『秘密の部屋』に潜む怪物がアラゴグじゃないとしたら、一体何だろうか?
今まで数多の動物図鑑を見てきたが、襲った者を石にする生物など聞いたことがない。
結局のところ、ハグリッドでさえ『秘密の部屋』に何がいたのか知ってはいなかった。
こんな時こそハーマイオニーの知識が必要なのに・・・・・・。
「!」聞き慣れた声に反応して振り向くと、ハリーとロンが駆け寄ってきた。
いつもと違って真剣な表情だ。
「、分かったんだ・・・・・・。怪物の正体を・・・・・・!」
「バジリスク―――巨大な毒蛇だって!」
「へっ・・・・・・!?」
『蛇』のワードを聞いた途端、私の体に緊張が走った。
その怪物はパイプを使って移動していたとハリーが順を追って説明してくれるが、
今の私には無意味である。とにかく終わってくれと、2人に気付かれないよう息を殺した。
それが通じたのか、タイミングよく魔法によって拡大された
マクゴナガル先生の声が廊下に響き渡った。
「生徒は全員、それぞれの寮にすぐに戻りなさい。教師は全員、三階―――」
最初に事件が起こった例の廊下だった。私達は目を合わせ、別の方向へ例の場所へ向かった。
既に先生達が集まっていて、「生徒が一人、怪物に連れ去られました。」と
マクゴナガル先生が切羽詰まった声で話し出した。
「全校生徒を明日、帰宅させなければなりません。ホグワーツはこれでおしまいです。」
あの厳格な先生が悲しげに顔を歪めた。そんな、ホグワーツが・・・・・・。
今にも崩れ落ちそうな感覚の中で、全く場違いといえる空気を纏ってロックハートがやって来た。
「大変失礼しました。―――ついウトウトと―――。」
「ロックハート、女子学生が怪物に拉致された。いよいよあなたの出番が来ましたぞ。」
スネイプ先生がそう言うと、ロックハートはぎこちない笑顔でうろたえた。
「まさに適任。」やら「あなたに任せましょう。」という声に、彼の唇の震えは止まらなかった。
「よ、よろしい。へ、部屋に戻って、し―――支度をします。」
ロックハートがその場を離れ、「連れ去られた生徒は誰ですか?」という問いに、
「ジニー・ウィーズリーです。」マクゴナガル先生は答えた。
隣で、ロンが声もなくへなへなと崩れ落ちるのを感じた。
「『彼女の白骨は永遠に『秘密の部屋』に横たわるであろう』」
先生達がいなくなった廊下で、ロンが蒼白な顔で壁に書き残された伝言を口にした。
ロックハートは役立たずだが他にいい考えが浮かばなかったので、
彼に全てを話そうと寮を抜け出してロックハートの部屋へ向かった。
ほぼノックもなしでドアを開けると、かなり慌てた様子で荷物をまとめていた。
「一体どこへ行くのです?」
ほぼ確信ついているが、それでも訊くのは人間の性だろうか。
「緊急に呼び出されて・・・・・・しかたなく・・・・・・行かなければ・・・・・・。」
「僕の妹はどうなるんですか?」
「そう、そのことだが―――まったく気の毒なことだ。」
「『闇の魔術に対する防衛術』の先生じゃありませんか!
こんな時にここから出ていけないでしょう!
