶる程不機嫌である。 昨日、いつも通りに職場に向かうと朝から奇妙なニュースを見て、 その後知人から悪い知らせを聞いての通う学校へ向かった―――はずだった。 気が付けば警視庁の仮眠室で横になっていて、同僚が言うにはここ(・・)で気を失ったらしく、 大した怪我はなかったのでここに運んだのことだ。 「(そんなはずはない・・・!確かに俺はここを出た(・・・・・・・・・・)!)」 例の知人に話しを聞いても「お互い年だからな。」と苦笑いではぐらかされ、 俺に頭を銃で撃ちぬかれる程の知らせを聞かせたことすら"ない(・・)"と言って来たのだ。 念には念をと、本当に俺のボケだったか確認するため聖マリアン女学院に電話をかけた。 初っ端から対応して来たのは意外にも理事長の方だった。 「ええ、おかげ様で何事もなく生徒達も元気に学んでおります。隕石?地震だったらあることないんですがねえ。」 にわかに信じられなかった。この理事長に、この学校に対して今まで不満などなかった。 だが、俺の勘が"それはウソだ"と告げていてしょうがないのだ。 結局、書類を片付けるハメになり、家に帰ることなく一日を迎えた。 だからに会っていない。何度か電話を入れたが一度も出ず、メールすら送られて来なかった。 「(一日経っても連絡ないなんて・・・何でこの時に限って・・・!?)」 そういうことがあるのは今回が初めてじゃない。だが疑惑を持っているせいで余計不安を煽った。 「(・・・!!)」 まだ仕事が残っているが構うものか。同僚か後輩に頼んで仕事明けにうんと奢ってやろう。 そう思った矢先、建物から出た途端、見知らぬ(・・・・)茶黄色のスポーツカーに腕のような何か(・・・・・・・)に中へ引き込まれた。 一瞬、今最も会いたい張本人がその車に乗っていたのを見逃さなかった。 *** 暗い。 今の時間帯からすればそうだが、この車内に渦巻く空気のようなものに対してだ。 無理の承知の上で(ロランJからすればお手のものだが)急遽場所を変更して蔵人を無事見つけた訳だが、 これからどう話せばいいのか悩んでいる。 「(本当に車なのかわからない物体に遭遇しちゃってるから・・・あれは動揺してるんだよね・・・?)」 後部座席の隣りに座っている蔵人はこちらに目も向けず、窓に視線を向けたままで何かを語ろうともしない。 彼の性格では、そう大人しくしていないはずだ。 会って早々大きな口論にならずに済んでよかったものの、それが逆に不安を煽らせていた。 痛い沈黙の中、緊張気味であるがおそるおそる口を開こうとした時、 「俺はよ、」蔵人が口を割った。 やっと喋った彼に対し、本来なら喜ぶはずなのに今は不安と恐怖でしか沸かない。 「先月、健康診断で"今年も問題なし"って言われたよ。酒とタバコの量を減らしていったおかげだぜ。」 「・・・。」 「この道に入って20年以上経つんだがよ、仕事や家庭に支障が出ねェよう回数はきっちり週1回にしている。  ストレス溜まっても他のに代用している。」 「・・・おじ、さん。」 「だが俺は昨日・・・それ(・・)を破った。どのくらいタバコ吸ったのか、もう覚えてねェ・・・。」 それ以上は聞きたくない。私を拒絶なんてしないで!皆(・)のように冷たい目を向けないで! 下にうつ向いて「おじさん・・・!!」と震えた声で叫んだ。 「皆は・・・一体何を隠しているんだ?教えてくれよ、。」 喫煙しすぎたせいなのか、目に光がなかった。 まるで死んだ魚のような目をに向ける蔵人だが、 その向けられた本人は体を抱えるようにしてピクリとも動こうとしていない。 その姿を見る蔵人の目には一体どういう風に映っているのだろうか。 だが今の(・・)にそう考える余裕などなかった。 「・・・ロラン。」 <ああ、わかってる。> ぎゅっと胸元の制服を握り締める彼女をよそに、それ(・・)は起こった。 <オォォウルスパァァアクはどこだぁぁあ!!!!> ロランJの正面窓に向かって来るクレーンを避けるが大きくカーブした為、 車内では2人がその反動で体を揺さぶられていた。 はシートにしがみついていたが、突然の事態を予想だにしなかった蔵人は、 マヌケにも窓に頭をぶつけた。 「いってェェエエ!何なんだよ一体!腕ある割には乱暴な運転だなあオイ!!」 <電車やバスだってこういうことあるんだろ?> 「ああ!?