買い物を終えて家に帰っても、新学期当日になっても、
私はほとんど上の空だった。
いつもの自分なら、教科書を読みながらホグワーツ入学を
楽しみにしていたのに・・・・・・私らしくもない。
というよりも、本当に自分は『私』であるのか疑心暗鬼になっている。
「珍しいね。君がずっとだんまりでいるなんて・・・・・・。
どうかしたのかい?」
「なんでもないよ。」
私は嘘をついた。
リーマスは大切な友人を亡くし、更にもう一人が投獄されるという
修復不可能な心の傷を抱えている。
だから自分の能力に見合わない仕事を転々としながら
知人と会うことも、その話題に触れることも避けていた。
本来なら、リーマスと入学準備の買い物に行くことだって、
彼だったら断っていたはずだ。
それでも私に付き合ってくれたのは、同居人のよしみ、
というのだろうか。
だから、これ以上、彼を不安にさせる訳にはいかない。
本当のことを言う訳にはいかない。
「あの九番と十番の間の柵に向かってまっすぐ行くんだ。
君が怖がるなんて・・・・・・ことはないか。」
「わ、失礼な人だな。」
「ごめんごめん。それじゃあ、。
暫くは離れ離れだけど楽しんでおいで。」
「うん。行って来ます。」
唇が震えていて、ちゃんと言えていたかどうか確かめることはできないが、
ぎゅっと強くリーマスを抱き返した。
そして彼から離れると、カートをくるりと回して、柵と対面する。
頑丈そうな柵を真っ直ぐ進むと、ガラリと景色が変わった。
紅色の蒸気機関車が目に映る。
機関車の煙。おしゃべりの声と、重いトランクの擦れ合う音。
「(嗚呼・・・・・・懐かしい光景だ)」
自分が何を言ったのか、我に返って首を勢いよく振った。
まるで以前、ここに来たことがあるような口ぶりだった。
私は一体、何を言ってるんだろう・・・・・・どうかしてる・・・。
「あら、あなた。こんな所でボーッとしてたら乗り遅れるわよ。」
声の張った、気の強そうな女の子にそう話しかけられ、
私はハッとなって中に乗り込んだ。
誰もいないコンパートメントの戸を引いて中に入ると、
先程声をかけてくれた女の子がやって来た。
「あら、さっきの・・・・・・。ごめんなさい。
他に席がいっぱいだったから・・・・・・いいかしら?」
「うん、いいよ。」
フサフサした栗色の髪と前歯がちょっと大きい。
まだお礼を言っていなかったので、それを彼女に伝えた。
「そういえば、あなた・・・・・・ここではあまり見かけない顔ね。
失礼だけど・・・・・・アジアから?」
「日本だよ。5年前まではそこで暮らしてたけど。」
すると、女の子が目を輝かせながら顔を近付けた。
「ジャパニーズなのね!私、ずっと前から日本に興味があったの!
私、ハーマイオニー・グレンジャー。」
「。
一応ハーフでもあるんだけど。」
「ということは『』が名前ね?
ホグワーツから手紙をもらった時は勿論うれしかったけど、
こんな近くにジャパニーズに会えてうれしいわ!」
「そんな・・・・・・。」
確かに、この外国に来た当時は、物珍しそうに見られていた。
実際、私の周りに他の日本人は見当たらなかったな。
「到着まで時間はたっぷりあるわ。ぜひ、日本について聞かせて!」
「えっと・・・私の話でいいなら。」
話すと言っても、日本ではどういう生活をするか、どんな文化があるか、
後は5年前までの日常、というものだ。
私からすれば、あまり新鮮味がないように思えるが、
それでもハーマイオニーは終始笑顔でずっと耳を傾けてくれた。
こんなにも熱心に興味を持ってくれるなんて、何だか恥ずかしいような
嬉しいような・・・・・・。
それから話し続けてどのくらい経ったのだろうか。
ハーマイオニーに貰ったお菓子を食べていると、
丸顔の男の子が泣きべそをかいて入ってきた。
「ごめんね。僕のヒキガエルを見かけなかった?」
私とハーマイオニーが首を横に振ると、
男の子は益々、表情を暗くした。
「一緒に探すよ。どんな特徴か教えて?」
「い、いいの・・・?」
「私、小さい頃から生き物が好きなんだ。
カエル探しは前に一度やったことあるから、力になれると思う。」
「・・・が名乗り出て、私が探さない訳にはいかないわね。
手伝うわ。」
「あ、ありがとう!僕、ネビル・ロングボトム。」
「って呼んで。」
「ハーマイオニー・グレンジャーよ。」
短い自己紹介を終えると、私達はコンパートメントを出て
長い通路を揺れながら歩いた。
ハーマイオニーがこちらをじーっと見ていたので、
気になって振り返ってみた。
「あなた・・・カエル好きなの?」
「うん。カエルだけじゃなく、生き物全部だけど。」
「意外ね。そういう系は好まないと思ってたわ。」
小さい頃からカエルだけじゃなく、昆虫も触っていたからなあ。
今時の女の子達からすると、やっぱりおかしいのかな?