本日も晴天。全員無遅刻無欠勤。
代表として前に出た社員の掛け声を合図に朝礼が始まった。
他にも同じような事が行われているが、
「朝一にあの方のお言葉を聴けるのはこの会社だけだ。」とある社員は胸を張って証言している。
「―――・・・では皆、本日も取り掛かるがよい。」
『うおおおおお!』
皆が揃って雄叫びをする光景をまた目にするとはね・・・。
社長の側に立つ男は昔を懐かしむ表情を浮かべた。
***
竹中半兵衛。
戦国乱世に強き国を創り上げるべく君臨した覇王の右腕。
隠し続けてきた病に倒れ、それから長い年月が経った。
平成の世に生まれ変わった半兵衛は前世の記憶を受け継いでいた。
前世と同じ名前、同じ顔。一つだけ違うのは持病を治療できたことだった。
中学校である学生に出会い、それが豊臣秀吉であるとすぐに分かった。
本人も同様に乱世で生きてきた記憶を持っていたのだ。
現世でもまた二人でやっていかないか?断る理由などなかった。
それから希望していた高校や大学を難なく卒業し、
二人だけで築き上げた小さな会社は瞬く間に世間で名を知らないものはいないまでに成長した。
しかし、昔の因果が相当強かったからだろうか。
この会社にいるのは石田三成や大谷吉継、島左近―――
かつて部下だった彼らは転生して再び集まった。
大谷は自分と同様、病は治療済みであり、肌が弱いこと以外全く問題はなかった。
当時は何も出来なかった分、改めて現代の医療技術は素晴らしいものだ。
そして、あれだけ豊臣には戻らないと豪語していた黒田官兵衛や後藤又兵衛もいる。
前世と全く変わらない風景に思わず笑みを溢した。
「・・・・・・いや。」
ただ、一つだけ欠けている。
小さい身体で戦場を駆け回っていた少女。
兵として迎えたのは十歳前後だったが、
自分が亡くなった後どのくらいまで生き延びたのだろうか。
今思えば彼女を引き取ったのは間違いだったのかもしれない。
農民のままだったら新たな家族を作ったり、別の幸せを見つけられたかもしれない。
本心を隠し、少女のことは他の者に任せっきりで殆ど接する機会なんてなかった。
もし、この世に転生しているのなら―――あの子に会いたい・・・・・・。
「半兵衛、話がある。」
席を外していた秀吉がいつの間にかここに戻っていた。
その目から他人事ではないのを表していた。
「以前、ここで働いていた風間を覚えているか。」
「豊臣株式の初期社員の一人だったね。風間くんは優秀だったよ。
当時は実家に戻ると寿退社したのは惜しかったかな。」
それがどうかしたのかい?と秀吉を見た。
「風間が営む孤児院に十にも満たない子供がいる。我らがよく知る者だ。」
「子供・・・?」
社員達の家族は全員顔を合わせているが、その年の子と知り合った覚えがない。
「説明だけでは分かるまい。直接会う方がよい。」
その言葉に半兵衛は呆気に取られた。
次の日には車を出し、都内から遠く離れたやや古びた施設の前に立っていた。
秀吉がここまでやるとは、それ程の人物だろうか。
秀吉が風間と顔を合わせてから中に入った。子供達の楽しそうな声。
その中で一人、目を見張った子供がいる。
視線に気づいたその子供が此方に振り向くと、半兵衛の口から水が流れるように出た。
「・・・・・・。」
その子は目を大きく見開き、クレヨンをぽとりと落とした。
そして此方を見上げたまま、「はんべ、様・・・・・・。」と声を震わせた。
身体が自然に動いていた。
当時と変わらない小さな体を強く抱きしめた。
皆が不思議そうに見つめる中、二人はこの再会の余韻に浸っていた。
***
「君も覚えていたのか。」
「はい、はんべ様がなくなった後、秀吉様もおなくなりになりました。
豊臣は三成がひきいる形でみんなとやってきたけど・・・・・・。」
前世の記憶を思い返し、は溢れた涙を拭った。
あの頃とは違い、幼さを残しつつもスラスラと喋っている。
(風邪引いているのか大きなマスクをしている)
「、君は十分にやってくれたよ。
僕のあの時の言葉を忘れないでいてくれてよかった・・・・・・
十四で忍頭になるのは正直驚いたけどね。」
「ふえっ、どうしてそれを・・・?」
「大谷くんや黒田くんからだよ。彼らも前世のことを覚えてる。」
「えっ!みんなも・・・秀吉様の会社にいるの?」
大きな瞳がきらきらと輝いている。
間近で彼女の表情を見るのは、前世と合わすと二回目だ。
ころころと変わる表情や仕草に胸の奥が温かくなってくる。
一番付き合いの長い官兵衛は何度もそれらを見ていたのかと思うと悔しい。
「あの・・・・・・はんべ様。」
さっきまで嬉しそうに笑んでいたが顔を伏せていた。
「もし・・・めいわくじゃなかったら・・・・・・また、会えませんか?」
予想だにしなかった言葉に半兵衛は面をくらった。
「、僕達が何故ここに来たか分からないかい?」
「えっ。」
「今の荷物をまとめている。
秀吉の実家か僕のマンションか考えたけど、
君の生活スタイルを尊重して皆がいる社宅が一番じゃないかな。」
それって、いやでもまさかとは困惑した。
だって、自分は優遇されるような人間ではない。
あの時だって、秀吉様達と会わなかったら軍に入ることなんて―――・・・。
「一度しか言わないよ。僕らと暮らさないかい、。」
拒否なんて言わせないと強い瞳に魅せられる。
ああ、どうしてこの人は自分の欲しい言葉をそう簡単に渡すんだ。
でも、答えは既に決まっている。
「―――あい・・・よろしく・・・・・・お願い、します。」
今日はずっと泣いてばかりだ。半兵衛の前なのに涙がどんどん溢れてくる。
本来ならここで泣くな!と一喝するのだろうが、それは昔の話だ。ここは現代だ。
もう、戦国時代は終わったのだ。
そういえば、当時から彼女は欲を出さなかった。
立場上、そうする事は出来ないといえるが、年頃の女子らしいことをしてやれなかった。
それも含めて、うんと甘やかそう。嗚咽する少女の背を撫でながら半兵衛は決意した。
2016/01/29