この地域で最近、子供に声をかける不審者が出たらしい。
目撃情報は少ないものの、被害にあった児童は『声をかけられる』以外にも
腕や肩を突然掴まれたと証言している。
既に警察が巡回しているが、子供たちの身の安全のためにと、
の通う小学校にも『なるべく一人の外出・登下校を控えるように』と呼びかけた。
それらが記載されている保護者プリントを持ち帰った頃には、社宅内でも広がっていた。
「あー・・・それで集団下校してたんだな。大変だな、」
「うん・・・でも普段からみんなで一緒に行動してるし大丈夫だよ」
「んー今のとこ大事は起きてないけどさ、ほんと用心しろよ?
俺らと行動する時間違うしさ・・・」
うん、と頷いて手洗い・うがいを済ませてから夕食をとった。
不審者が出没したというのを除けば、至っていつもの日常だ。
自分が被害に遭うことなんてないと本人は思っているが、は十歳。
左近たちからすれば、前世の記憶があろうが、まだまだ子供だ。
せめて送り迎えだけでもできないだろうか。
「だが、流石に毎日は厳しいだろ。夕方に退勤するサラリーマンなんて滅多にいない」
「ならあんたはをその変態野郎に接触させていいってのか!?」
「そうとは言ってねえだろ!?まず、時間や心に余裕がある奴をだな・・・」
「ヒヒ、なると暗が適任ではないか。ぬしには時間が有り余るほどある」
「そう言って小生に押し付けるなァ!べ、別に嫌ではないが小生にもゆとりってものがな・・・」
「めんどうな男よ」
「なんだと刑部・・・!」
「騒がしいぞ貴様ら!間もなく半兵衛様がこちらへ出向くのだぞ」
忙しなく足を運ぶ三成の登場に、「いい所に!」と左近は彼の前へ立った。
三成は訳が分からず首を傾げた。
「出迎えか・・・その承諾はもう済んだのだろう?」
「いやーこのことは本人には言ってないんスよー。
のことだからきっと断るだろうし・・・」
「何故早くそれを言わない!?承諾するか否かは秀吉様たちが決めることだ!」
「あ・・・そっち・・・・・・」
「思ったより話し込んでるようだね」
「半兵衛様!」
颯爽と現れた副社長に、乱れていた場がすぐに整った。
きっちりと姿勢を正して深々と頭を下げる三成や慌てて下げる左近たちに
半兵衛は小さく笑んだ。
「話は聞いたよ。送り迎えなんていいじゃないか。
連絡を待ち続けるより直接顔を見にいった方が確実だ」
彼の口から出た意外な言葉を聴いて、左近は半兵衛の顔を凝視した。
「あ、案外ノリ気なんスね、副社長」
「ふふ、あの時代じゃ到底できないことだからね。
これを機にあの子といられる時間が増えるのは悪くない」
ああ、そうか・・・・・・。
自分たちより仕事量が多く、自由時間も限られている彼からすれば、今回の送迎はかなり貴重だ。
と距離を縮めてほしいと想う俺たちにとっても、半兵衛が参加することは嬉しいことだ。
けれど、どんなに願ってもスケジュールという非情な現実が立ち塞がってくる。
彼がどうしても空けれない日は俺たちが補えばいい。
「そんじゃあ出勤簿をもう一度確認してから送迎に行けるか決めておきましょうよ!」
「そうだね、ここにいない社員は僕から伝えておこうか」
「いえ、半兵衛様がお手を煩わす必要はありません。どうか、私から伝言を届ける許可を」
胸に手をあてて言う三成を横目に、「やれ、われもか」と大谷は小さく息を吐いた。
いつものメンバー以外との対話は殆どかみ合ってないのが常である。
「相変わらずだね・・・いいよ。君の部下はそっちで頼んでくれ、黒田くん」
「へいへい、そうだろうと思って今繋いだら喜んでお受けする、だそうだ」
「半兵衛様に対して口がすぎるぞ貴様ァ!」
「お前さんこそちょっとは小生を認めたらどうなんだー!」
そんな会話が食堂で行われているとは知らずに、は温かい布団ですやすやと眠っていた。
***
この季節の朝は気温が下がっていて肌寒い。
社宅から直行で豊臣株式へ向かう社員と別れて、
高学年の女生徒たちと合流する―――はずだったが・・・。
「あれ・・・?」
門扉のところに一際目立つ男が立っている。
この時間帯では彼が休日でない限り、滅多に会えないので少しだけ驚いた。
こちらに気づいた彼は眠そうな顔を叱咤しつつも笑顔で挨拶した。
も慌てて返す。
「左近・・・どうしたの?何かあった?」
「いいや?最近デスクワークだけじゃ体がなまっちまうっしょ?
