*2部1章後
*マスター=ぐだ子
カルデアに召喚され、何故かとても懐かしく嬉しく思えた。
別の霊基の記憶があったからだろう。
既に召喚済のサーヴァントと対面した時も同じ状況になったのには驚いたが。
ボーダー内は狭く、ダ・ヴィンチとアヴィケブロンの工房は特別に作られているが、
僅かなカルデア職員とサーヴァントにはそう割り当てられないのが現状である。
そもそも自分達はサーヴァントであるというのに、「全員に個室を与えられず申し訳ない」と
頭を下げる我がマスターは本当に普通の人間なのだなと、思わず笑った。
殆どが霊体化して新たな闘いに備えて過ごす中、は現在進行形で暇を持て余していた。
シャドウボーダーの中を探索したり、マスター達とお喋りしていたが
彼らには休息が必要であるため、今は話し相手もいない。
基本、が興味を持たなければ、中々自分から行動しない。
何か暇潰しになるものはないかと辺りを見渡す。
誰もいない廊下の先にはちょうどマスターが休む部屋がある。
数時間前に彼女と交わした話を思い返す。
『さんって小さい頃からいろんなことをやってきたんですね。とても私じゃこなせないなあ・・・』
『普通に考えたらおかしな数だしね。あれだけのことをやって、よく頭が記憶してくれたと思うよ』
『!・・・ごめんなさい、貴女にとっていい思い出じゃないのに』
『そうでもないよ。多くの習い事の中で昔も今も音楽は楽しいよ。楽器がないのがちょっと寂しいけどね』
『あ〜・・・そうですよね、そうなりますよねえ・・・』
『何が?』
『ちょっと前に来た当時のサリエリさんもピアノはないのかって明らかに落胆してました』
『宮殿音楽長か…音楽家なら尚更だね』
『今は状況が状況なので物も殆どないし、本当に申し訳ないです・・・』
『何で君が謝るんだい?マスターに非があるわけじゃないんだから気にしないで』
楽器か・・・生前に興味本位で木製の笛を作ったのを思い出す。
簡単とはいかなかったが、イチから物を作り、それが徐々に形となっていくのは感動を覚えた。
(なのに料理だけは何度やってもうまくいかない)
ないなら作ってみよう―――。
サーヴァントになって多少は魔術なるものを身に着けたから、より良いものができそうだ。
はそれに興味を持つのが早ければ、行動に移すのも早かった。
***
灰色の男の殺意と狂気が未だに霊基を蝕む中、何処からか流れる音色に震えが止まる。
僅かに残るアントニオ・サリエリの欠片が反応を示し、外殻が徐々に消えていく。
ここに楽器はないはずだと疑問を抱くよりも先に脚が動く。
音が聞こえる部屋を覗くと、同じマスターに召喚されたライダーがいた。
彼女の手には半透明のヴァイオリンが握られている。
フェミニストで、長い手足を駆使して敵を薙ぎ払う普段の姿からは想像できない。
先程の音色は、ずっと彼女が演奏していたものなのだろうか。
その演奏は創作したものか、朧気な記憶を頼りに音を出している。
その道をいく者じゃないとすぐ分かったが、聴いていて不快な気分にはならない。
気付けば最後まで観賞したサリエリは惜しみない拍手を送った。
男の存在に気づき、じっと見てからは恭しく頭を下げる。
「有難う御座いますマエストロ。耳障りな音を聴かせてすみません」
「まさか。君の弾き方は素人のものではない。先程の曲は不完全ではないのかね?」
「おお・・・流石。ええ、恥ずかしながら幼い頃に発表会で披露した創作曲です。
けど記憶が曖昧で、穴埋めするように弾くしかない」
ずばりと当てられて驚きを隠せなかったが、彼女は嬉しそうに笑んだ。
どんな曲だったか朧気でいても、にとっていい思い出だったのだろう。
「ところで、そのヴァイオリンはどこで?」
「自分の道具生成スキルを利用して再現してみました。スキルレベルは低いのでご察しで。
弾いてみます?」
楽器がない不満を抱いていた件を知ったはそのヴァイオリンを前に差し出す。
しかし、サリエリはそれを直視したまま腕を動かさない。
やはり職人が造ったものではない紛い物では駄目だったか。
「そのヴァイオリンを弾きたいのは山々だが、今は君の曲を完成させたい」
「私の?記憶は曖昧だって言ったけど、あまり評価されなかったのは確かだ。
伝えたいものが伝わらない、心に響かないって」
「・・・どうやら君は悪いことにしか記憶に残らないようだな。完全な形ではないが、
『こうしたらいい響きになる』というリズム、伝えたいものが伝わらないというのではなく
自分が作曲した曲を聴いてくれという訴えがひしひしと―――」
「もうお腹いっぱいです十分です」
どんなに駄作だろうが良い所があれば勿論、どこが悪いかちゃんと指摘する。
有名な書籍すら僅かしか残されていないアントニオ・サリエリの人物像について思い出す。
ここまでとは・・・と思うが、まさか音楽歴の浅い自分の曲を裏表なく評価してくれるなんて
誰が予想したことか。
恐らく、今自分の顔はひどく熱くなっているに違いない。
「・・・嫌なら別に構わない。無理強いするつもりはないからな、すまない」
呆気にとられる雲雀を勘違いしたその物言いに、やっと我に返った。
「・・・幼い私が作った曲を、音楽と言ってくれる貴方の申し出を断るなんてもったいない。
貴方となら、あの時作曲した以上のものを完成できそうだ」
シャドウボーダー内に流れ出す旋律。
カルデアが崩壊し、人類史も消え去ってしまい、心の余裕などなかった職員やマスターたちは、
心身ともに少しずつ和らいでいく。
幼きの作曲にとりかかるその姿は、かの音楽家であるアントニオ・サリエリそのものであった。
2019/10/03