中学生になって英会話部に入ったの帰りは遅い。
体も大きくなり、力もついてきたが、半兵衛の過保護は相変わらず
『絶対一人で帰らないように』と曲げにいる。
いつもなら同じ部員の子と帰っているが、その子たちは今日用事があると先に帰ってしまった。
社宅まで真っ直ぐ帰れば済む話だが、の小腹が待ったをかける。
三時のおやつはとっくに過ぎており、もうすぐ夕ご飯の時間だ。
更に追い討ちをかけるようにジャガイモを揚げた香ばしい匂いが鼻をかすめる。
この匂いを無視をするなんて無理・・・!
今も忍であったら説教どころじゃ済まないが、それは遠い遠い前世の話。
脚が向かう先は社宅ではなく、ファーストフード店。
元気な声で出迎えられ、握っていた小銭を差し出した。
「(買った・・・!買っちゃった!)」
内心そう叫ぶが、口元のニヤケが止まらない。
普段からハンバーガーショップに通うことはないのだが、
月日が経つにつれてふと、フライドポテトが食べたくなるのだ。
揚げたてのポテトの匂いが胃袋を刺激する。
ゆっくり味を堪能しようと二階へ移動しようとした時、出入り口の方から強い視線を感じた。
それと同時に嫌な予感を覚え、首をぎこちない動きで横に向かせた。
それをしなければ良かったと後悔するほど、表情を歪めてこちらをガン見する三成に、
夜中に隠れて菓子食いするのを見つけたといった大谷が外に立っている。
じんわりと嫌な汗が背中を伝ってワイシャツに張り付いた。
***
「部活時間はとうに過ぎている。何故お前がここにいる?」
「うん・・・部活はいつも通り終わったよ。
一緒に帰る子たちが今日用事ですぐ出ていっちゃって・・・走って帰ろうと考えたんだけど、」
「いつ過程を話せと言った?何故!ここに貴様が!いるのだと聞いているッ!」
「ひえっ、こ、小腹が空いてフライドポテト食べたくなったのでここに寄りました!!」
老若男女問わず皆が寛ぐ場所なのに、何故自分は隅っこで尋問を受けているのでしょうか。
「そう叫くな三成、言われなくともは話す。
どこぞの者と違って小細工な芝居はせぬからなあ」
一体誰のことかは聞かないでおこう。
そう言ってくれる大谷だが、尋問を止めてはくれない。寧ろこの状況を楽しんでいた。
三成はがここに寄った元凶と見なす黄色い塊を一見する。
「それを食べてどうするつもりだ?」
「え?食べたら家に帰るよ」
「夕餉は?」
「食べるよ」
三成は更に怪訝な表情を浮かべた。
彼は一体何が言いたいのか、は首を傾げる。
「・・・三成、は八つ時がてらにそれを食べて帰宅するということよ。
食堂の食事に嫌気が指したわけではないぞ」
「そうなのか?」
「なっ、当たり前だよ!嫌だったら毎日食べてないよ!」
「そうか、ならいい」
どうやら彼は自分が社宅に出される食事に不満を抱いたと思ったようだ。
何故そういう捉え方になるのか頭が痛くなるが、三成にとってそれも豊臣を裏切る行為とみている。
今思えば、前世より遥かに優しい対応であった。
「さて、われらはまだ戻ってやることがある。補給が必要ゆえ、ぬしのそれを分けてくれぬか?」
「見逃すというのか刑部!」
「ヒヒ、寄り道はしたが何も罪は犯してなかろ。
が日頃から粗相なことはしないとぬしも知っているであろう?」
「そう、だが・・・」
渋る三成をよそに、大谷はフライドポテトをひょいと摘んだ。
「意外・・・刑部のことだからすぐに報告するかと思った」
「なんと、われを冷血な人間であると?ぬしとは長い付き合いだというのにわれは悲しい、悲しい」
「そうじゃなくて、刑部も豊臣大好きだし、いつもなら呪いが降りかかるとか言ってたから」
泣き真似を軽く流され、つまらない表情を浮かべるも、が言ったその言葉を聴いて目を細めた。
「ヒヒヒ、前世の記憶を持って今世を生きるとはとんだ奇妙な巡り合わせよな。
ぬしが意外と思うほど、今の時代に長く馴染んだゆえかもな」
「はあ…」
「ところで、。以前のように食べさせてくれぬか?」
「えっ!?」
思わぬ爆弾発言に大谷を凝視した。
そんなこと、前まではなかったのに。
「さあ、早よせやれ。時間が過ぎる」
「う、うん」
どきまぎしながら一本摘んで大谷の口元に運ぶ。
一に結ぶ口をかぱりと開き、自ら進んで口の中に入れた。
黙々と咀嚼して、「久しく口にするが多くは食えぬな」唇についた塩を器用に舐めとった。
「これ・・・結構恥ずかしいね」
「はて、あの時日中堂々とわれに食わせたのは幻か?」
「ま、まだ小学生だったからだよ!」
ある買い出しの時、休憩がてらに入ったファーストフード店であまり食を進まない大谷に、
先程と同じことをした光景を思い出す。
よく覚えていたなと同時に、深く考えず行動した過去の自分を若干恐ろしく感じた。
「やはり、われには塩辛い。水をくれ」
「うん、お冷貰ってくる」
「・・・して、三成、何を呆けている。ぬしも食べよ」
「私はいらん」
「ヤレヤレ、ぬしは太閤殿らに直接言われなくては食わぬ口か」
「すぐに終わる件だ。秀吉様たちにお手を煩わせるつもりは一切ない」
つんと食わぬ一点張りを通す三成に、深く溜息を吐く大谷。
「おーい。三成がポテトやらが食べたいと申しておるぞ」
「なっ!?」
「そうなの?遠慮せず食べてよ。ただでさえまともに食事してないんだから」
大谷はお冷を持って戻ってきたにありもしないことを平然と言ってのけた。
違うと反論する前に、寧ろ全部食えと強く言われてしまった。事実なので否定はできない。
「ぬしのことだ、己には必要ないやら芋がどうこうなど言うだろうが、
そもそもぬしにそれを言う権利はないぞ」
「っ・・・!」
「ある程度補給はした方がいいよ。空腹すぎて倒れた、だってあるんだから。
それこそ秀吉様たちに迷惑かけちゃうよ?」
寄り道したを正す気で居座った三成が、友と認めた二人に言い包められている。
ますます寛ぐ所じゃない空気に誰かが突っ込むところだが、残念ながらそれをしてくる適任者はいない。
三成は俯いた顔を上げて、を呼んだ。
「それをよこせ」
「はい」
彼の手元に置くと、三成は一本引いてぶっきらぼうに口の中に放り込んだ。
ゆっくり咀嚼し、ごくりと飲み込んだ。
「・・・悪くはない」
「それはよかった」
「だが、これからは連絡しろ。何かあってからは遅い。躊躇も遠慮もいらん」
「うん」
「それと・・・」
意味深にこちらを見つめる三成に、は不思議に思いつつ次の言葉を待った。
「これからもたくさん食べろ」
「? うん」
彼も時代に馴染んだ故だろうが、大谷も皆別の理由がある。けれどそれを口にする必要はない。
その日はしっかり夕食を食べ、三成は途中倒れることなく仕事を終えた。
それ以来、三成のデスクの下にお菓子や栄養食品が誰かによって常備されるようになった。
2018/10/17