だからこーして新しい空気吸ってんの」
「んー・・・このまま部屋に戻って二度寝したいって見えるけど」
「こ、これはいつものことで・・・ってひでぇよ、!」
笑いながら会話していると見覚えのある姿が見えてきた。
こちらに向かって手を振っている。
「じゃあ、行ってくるね」
「おう、気を付けてなー!」
左近の姿を背にしていつもの集団に混じった。
思えば、社宅以外で見送ってもらったのはこれが初めてかもしれない。
***
正面玄関から出ると、くたびれたスーツ姿の男が校門に寄りかかっているのが見えた。
それが見覚えのある背中で、思わず早歩きで駆け寄った。
「・・・官兵衛?」
「ん・・・おお、。授業はもう終わったか?」
「うん、これから帰るとこ」
「そうか、小生も今から帰るところだ。一緒にどうだ?」
「!・・・うん!」
豊臣社員の誰かと帰宅するのは滅多にない。
最後に出迎えてもらったのは学校に転入した当日であったので、何だか新鮮な気分だ。
「・・・・・・なんか、」
「うん?」
「こうして横に並ぶの、なつかしいね」
「・・・寧ろ、そうしてる方が貴重かもな。けど、今は一緒にいられる時間がまだまだある。
お前さんがよければ、また・・・」
「―――そうだね!外で一緒にいられるなんてうれしいなあ」
「そ、そうか・・・」
一瞬、断れるのを覚悟したが、にっこりと微笑む少女を見て内心ホッとした。
前世でも結婚した経験はないが、今まで娘のように育ててきた彼女に拒絶されたら
たまったもんじゃない。
の話をいろいろと聴きたいところだが、今回はあの親馬鹿に譲ってやるとしよう。
今一度、の頭を撫でようと腕を伸ばす―――が、宙に止まった。
「―――っでぇえええ!」
「官兵衛・・・!?」
「ヒッヒ、ここにおったか暗よ。喜べ、ぬしに仕事ができた。
すぐに戻れやれ」
「なっ・・・小生はの・・・あだっ!」
「もう既に門の前、一歩入れば豊臣の領地よ。、まっすぐ帰れ。
われらは社に戻る」
「あ・・・わかった。お仕事がんばってね」
官兵衛が何か言いそうな素振りを見せたが、また鈍い音が鳴って再び呻った。
先ほど横を通り過ぎた球体は気のせいではなかったようだ。
いつもの捨てセリフを叫びながら、官兵衛は大谷に引きずられる形へ会社へ戻っていった。
***
帰りのホームルームが終わり、いつものように校庭に出ると、
今度は猫背気味のサラリーマンが木の下で待っていた。
細い目がぎょろりと動けば、周囲の生徒たちは逃げるように帰っていった。
おそるおそる声をかけると、彼は重く息を吐いた。
「やっと来たんですかぁ・・・待ちくたびれたぜ、まったくよぉ〜〜」
「えっ」
「えっ、って何?何勘違いしてんの?
