*大谷のトラウマ(?)捏造あるのでそれを踏まえてお読み下さい
ようやく駅を降りて、長く揺られて座りっぱなしであった身体を伸ばす。
初めて見る風景に、歳も忘れて心がはしゃぐ。
「ヒッヒッ、まだまだ子供よな」
「だって行きたかった場所の一つに今来れたんだよ?
鎌倉もそうだけど、滅多に遠い所なんて行けないし・・・」
今回鎌倉に来ることになったのは、
が旅行情報雑誌を開いて食堂のおばちゃんと会話していたのを
社員が偶然にも聴いていたのが始まりだった。
もうすぐ紫陽花が見頃になるからと周囲も納得。
もう中学生だからとはいえ、一人旅させるにはまだ不安要素が有り余る。
しかし、せめて彼女の気持ちには応えたい。
皆が話し合った結果、ちょうど休みが被っているかつ、
彼なら任せられると厚い信頼付きで大谷が選ばれたのだ。
「仕方ないとはいえ、みんなと行けなかったのは残念だったね」
「そう気に病むな。
ぬしが何を見て、何をしたか賢人たちに伝えるのが今のぬしにできることよ」
「うん、たくさん写真撮ってくよ!」
首から下げたストラップ付きのカメラを手に取ってみせる。
それと同時に腹からぎゅるると音が鳴る。
「よいタイミングで鳴ったものよなあ」横で謎のツボに入った大谷が笑いを堪えていた。
「え〜っと・・・もうお昼の時間だもんね。あそこのお店で食べてもいい?」
「われはなんでもよい。ぬしの好きにせい」
蕎麦屋で昼食を軽く済ませた後、他の観光客で賑わう通り路を歩く。
は人気が少ない道順を提案したが、大谷はあえて殆どの人が使う路を選んだ。
普段は電車に乗ることすら億劫に感じている彼がそうするとは思えない。
それをが言うと、「これはぬしの小さな旅路よ。われはただの連れよツレ」大谷はしれっと答える。
一瞬、はきょとんとしたが、「じゃあ、家に戻るまでお供よろしく、刑部」
とニコニコと笑顔を向ける。
大谷は視線を逸らしつつも、「歩き疲れたら後は任すぞ」と言って歩く脚を止めなかった。
立ち寄った土産屋の店内を物色している中、は彩りある箸が目に入る。
色んな装飾が施されていて見映えもいい。
お世話になっている豊臣は人数が多いし、普段使いにはちょうどいい。
が箸選びしている隣からふらりと大谷がほう、と声をもらす。
「これはこれは・・・ぬしのセンスも悪くない」
「えへへ、よかった」
ある人を連想した紫色の二つをカゴに入れる。
他の人達の分を選び終わり、カウンターから戻ると、既に大谷が店の外に出ていた。
「あれ、刑部はいいの?」
「ここに必要なものはない。ぬしこそ忘れ物はないか」
「大丈夫!じゃあ、行こ」
良いものが買えたとほくほくしている最中、ポツポツと小雨が降り始める。
さっきまで賑わっていた通り路が嘘のように静かになった。
この時に備えて修学旅行で思い切って買った紅い番傘を披露できて嬉しい顔をするを横目に、
まこと変わった女子であるなと雨音と共に落ちた。
「降る前も綺麗だったけど、雨の雫でより映えるよね」
隣で紫陽花を見つめるに、「写真撮りましょうか?」と見知らぬ男性に声をかけられた。
はて、盗み聞きとは聞き捨てならぬなあ。
その気持ちを知っては知らぬか、少女はいいんですか?と頼む気満々である。
現代に馴染みすぎたか、いささか警戒心が薄すぎないだろうか。
と、横から腕を引かれ、意識をそちらに向ける。
「何をしている?」
「何って、もちろん撮ってもらうんだよ?風景だけじゃ流石に寂しいもん」
「なら、われには不要よ」
「刑部と写りたいんです!お願い、一枚だけ!」
頭まで下げられ、お願いと両手を合わせている少女に、大谷はやれやれとため息ついた。
相当絆されたせいか、一言の断り文句がすぐ出なかった。
それに、彼女が希望してこの土地に来たのだから、無二にしては彼女も嫌だろう。
