五十年前に、『秘密の部屋』が開かれたらしい。 当時、マグル出身の生徒が一人亡くなったという。 ハリーが三階の女子トイレで拾った不思議な日記から、 ハグリッドが深く関わっているのではないかと、ハリーは言う。 彼が部屋を開いた・・・? ハグリッドを完全に疑っている風ではないからいいのだが、 酷く荒らされたハリーの部屋を見た時、私は嫌な胸騒ぎを覚えた。 今日、クィディッチの試合があるにも関わらず、 突然ハーマイオニーは図書室へ行ったのだ。 ―――嫌な予感が、的中してしまった。 「ハーマイオニー!」 やって来たマクゴナガル先生に医務室まで連れられ、 眼前のベッドの上には完全に固まっているハーマイオニーが横たわっていた。 同じように先生の後について来たハリーとロンも、 驚愕の表情を隠せないでいた。 「図書室の近くで発見されました。」マクゴナガル先生が言った。 「そばの床に落ちていたのですが・・・・・・。」 先生は小さな丸い鏡を手にしていた。 「何か知っていますか?」と訊かれるが、私達は首を横に振った。 強制的にグリフィンドール寮まで戻り、 マクゴナガル先生が羊皮紙を広げて、 読み上げる大幅に変更された規則を黙って聞いた。 襲撃事件の犯人が捕まらない限り、この学校は閉鎖せざるおえない――― そう言うマクゴナガル先生の表情はとても不安な色だった。 「ハグリッドに会って話さなくちゃ。 前に怪物を解き放したのが彼だとすれば、 どうやって『秘密の部屋』に入るのかを知ってるはずだ。」 「だけど、マクゴナガルが、授業の時以外は寮の塔から出るなって―――。」 「いまこそ。」ハリーが一段と声をひそめた。 「父さんのあのマントを、また使う時だと思う。」 今度はハグリッドだとは思わないと言うハリーにモヤモヤしつつも、 私も一緒に頷くのだった。 *** 皆が寝静まったのを見計い、ローブを着直して『透明マント』をかぶった。 私達は急いで、ハグリッドの小屋の灯りをめざした。 戸を叩くと、すぐにハグリッドがバタンと戸を開けたが、 彼の持っている石弓を見てぎょっとして、慌てて『マント』を脱いだ。 「おぉ。」ハグリッドは武器を下ろして、私達をまじまじと見た。 「三人ともこんなとこで何しとる?」 「ハグリッド、その弓は何?」 「なんでもねぇ・・・・・・なんでも。 ただ、もしかすると・・・・・・うんにゃ・・・・・・座れや・・・・・・ 茶、入れるわい・・・・・・。」 ハグリッドは上の空だった。 震えながらお茶を並々と溢れさせる仕草は、見ていて不安になる。 ハリーが声をかけて、本題に入ろうとした時、戸を叩く大きな音がした。 「マントをかぶれ。」と言うハグリッドに応じて、 さっと部屋の隅に引っ込んだ。 ハグリッドは石弓を引っつかみ、もう一度バンと戸を開けた。 「こんばんは、ハグリッド。」 なんと、新たな訪問者はダンブルドア先生だった。 その後ろから見知らぬ男も小屋に入ってきた。 「パパのボスだ!」ロンが囁いた。 「コーネリウス・ファッジ、魔法大臣だ!」 そんなロンの言葉を聞き流し、蒼褪めるハグリッドと先生達を交互に見た。 「状況はよくない。ハグリッド。」ファッジがぶっきらぼうに言った。 「すこぶるよくない。来ざるをえなかった。マグル出身が四人もやられた。 もう始末に負えん。本省が何かしなくては。」 「俺は、けっして。」ハグリッドが震える声で言うと、 「わしはハグリッドに全幅の信頼を置いておる。」 ダンブルドア先生は眉をひそめてファッジを見た。 「しかし、アルバス。」ファッジは言いにくそうだった。 「ハグリッドには不利な前科がある。 魔法省としても、何かしなければならん。」 前科・・・・・・? ハグリッドが、一体何をしたっていうんだ? 「コーネリウス、もう一度言う。 ハグリッドを連れていったところで、何の役にも立たんじゃろう。」 「プレッシャーをかけられておる。何か手を打ったという印象を与えないと。 ハグリッドではないとわかれば、彼はここに戻り、何の咎めもない。 ハグリッドは連行せねば、どうしても。私にも立場というものが―――。」 てめェの立場なんか知るか! 私はカッとなって飛び出しそうになるが、 冷静であるハリーにぎゅうと強く服を掴まれた。 