オレ様がぁ、いつ、オマエを待ってたって言うんですか、ねぇ?」
「えっと・・・仕事の帰り、だよね?」
「当たり前だろうがぁ・・・ほら、オレ様気が短いんでさっさと帰りますよぉ」
そう言って早歩きで進み出す又兵衛の後を慌てて追いかけた。
思いっきり肯定を口に出しているが、
彼の機嫌を損ねると後々が面倒なので口を閉じることに徹底した。
社宅に着くまで又兵衛の方から一方的に話しかけてきたが、
その殆どの内容が自分と半兵衛と最近気に入らない人物についてだった。
***
今日はクラブ活動で誰でもできるクッキー作りをしていた。
外はすっかり夕暮れで、途中まで一緒に帰っているいつきや蘭丸もいない。
流石に誰もいないであろうという矢先、校門にゆらりと人影が動いた。
現に彼がここにいるということは、恐らく―――彼もそうなのだろう。
「やれ、遅いぞ、。委員会の仕事はないはずだが?」
「うん、でもうち、調理クラブに入ってるからそれで・・・」
「なに?それは初耳よ初耳。何故それを教えぬ?」
「だって、聞かれなかったし・・・」
けれどやっぱり自分に非があるわけで、「ごめん・・・」とぼそっと呟いた。
「まあ、よい。口止め料としてそれを貰うとしよう。
次から賢人にも伝えよ」
「あ、それ・・・焦げたのもあるから気を付けて」
ひょいと少女が作ったであろう歪なクッキーを一つ平らげた。
がじっと見守る中、大谷は一言「まあまあよなぁ。」ともう一つ手を伸ばした。
そろそろ欲しくなるであろうお茶が入った水筒を取り出し、ふと、ぽつりと口を開く。
「でも、意外だね。刑部は人を待つのってあまり好きじゃないと思ってた」
「長く待たされるのは嫌いよ。だがぬしはわれが待ち人であるのは困るであろ?」
「え、何で?ふつう逆じゃないの?うちは刑部と外を歩くの、楽しいんだけどな。
いやだったらごめんね」
真顔で返されて返答に困る中、大谷は静かに視線を逸らして茶を寄こすように言った。
それが彼との外出をするようになったきっかけへ発展しようとは、この時は思いもしなかった。
***
「時間になったな、帰るぞ、」
「―――何で?」
帰りのチャイムと同時に教室に入ってきた三成に思わず言ってしまった。
これまでいろんな社員たちと帰宅していたが、三成の性格云々よりもまず、
彼がそのメンバーに入ってるなんて思いもしなかったからだ。
そんなをよそに、三成は怪訝な表情を浮かべた。
「貴様の安全を考えての上で送迎するのは良孝であると半兵衛様のお考えだ。
半兵衛様に代わり、貴様に付き添う。寄り道は許さない」
「あっ、はい」
偽りを許さない男は隠し事も許さない。
だがこの様子からすると、『絶対に秘密で通さなくちゃいけない』という訳ではなさそうだ。
きっと不審者の件でこういう形を実現したのだろう。
そう考えると皆に申し訳ないのと感謝の気持ちでいっぱいになる。
「余計なことを考えるな。これは私たちの意で行動している。
お前は帰路を辿って無事に着けばいい」
自分の考えを見通したのか、三成はすっぱくして言った。
彼はたまに鋭いからずるい。それと同時に、彼と他の皆に感謝した。
(次の日、クラスメイトからあのカッコいいお兄さんは誰だの、教えてだの質問の嵐だった)
***
今かと今かと待ちわびながら勤務をして、ついに自分の番が来た。
だが、当日となると何故か緊張してしまう。
とは少しずつ話せるようになってきたというのに、どうしてこうなってしまうのか。
学校の校門から少し離れた場所に車を停めてから数分後、下校時刻に回った。
次々と出てくる生徒たち。の姿はない。・・・まだ出てこない。
やけに遅いなと思い始めたその時、見知った姿が視界に映る。
だけでなく、両隣に違うクラスのいつきと蘭丸がいる。
ここからでは何を話しているのか分からないが、皆楽しそうだ。
あんな表情、社宅内では見たことがない。あの二人はいつもあの表情を見ているのか。
今まで抱いたことのない何かが体の中を駆け巡る。
―――突然、コツンコツンと誰かがドアを叩いた。
「はんべさ・・・はんべ、どうした、の?」
さっきまで遠くにいたはずのがすぐ―――ドアを隔てているが、目の前にいる。
その後ろには先程お喋りしていた二人が立って此方の様子をうかがっている。
半兵衛は軽く咳払いして平然とした態度を装った。
(間の抜けた表情を見られていなければいいのだが・・・)
「君を迎えに来た・・・のだけど、その子たちと一緒に帰るのなら構わないよ」
違う、違う!嗚呼、どうしてそんなことを言ってしまうんだ自分はッ!
