年中変わらず、豊臣の朝は早い。 「ふっ!せぁっ!はぁあああああっ―――!」 社宅の外を出れば、緑豊かな広大な芝生がある。 まだ太陽が昇っていない時間帯にただ一人、石田三成は一心不乱に竹刀を振っていた。 土日出勤はもはや当たり前となっている現代だが、 秀吉社長のために働けるのなら休息はいらないというのがこの男である。 ちゃんと睡眠や食事を取っているのか不安でしかない彼でも、昨年の健康診断では正常であった。 その姿はまさに社ち―――否、豊臣社員の鑑といえるだろう。 「おはよ、三成。」 素振りの音しかなかった空間に声が聞こえ、一旦腕を下ろした。 「か・・・今日は休みではないのか?」 「学校お休みだよ?でも、目が覚めちゃった。昔の名残かな・・・?」 忍はほぼ不眠不休で体を酷使するのは当たり前で、 前世ではそう(・・)であったは子供ながらも早起きすることに抵抗がなかった。 三成はそうか、と一言だけ呟いた。 「もうすぐ食堂が開くよ。行かないの?」 「食する時間があるなら鍛錬か書類の始末に勤しむ。」 「(鍛錬って・・・・・・)」 確かに腕の立つ武将だったが、今の彼はサラリーマンだ。 自分が言うことではないが、 三成はこの会社で一番平静の世に慣れていない気がしてならない。 昔ならいいが、現代でもやってしまうと嫌でも浮いてしまう。 本人は全く気にしていないみたいだが・・・・・・。 「でも、この前ちゃんと三食取らなきゃダメだって、はんべ様言ってたよ。」 「私の代わりに貴様がとれ。」 「えぇえええ・・・・・・。」 ダメだ、自分が言っても埒があかない。 「三成、、ぬしらは何をしておる。」 「あ、刑部。」 「刑部・・・?何故お前がこの時間帯に起床している?」 「賢人きっての頼みでな、出勤すると承諾した。  それよりも三成、またわれとの約束だけでなく、賢人とまで破る気か。  誓いを立てるというのは偽りであったか。」 「ぐっ・・・・・・。」 流石は参謀役。これなら無理強いしてでも朝食を取ってくれそうだ。 ・・・・・・といっても時間が押している為、力づくでも実行するつもりではあるが。 ぬしも食べれやと大谷に言われ、も続いて社宅へ戻った。 *** 午前、七時頃。 社宅内の食堂が人で溢れている中に、見慣れた先輩後輩の姿があった。 (同じ席であるのに距離がかなり遠い)二人も出勤するらしい。 「ん?お前さんの分がないが・・・。」 「もう食べた。」 三成と刑部は既に会社に向かっている。 長年やっている官兵衛と又兵衛だが、彼らは通常通りの出勤時間だ。 「チッ・・・早く済ませてくれませんかぁ?オレ様、早く行きたいんですけどぉ。」 「そう急かすな。お前さんも少しくらい会話を楽しみながら食事したらどうだ?」 「あぁ?何か言ったぁ・・・?」 舌打ちしつつも、ちゃんと待ってくれる所は優しいな。 ―――と、口にすれば叩かれるのは目に見えているので、 お茶のおかわりを貰いに席を立った。 *** 「ふぁあ〜あ・・・おはよ、・・・・・・。」 「左近、もう十一時だよ。」 今日は休みなので、食堂に来るまでずっと寝ていたという。 あと一時間で昼食が始まるので、厨房からまた軽やかな音が聞こえる。 「は何してんの?」 「宿題。ここ、すごくあったかいから。」 「あ〜・・・何か分かる、それ。」 ノートを開いてペンを走らせるの隣に座ってくぁ、と欠伸した。 ちらりと左近を見ると、茶と赤で彩るツートンカラーの髪が所々はねている。 出勤する時とはえらい違いだ。 「ゆっくりできるけどさ、いざとなるとやることねぇんだよなあ・・・。」 「・・・左近・・・。」 「えっ、何、そのダチが一人もいねぇっていう目!  ちゃんといるって!」 「賭け事・・・・・・してない?」 「俺、そんなに信用されてないんスかね・・・。」 もちろん、清い関係だと胸を張って言った。 もっと他に言い方はないのかと思ったが気にしないでおこう。 左近は頬杖ついて黙々と勉強するの仕草を目で追った。 「ねえ、この後暇?金吾の家に行くつもりなんだけど。」 「さっき、やることないって言ってなかった?」 「今決まった!」 「あ、そう・・・。これ、終わった後からでもいい?お昼はどうする?」 「そうだなー。せっかく金吾ん家に行くんだし、ご馳走させてもらおうぜ!」 「金吾のお昼ごはん・・・きっと鍋だよね。」 左近のことだから連絡なしに突撃するだろう。 脳裏でわたわたする金吾の姿がすぐに浮かんだ。 *** すっかり日が暮れて左近と社宅に戻ると、まさかの半兵衛副社長が出迎えた。 もうとっくに門限が過ぎてるよ、どういうことか説明してくれないかい? 微笑みを貼り付けているが、その目は全く笑っていない。 楽しくてつい時間を忘れてしまったというも、火に油を注ぐだけだった。 「まったく・・・僕は君なら適任だと任せておいたのに。」 「す、すんません副社長!」 「・・・ま、休日だから羽休みにはちょうどいいかもね。」 「あ、あの・・・。」 「、別に僕は怒ってるわけじゃないんだ。  これくらいのことを何故成し遂げられないのか理由がほしいだけさ。」 フォローの欠片すらない。 左近は更に畏縮して肩身を狭くしていた。 とても居た堪れない気持ちになり、もう一度半兵衛に謝った。 だからと言って許してくれる保証はないが。 「はあ・・・・・・今回は大目に見てあげるけど次はないよ。  平成の世になったって完全に安全とは言えないからね。  特に、単独の夜道はね・・・。」 「「はい・・・。」」 「さて、久しぶりに此方で食べることになったからね。  手洗いうがいをしてから食堂に来るといい。」 言葉に従って食堂に入ると、後からやって来た秀吉社長も加えた貴重な面子が揃っていた。 「、大事はないか。」 「はい、おかげで健やかに過ごせてます。」 「そうか。」 厳しい顔つきで損しがちな彼だが、この時ばかりは頬が緩やかで此方をみる目も優しい。 すっぽりと自分の頭が納まるほどの大きな手が加減した力で撫でてくれた。 (その際、斜めから痛いくらい羨望な視線を注がれた) こうやって、皆と食事をするのは何日ぶりだろうか。 「(生まれ変わる前まではこんなことなかったのにな・・・)」 独りで笑みを漏らすと、何か企んでおるのか?と楽しそうな声で大谷にいじられた。 (あ、さっき鍋してきたけどお腹大丈夫かな・・・?) 2016/02/11