「まさかアズカバンじゃ?」とかすれた声で訊くハグリッドをよそに、 新たな来訪者が現れてぎょっとした。ルシウス・マルフォイだ―――! 「なんの用があるんだ?俺の家から出ていけ!」 「言われるまでもない。君の―――あー―――これを家と呼ぶのかね?」 狭い丸太小屋を見回してせせら笑うマルフォイ氏に、 聞こえるんじゃないかと心配されるくらい、大きく歯軋りをした。 マルフォイ氏は校長先生に用があると言って、長い羊皮紙の巻紙を取りだした。 「しかし理事たちは、あなたが退く時が来たと感じたようだ。 ここに『停職命令』がある―――十二人の理事が全員署名している。 残念ながら、私ども理事は、 あなたが現状を掌握できていないと感じておりましてな。 これまでいったい何回襲われたというのかね? この調子では、ホグワーツにはマグル出身者は一人もいなくなりますぞ。 それが学校にとってはどんなに恐るべき損失か、我々すべてが承知しておる。」 「おお、ちょっと待ってくれ、ルシウス。 ダンブルドアが『停職』・・・・・・だめだめ・・・・・・いまという時期に、 それは絶対困る・・・・・・。」 「校長の任命―――それに停職も―――理事会の決定事項ですぞ。ファッジ。」 マルフォイはよどみなく答えた。 「それに、ダンブルドア 今回の連続攻撃を食い止められなかったのであるから・・・・・・。」 「ルシウス、待ってくれ。ダンブルドアでさえ食い止められないなら――― つまり、ほかに誰ができる?」 「それはやってみなければわからん。」マルフォイ氏がにたりと笑った。 「そんで、いったい貴様は何人脅した?何人脅迫して賛成させた? えっ?マルフォイ。」 「おう、おう。そういう君の気性がそのうち墓穴を掘るぞ、ハグリッド。 アズカバンの看守にはそんなふうに怒鳴らないよう、ご忠告申し上げよう。 あの連中の気に障るだろうからね。」 「ダンブルドアをやめさせられるものなら、やってみろ! そんなことしたら、マグル生まれの者はおしまいだ! この次は『殺し』になる!」 「落ち着くんじゃ。ハグリッド。」 こんな状況にも関わらず、ダンブルドア先生が厳しくたしなめた。 そしてルシウス・マルフォイに言った。 「理事たちがわしの退陣を求めるなら、ルシウス、わしはもちろん退こう。」 「ただし。」ダンブルドア先生はゆっくりと明確に、 その場にいる者が一言も聞き漏らさないように言葉を続けた。 「覚えておくがよい。わしが本当にこの学校を離れるのは、 わしに忠実な者が、ここに一人もいなくなった時だけじゃ。 覚えておくがよい。ホグワーツでは助けを求める者には、 必ずそれが与えられる。」 一瞬、校長先生の目が片隅に隠れている私達に向けられた。(気がした) マルフォイは小屋の戸のほうに大股で歩いていき、戸を開け、 ダンブルドアに一礼して先に送り出した。 ハグリッドも後に続こうとした寸前に、足を止めた。 「誰か何かを見っけたかったら、クモの跡を追っかけていけばええ。 そうすりゃちゃんと糸口がわかる。俺が言いてえのはそれだけだ。 それから、誰か、俺のいねえ間、ファングに餌をやってくれ。」 ファッジがファングに向けて小さく宥めた声を出すと、戸を閉めていった。 完全に人の気配が遠退いていったのを覚って『透明マント』を脱いだ。 「ダンブルドアがいなけりゃ、一日一人は襲われるぜ。」 かすれた声で言うロンをよそに、 私は窓の隙間から通って森へと向かうクモの群れを目にした。 「行こう。」とファングも一緒に連れて、ハリーも頷いた。 大のクモ嫌いであるロンにとって嫌悪しかないが、 それでも泣きそうな顔でついていった。 皆と森の中へ入るのは、一年生以来だ。 あの時も楽しいというものではなかったが・・・・・・。 クモの群れが見えなくなったと同時に、暗い木立の中に辿り着いた。 広い窪地の奥から黒く、巨大な何かが現れた。 蜘蛛だ―――! 胴体と脚を覆う黒い毛に白いものが混じり、鋏のついた醜い頭に、 八つの白濁した目があった。―――盲ている。 周りに群がっている蜘蛛たちが「アラゴグ!」と呼んでいる。 「ハグリッドか?」その巨大蜘蛛から年老いたような声が言う。 