彼女を送り迎えると決めたのに、嗚呼、なんてことを―――。
「いつきちゃん、蘭丸くん。はんべと家に帰るんだけど、いい?」
の口から出た言葉に思考が止まった。
「ああ!もちろんだべ!」
「べ、別にお前とはいつでも帰れるんだから聞く必要ねーだろ?」
「うん、ありがとう。」
また明日、と手を振って二人は帰っていった。
もう一度はこちらに振り向き、「乗っていいですか?」と控えめに訊ねた。
半兵衛は今度こそ!と意気込み、「いいよ」と助手席側のドアを開けた。
彼女が安全ベルトをつけたのを確認してから車のエンジンをかける。
スムーズに進んだところで信号が赤になった為、一時停止した。
静かすぎる空気の中、何か話題をと模索しつつ口を開こうとしたが、
その前にが喋り出す。
「あの・・・今日は本当に、ありがとうございます!
話は聞いてたんだけど、本当に皆が送ってくれるなんて・・・今でも信じられない!」
「そ、そうか・・・迷惑じゃなかったかい?」
「最初こそはびっくりしたけど・・・社宅内では私だけ皆と生活リズムが違うし、
あまりしゃべることもないからこの時間帯に会えるのはうれしいよ」
「・・・それは、僕もその中に入っているのかな・・・?」
すると、さっきまで嬉しそうに笑っていたの表情が固まる。
言い辛いことでもあるのか、う〜んと呻っている。
今まで、次の言葉を待つのが恐ろしいと思えただろうか。
ハンドルを握る手に汗がにじむ中、は何故かもじもじし始める。
「あの・・・もちろん皆と帰れてよかったし、楽しかったけど・・・
実は、あの・・・はんべと帰れるの・・・いつ来るのかすごく、楽しみに・・・し、してました」
恥かしさから逃れようとぎゅっと目を瞑って
言い切った少女の顔は真っ赤で、とても可愛らしい。
ずっと見ていたかったが、信号が青に変わってしまい、それは叶わなかった。
けれど、このこみ上げてくるものに、どうしても口角が上がってしまう。
「はいつも二人と帰っているのかい?」
「うん!あ、でも蘭丸はたまに織田さんの部下さんに送り迎えしてもらってたよ。
ある時は光秀さんが来てすごい剣幕でにらんでた」
「はは、相変わらずだね」
「うん、それでね・・・!」
さっきまでの不安はどこへいったか、自然に口が動いて、会話は思っていた以上に弾んだ。
友達のこと、学校外で遊んだこと、今ブームになっているものなど、
半兵衛自身もプレゼンテーションといった仕事以外でここまでお喋りするのは中々ない。
しかも話し相手はであるから尚更。
楽しい時間はあっという間で、社宅に着くのがこれほど惜しいと思ったことはない。
不謹慎だが、このような機会を与えてくれた不審者に礼を述べた。
しばらくして、その不審者が逮捕されるのはその数週間後のことだった。
「それで、きれーな兄ちゃんとたくさん話せたか?」
「うん!とっても楽しかったよ!」
「それはいいけど、今日は蘭丸たちと帰るの忘れんなよ!」
「もちろんだよ」
2017/03/20