どこの車か知らねェが、いか好かねェナビ(・・)がついたモンだなあクソッたれめッ!!!」 ・・・どうやらいつもの蔵人に戻ったようだ。 しかし彼がいちゃモンつけている間に、あの(・・)ディセプティコンが方向転換してこちらに向かって来ている。 <、僕が時間を稼ぐからそのおっさん連れて避難するんだ。> 「おいコラ待て。何勝手に話進めてんだよテメー。」 「おじさん。バカバカしいと思うかもしれないけど、これから起こることは全て現実なんだ。  一緒に降りてくれなきゃ・・・貴方の命が危ない。」 「・・・。お前とは昔っからの付き合いだが、今回ばかりは軽んじて受けねェぞ。  この車といい、あいつらといい・・・俺は何を信じたらいいのかわからんねェよ。」 彼の言いたいことは痛い程わかっている。全てはこの地球と人類のために隠ぺいをしている。 だがそれは真実をもみ消す現在のメディア(全てとは言い切れないが)と何も変わらない。 蔵人が今まで信頼していた人達に本当のことを言ってもらえず、 孤立してしまったその心はそう簡単に解せるものではない。 かつて、心を閉ざしていた昔の私と同じように・・・。 <―――!!> イラつきと焦り混じりに声を上げるロランJ。 意を決した顔付きになったはシートベルトを外して蔵人の手を掴んだ。 「先に謝ります。・・・ロラン!」 「うおおおっ!?」 人気のない工場地帯のところで再び大きくカーブしながら後部座席の扉を開き、 力任せに2人をポイッと外へ放り出した。 訳がわからず、ただ声を上げる蔵人を抱えるように、 無造作に転がって絨毯の様になっているタイヤの上に転がった。 タイヤがクッションになったおかげで大きな怪我にならずに済んだ。 ―――ガッシャァァアン!! 派手に奏でる金属音がちょうどロランJがいる所から聞こえる。 彼らとの戦いを目の当たりにするのはこれで二回目となる。 まさにド級と言われるこの光景を息を呑みながら様子を伺った。 避難しろと言われ、今までなら真っ先に逃げていただろう。 だが妙に友好な態度で接してくれる金属生命体(寧ろ異星人?)に、 不思議と気になってどうしようかと動けないでいる。 だがこちらは狙われてる身で、所詮ただの人間。 ここに来て何もできないでいる自分に初めて悔しさを覚えた。 "僕が時間を稼ぐからそのおっさんを連れて―――。" 「(そうだ、おじさんは・・・?)」 目の前の光景に捉われてうっかりしていた。それにしてもやけに静か(・・)だ。何回見渡しても姿がない。 一向に見つからない蔵人に、の脳内で警告のサイレンが鳴る。 ―――バン!!バン!! 後ろの方から拳銃の発砲らしき(というよりそのまんま)音に、は振り向いた。 不運にも、抱いていた嫌な予感が当たってしまった。 「テメーらのおかげでッ!!昨日からぐっすり眠れねェ!!さっさとこっち向けデカブツがッ!!!」 自分の持っていた拳銃であろうことか、ロランJまで鋼鉄ボディに撃っていた。 今まで溜め込んでいた怒りを爆発させている様だった。 だがその行為がディセプティコンのデッドラインを刺激しないか心配でならない。 が固唾を呑んでいる中、互いに一歩も譲らない状態でもみ合っている金属生命体の二体。 先程の激しさが嘘のように、デッドラインはロランJの腕を掴んだまま沈黙している。 <おっさんバカか!?自分から死に行くようなことすんな!!> 「っるせェ!!変形ロボが人間(おれ)の気持ちがわかるか・・・!!」 あくまで『逃げろ』と忠告するロランJに真っ向からケンカ腰で反論する蔵人。 怒りのせいなのか、長年刑事をやって来た経験値からか、どんな恐怖にも対応しているように見え、 その場から退こうとはしない。どんなに上手く言っても絶対聞く耳持たないだろう。 そう判断したは即彼の元へ向かおうとした時、 さっきまで黙っていたデッドラインが『静』を破った。 <・・・さっきから喧しいぞゴミクズめ。> デッドラインのフックが付いていない左腕から何か(・・)が光った。 「まさか―――。」と脳裏に不安が過ぎった瞬間、 は急げ!!と体に言い聞かせるようにコンクリートを蹴った。 しかし、人間の足の速さが追いつくはずもなく、その(・・)光は無慈悲にも蔵人を襲う。 その衝撃が周囲にも影響して、大きな爆発を起こした。 「―――――ッ!!!!」 声にならない悲痛な叫びが爆発の煙に呑まれた。