「私達は、ハグリッドの友達です。」 ハリーとロンの前に立ち、若干震えながらも私は叫んだ。 「ハグリッドは一度もこの窪地に人を寄こしたことはない。」 ゆっくりとアラゴグが言った。 「ハグリッドが、ハグリッドが大変なんです! 学校のみんなは、ハグリッドがけしかけて―――か、怪―――何者かに、 学生を襲わせたと思っている・・・・・・。」 「何年も何年も前のことだ。よく覚えている。それでハグリッドは退学させられた。 みんなが、わしのことを、いわゆる『秘密の部屋』に住む怪物だと信じ込んだ。 ハグリッドが『部屋』を開けて、わしを自由にしたのだと考えた。」 「それじゃ、あなたは・・・・・・あなたが『秘密の部屋』から出てきたのではないのですか?」 今度はハリーが額に冷汗を流しながら、おそるおそる訊いた。 「わしはこの城で生まれたのではない。遠いところからやってきた。 まだ卵だった時に、旅人がわしをハグリッドに与えた。 わしが見つかってしまい、女の子を殺した罪を着せられた時、 ハグリッドはわしを護ってくれた。その時以来、わしはこの森に住み続けた。」 「じゃあ、一度も―――誰も襲ったことがないの?」 「一度もない。」年老いた蜘蛛のしわがれ声を出した。 「襲うのはわしの本能だ。 しかし、ハグリッドの名誉のために、わしはけっして人間を傷つけはしなかった。 殺された女の子の死体は、トイレで発見された。 わしは自分の育った物置の中以外、城のほかの場所はどこも見たことがない。 わしらの仲間は、暗くて静かなところを好む・・・・・・。」 「それなら・・・・・・いったい何が女の子を殺したのか知りませんか? 何者であれ、そいつはいま戻ってきて、またみんなを襲って―――」 さっきから後ろから私とハリーを情けない声で呼ぶロンがいたが、 ここはスルーした。 「城に住むその物は、わしら蜘蛛の仲間が何よりも恐れる、太古の生き物だ。 その怪物が、城の中を動き回っている気配を感じた時、わしを外に出してくれと、 ハグリッドにどんなに必死で頼んだか、よく覚えている。」 見た目に反してアラゴグは本当に城に潜むその生物を恐れていた。 「いったいその生き物は?」ハリーが急き込んで尋ねるが、 また大きくざわめいた。 「わしらはその生き物の話をしない!わしらはその名前さえ口にしない! ハグリッドに何度も聞かれたが、わしはその恐ろしい生き物の名前を、 けっしてハグリッドに教えはしなかった。」 「ハリー、・・・・・・。」 「もう!何!?」 イラついて強く訊き返すと、ロンは震える指で上を指した。 糸を引いて次々とアラゴグより小さいと言えど、 丸々と巨大な蜘蛛が木からゆっくり降って来た。 仲間がじりじりと寄って来るのを覚り、お礼を言って帰ろうとした―――。 「帰る?それはなるまい・・・・・・。」 「わしの命令で、娘や息子たちはハグリッドを傷つけはしない。 しかし、わしらのまっただ中に、 進んでのこのこ迷い込んできた新鮮な肉を、おあずけにはできまい。 さらばだ、ハグリッドの友人よ。」 後退しながら様子を見計い、弾き飛ばされたように逃げ出した。 しかし前方から巨大蜘蛛の群れが押し寄せて来る。 「!何か、呪文とかないの!?」 「・・・・・・あるには、ある。」 それは、『忍術』を使うこと。つまり―――リーマスの約束を破ることだ。 しかし、自分も含め友人も絶体絶命という時に、使うなと言う方が無理な話だ。 決心を固めた時、突然森の奥から車が走って来たのだ。 ―――ウィーズリーさんの車だ!! ハリーが、車が森へ独りでに向かったと話してくれたが、 何故この期に及んで・・・・・・?しかし、考える余裕はない。 急いで中に入るも、一匹の巨大蜘蛛がロンに襲いかかろうとした瞬間、 立ち去れ!お前達の命を奪いたくはない―――。 そう強く念じて睨むと、あれだけ群がっていた巨大蜘蛛が一斉に 退散していくのだった。 その光景に呆気に取られる二人をよそに、私は車に自動運転を任せ、 無事に小屋まで帰還した。ロンはカンカンに怒っていた。 「僕たちをあんなところに追いやって、いったい何の意味があった? 何がわかった?」 「ハグリッドが『秘密の部屋』を開けたんじゃない。 無実だったんだ。」