最近、ハリーは上の空である。 ロンに話を聞くと、ある不思議な鏡について教えてくれた。 ハリーには彼の両親を、ロンには未来の自分を映したという。 最初は惚れ惚れしたというロンだったが、 あの鏡には近づかない方がいいと私に忠告した。 そんな矢先、皆が寝静まった頃に誰かが部屋のドアをノックした。 ハリーだ。 「君に見せたいものがあるんだ。一緒に来ない?」 例の鏡のことだ、とロンの話を聞いていた私はすぐ理解した。 思い返せばこの三日間、ハリーはちゃんと食事に手をつけていない。 それだけ、その鏡の虜になっているということだ。 ハリーを止めなくちゃ。 頭ではそう理解していても、やはり好奇心には敵わなかった。 彼の透明マントを借りて、図書室から暗い通路を通った。 ドアを開けると、ハリーはマントをかなぐり捨てて鏡に向かって走った。 「、見て!この鏡に僕の両親が映ったんだよ。」 ハリーが腕を引いて鏡の前に立たせた。 彼の両親は映らなかったが、 私のすぐ後ろに男性と女性が映った。 男性は私のよく知る人物―――実の父親だ。 そしてもう一人は―――一体誰なんだろう。 とてもきれいな女性だった。 グリーンの目に、私と同じ深みがかかった茶髪・・・・・・。 「もしかして―――」私はハリーがいることを忘れ、 「母さん?」思わず囁いた。 女性は微笑んで鏡の中で私の肩に手を置いた。 「ねえ、。何が見えたの?」 「・・・・・・両親。」 「二人共・・・・・・亡くなったの?」 「ううん。父さんは生きてるよ。 ただ訳あって別々で暮らしてるんだ。」 そうなんだ・・・・・・と呟くと、 ハリーは鏡の前に座り込んだ。 彼の前では一体どういう風に映っているのだろう。 そろそろ帰ろう、と声をかけたいが、 一晩中ここにいたいというグリーンの目に、 とても言えずにいた。 「また来たのかい?」 振り返ると、壁際にアルバス・ダンブルドアが立っていた。 ハリーが飛び上がるように立ちあがった。 「何百人も君と同じように、 『みぞの鏡』の虜になった。」 ハリーに向かって言ってる、ということは もう既に知っていた訳か・・・。 「それで、この『みぞの鏡』はわしたちに何を見せてくれると 思うかね?」 ハリーと顔を見合わせ、首を横に振った。 「鏡が見せてくれるのは、心の一番奥底にある一番強い『のぞみ』じゃ。 それ以上でもそれ以下でもない。 ハリー、君は家族を知らないから、家族に囲まれた自分を見る。 ロナルド・ウィーズリーはいつも兄弟の陰で霞んでいるから、 兄弟の誰よりもすばらしい自分が一人堂々と立っているのが見える。 しかしこの鏡は知識や真実を示してくれるものではない。 鏡が映すものが現実のものか、はたして可能なものなのかさえ判断できず、 みんな鏡の前でへとへとになったり、鏡に映る姿に魅入られてしまったり、 発狂したりしたんじゃよ。」 ダンブルドア校長の話を聞いて、思わずはっとした。 私は魔法学校に通うために、父と別れることを選んだ。 決して、悲しくなかった訳ではない。 父さんは心から私が魔法使いになることを応援して 見送ってくれたのだから・・・ たまに手紙を寄越してくれるだけでもうれしかった。 私が生まれて間もなく、母さんは亡くなった。 イギリス人の魔女であると、父さんは言った。 彼女との思い出は全くない。 父との生活は寂しくなかった。 けれど・・・・・・心のどこかで私は母さんと一緒にいたいと 望んでいた。 「ハリー、、この鏡は明日よそに移す。 もうこの鏡を探してはいけないよ。」 私はゆっくり頷くと、ハリーに「帰ろう。」と促した。 マントを拾ってドアノブに手をかけようとした所で、 私はダンブルドア校長の方に振り返った。 「あの、ダンブルドア先生。」 「ん?」 「あ・・・・・・いえ、おやすみなさい。」 寮に戻るまで、私達は何も言わなかった。 暖炉の火が消えかかっていた頃に、 ようやくハリーが口を開く。 「今日はごめんね。」消え入りそうな声だった。 私は首を横に振って笑みを浮かべた。 もう、『みぞの鏡』を探そうとは思わないだろう。