訓練が始まってどのくらい経ったのだろう。 いくら金属の体とはいえ、傷を負えば当然痛みがあるし、疲労も感じる。 特に一番手間取ったのは意外にも『視界』であった。 ロランJ達と同じ目線に立てられた喜びとは裏腹に、 足元(・・)にいるスパイク達を誤って踏まないよう神経を削るハメになった。(こんなこと本人達にはとても言えないが) 人間からトランスフォーマーへ変換するにも、精神と共に疲労するというのにロランJは容赦ない 言葉を吐く。<その程度でへばるのか?>やら<このくらい、まだまだいけるだろ!>など、一切手加減なし。 グリーは若干チクリと来るが、さり気なくオブラートに包んで言ってくれるので、まだ良い方である。 <小休憩。>それを聞いて思わず安堵する。 <ふむ。元はほとんど筋肉のない生身だが、呑み込みが早いな。最初より良くなっている。> 「本当ですか・・・!?」 <そんな甘いこと言っちゃダメだぜグリー。人間ってのはこういう時に調子づいてボロ出しちゃうんだぜ?> <・・・それは君の方だろう・・・。> そんな二体をよそに黙っていたは何か言い残すことなく、部屋を後にした。 彼女が出ていったドアをしばし凝視する。 <はあ・・・用があるなら一言あればいいのに。> <・・・お前はもう少し人間について学ぶべきだ。> *** 資料を抱えて部屋を移動するカーリーは、汗だくで外へ出たの姿を目撃する。 彼女が来て1週間ほど経った今、まだちゃんと会話を交わしていない。 「(そういえば『存在変換(エクステンス・コンバート)』の訓練の時間じゃなかったのかしら・・・?)」 気になって彼女のあとを追ってドアを開く。 「だああああ―――ッ!!」 思わず鼓膜が破れるんじゃないかという程、目を見開く。 あの大人しい少女が大声を上げながら海岸沿いを走り回っていた。・・・何故に? 「・・・!!・・・・・・カ、カーリーさん・・・。」 視線に気づいたがか細い声でこちらを気まずそうに見つめる。 一瞬自分の名前を覚えていてくれたことに喜びを覚えつつ、 「そっち行ってもいいかしら?」彼女の返答を待つ。 若干戸惑っていたが「どうぞ・・・。」とさり気なく案内してくれた。 日本人だけあって礼儀が良い。彼女の隣りに座ったのはいいものの、なかなか話が切り出せない。 どういうタイミングで言おうか・・・。 「あ・・・。」 「ん?」 「あ、いえ、あの・・・・・・カモメを見つけたので・・・。」 「・・・そうね。見るのは初めて?」 「こちらでは・・・。」 長年ここで暮らしていたので、そういうのは当たり前なのだが、 ここに来たばかりのにとって初体験のようだ。カーリーは思いきって聞いてみた。 「ねえ、貴女からしちゃ触れちゃだめっていうのはわかっているんだけど・・・。」 「は、はい・・・。」 「さっきのは・・・何かあったの?」 「・・・大したことじゃないんですが・・・。」 彼女の小さな口からぽつりぽつりと出る話に耳を傾ける。 先程、訓練の最中にロランJから問答無用でキツイお言葉をもらったことにこの1週間悔しがっているらしい。 ロランJの坊や(・・)には後でキッチリ言っておかなくては―――しかし、犠牲に遭っている本人は首を横に振る。 「ロランを咎める理由はありません。  彼は彼で素直に思ってることを言ってるだけだと思いますし、  最もだって自分も納得してます。・・・でも・・・。」 急に黙り込む彼女の顔をのぞき込むと、両手が震えているのを目にした。 「流石にボロクソに言われると・・・何かこう・・・怒りがっ・・・。」 表情からしてとても怒りを表しているように見えないが、その白い瞳が不自然に揺れていた。 ここまで溜め込んでよく反論しなかったな、と思わず褒めたくなる。 そこで我に返ったはすぐ謝った。ここまで気遣うなんていい子だ。 うんうんと頷いていると「カーリーさんは・・・。」ボソッと何かを呟く。 「皆さんは何故私を協力して下さるんですか・・・?私が勝手なこと言っ・・・迷惑じゃないんですか?」 「あらあら、立場が逆になっちゃったわね。」 「私達も元は被害者なのよ。」は目を大きく見開いた。 「と言っても彼らの戦いに巻き込まれた時点で、この地球(ほし)全員がそうなんだけどね・・・。  その中で私達がオートボットの手助けをしていたの。」 「えっと・・・私が生まれていない時代、ですよね?」 「ええ。もう何十年も昔になるわ・・・・・・私達の知らない間にあちら(・・・)では世代交代したみたいだしね。」 「・・・・・・大変じゃなかったんですか?その時期に・・・。」 「もちろん、基地が襲撃されるのも、友人が狙われるのもしょっちゅうだったわ。  でも―――彼らに会えたことに後悔はなかったわ。」 そう言ったカーリーをはじっと見つめた。そんな彼女はとてもカッコよくて美しい。 自分もこんな大人になりたいと。 「だから貴女達のわがままも、とことん応えるわ!もわからないことがあったら遠慮なく  言ってちょうだい!」 「・・・・・・はい!」 「よろしい!早速あの坊やをギャフンと言わせてやりましょう!」 まるで自分のことのようにロランJのいる所へ乗り込む気だ。 彼女に応えるためにも、完璧と言わせてみせる―――。