早く済ませと言わんばりにカメラを構える男を睨む―――つもりだった。
カメラのレンズを見た途端、体が硬直した。
己に向ける好奇・嫌悪の視線。レンズ越しにこの男もそういう風に見ているように感じてならなかった。
視線を感じさせるものはどれも吐き気がする。
「・・・ぶ、刑部?もう終わったよ?」
撮影が終わったと分かったのは、既に男が去って行った後だった。
不安そうに覗くの視線を思わず外らす。
「・・・ごめん、そんなに嫌だとは思わなかった」
勿論、彼女が悪意あって誘ったわけではないとわかっている。
本当はそんなことを言わすつもりはなかったのに、ぎゅうと胸が締め付けられる。
「ぬしと撮られるのは嫌ではない」
「じゃあ、何が嫌なの?」
「われを映すもの全てよ・・・長い付き合いのぬしならわかるであろう?」
抑揚がない物言いに、も黙った。
このようなことは今回が初めてではないが、今度こそ自分に嫌気がさしたに違いないと、
大谷は相手の言葉を待った。
「刑部がそこまで駄目だというなら次は無理強いはしないよ。
でも―――私は刑部との思い出がまた一つ増えてよかったって思ってるからね」
賢人と同じ色だが、ものを考えた上ではない純粋な気持ちを表す瞳でこちらを見上げる。
多くは語らないが、先程の言葉に対して「だから何だ?」と真っ直ぐに。
嗚呼、この娘は本当に、何も変わっていない。
さっきまで自分の中を這うどろどろとしたものが少しずつ浄化されていくのを感じた。
「あ、夕日だ」
雨上がりと共にオレンジ色に輝くそれは一層眩しい。
さっきまでが何事もなかったのように、が帰ろうと手を握ってきた。
大谷はやや驚いた表情をするも、自分より小さい手を恐々と握り返した。
***
「鎌倉は楽しかったかい?」
「はい!自分の目で見るものと、全く別物でした」
「それはよかった。次は皆で行こうか」
半兵衛はが買ってきた土産の箸を手に、彼女の感想を聴いてかなり満足気である。
皆が嬉々として自分たちの土産を広げる中、一人だけ叫び声が上がる。
「!何故小生だけ大仏なりきりセットなんだ!?新手のいじめか!?」
「えっ、何それ?官兵衛も皆と同じものを選んだはずなんだけど」
「ヒヒ、今更気付くとは、もまだまだよな」
「お前の仕業か刑部〜!」
「声を荒げるな、われの鼓膜が破れる」
走る官兵衛が間近に迫ってきたのを見据え、大谷はひょいと身体を浮かした。
空を掴んだ官兵衛の勢いは止まれず、派手に音を響かせて廊下へ転がった。
「(痛そう・・・)」
「走ると如何なるか、暗がいい例になった。ぬしも真似してはならぬぞ」
「え・・・でもそうなったの刑部にも非があるんじゃ・・・」
大谷が半兵衛たちの前に見せている携帯電話の画面に映るそれを見て、口が止まった。
長い移動の中、疲れて眠りこけているの顔が大きくアップされている。
そんな写真、全く身に覚えがない。
「え、ちょ、な、な・・・何で・・・」
「せっかくの羽伸ばし故、満喫しているぬしを写さなくては賢人たちも納得せぬだろう?」
「だからってその写真は・・・!」
「はしゃぎすぎて疲れたのかな?とてもいい表情だ」
「ははっ、この頬張っている姿も最高!やっぱ女の子だなあ」
「、この持ち方は誤っている。即刻やり直せ」
「へーへーマジスレ乙」
皆が言うことに決して悪意はない。
だが撮られていた写真を次々と公開処刑されている思いで、
の表情は赤くなったり青くなったりと忙しい。
その輪で一番愉快と笑みを浮かべていたのは彼女を撮った張本人だった。
「映されるのは嫌いだが、映すのも嫌いとは言っておらぬ。
ぬしの希望あればまた撮ってやろ」
しばらくの間、は視界に入る大谷に警戒して、かなり距離を置かれた。
***
当然ですが、『大仏なりきりセット』は存在しないオリジナル土産です。
2018/10/05