これだけの闇の魔術がここで起こっているというのに!」
ハリーの訴えにロックハートは一向に目を合わせず、もそもそ口を動かす。
「職務内容には何も・・・・・・こんなことは予想だに・・・・・・。」聞いて呆れた。
「逃げるのか?いろんなことをなさった貴方が?」
「本は誤解を招く。」
ロックハートの微妙な言い方にハリーが叫んだ。「ご自分が書かれたのに!」
「ちょっと考えればわかることだ。
私の本があんなに売れるのは、中に書かれていることを全部私がやったと思うからでね。
もしアルメニアの醜い魔法戦士の話だったら、たとえ狼男から村を救ったのがその人でも、
本は半分も売れなかったはずです。本人が表紙を飾ったら、とても―――」
「騙してたのか。」私は口を挟んだ。ハリーはとても信じられないという顔つきだった。
「仕事はしましたよ。まずそういう人たちを探し出す。
どうやって仕事をやり遂げたのかを聞き出す。それから『忘却術』をかける。
私が自慢できるものがあるとすれば、それは『忘却術』ですね。
さてと。坊ちゃんたちには気の毒ですがね、『忘却術』をかけさせてもらいますよ。」
振り向いた同時に自分の杖をロックハートに向けた。
流石に数が多いと分が悪いようだ。
「『秘密の部屋』まで一緒に来てもらう。
お供がついて有難いでしょ?」
皮肉をたっぷり込めて言うが、ロックハートは言い返すほどの余裕はないようだ。
***
ロックハートを追い立てるようにして部屋を出て、
『嘆きのマートル』の女子トイレの入口にたどり着いた。
メソメソ泣いていたマートルだが、ハリーを見るなり笑みを浮かべるが、
それはすぐに消えた。「今度は何の用?」
「君が死んだ時の様子を聞きたいんだ。」
オブラートに包まない言い方だが、問われた本人は気にしていない様子だったので
良しとした。
「わたしのメガネのことをからかわれて、鍵を掛けて泣いていたら誰かが入ってきたの。
男子だったわ。何か変なことを言ってた。とにかく、いやだったから言ったの。
出てってよ!って、そして―――死んだの。」
「どうやって?」
「わからない。覚えてるのは大きな黄色い目玉が二つ。あのあたりで見たわ。」
マートルは小部屋の前の、手洗い台のあたりを漠然と指差した。
一見、普通の手洗い台と変わらないと思うが・・・・・・「あ。」蛇口の脇のところに、
小さなヘビの形が彫ってある。だが蛇口は壊れている。
「ハリー、何か言ってみろよ。何かを蛇語で。」
ハリーはじっとヘビを見つめ、奇妙なシューシューという音が彼の口から出た。
(文字通り『開け』と言ったのだろう)
手洗い台が沈み込み、見る見る消え去ったあとに、太いパイプがむき出しになった。
大人一人が滑り込めるほどの太さだ。
「さて、私はこれで―――」Uターンするロックハートの腕をそれぞれ左右から掴んだ。
「先に降りて。」テープで巻かれたままの杖を向けながら、ロンが凄んだ。
ロックハートは後ろから背中を杖で小突かれながら、顔面蒼白でパイプの入口に近づいた。
「本当に何の役にも―――」
埒があかないので、ドンッと背中を押した。(というより蹴落とした)
ロックハートは滑り落ちて見えなくなった同時に悲鳴も小さくなっていった。
ドスンと軽くぶつかる音をたてた。「実に臭い。」と後から返事が来た。
落ちても問題ないようだ。すぐあとにハリーが続き、ロン、最後に私が中へ入った。
そのパイプは曲りくねりながら、下に向かって一層深く落ちていく。
出口から放り出され、ジメジメとした場所にたどり着いた。
ちょうどハリーが杖に灯りを点らせていたので、皆の服が汚くなっているのがよく分かる。
ハリーが先頭に、前を歩き出した。動く気配がしたらすぐ目をつぶるよう耳に集中する。
そんな中、バリンとロンが何かを踏んづけたのを聞いて、視線を下に落とした。
ネズミの頭蓋骨だ。
よく見るとネズミだけでなく、小さな動物の骨がそこら中に散らばっている。
ジニーが心配だ。一刻も早く助けなければ―――!
「ハリー、あそこに何かある・・・・・・。」
行く手に何か大きくて曲線を描いたものがある。
ハリーは息をひそめ、杖を高く掲げて、その物体にじりじりと近寄った。
杖灯りが照らし出したものを間近に、私は悲鳴を出す前に両手で口をふさいだ。
巨大な蛇の抜け殻だった。後ろのほうで何かが動いて思わず硬直した。
だが例の蛇ではなく、ロックハートが気絶しているだけだ。
「根性ないなあ。」呆れるロンの言葉に、今の私も情けないことにまさにその状態だ。
するとロックハートが立ち上がって隙をついたところに、ロンの杖を奪った。
(忌々しくも、気絶するフリができる僅かな余裕を持ってたコイツよりも
ビビってる事実にすごくイラつく!!!)
「お遊びはこれでおしまいだ!私はこの皮を少し学校に持って帰り、
女の子を救うには遅すぎたとみんなに言おう。
君たちは三人はずたずたになった無残な死骸を見て、哀れにも気が狂ったと言おう。
さあ、記憶に別れを告げるがいい!」
ロックハートが最初に狙いを定めたのはハリーだった。
ロンの杖を頭上にかざし、一声叫んだ。
「オブリビエイト!」
そう唱えた途端、杖は小型爆弾なみに爆発して、
ロックハートは短い悲鳴を上げて壁にぶつかった。
トンネルの天井から、大きな塊がバラバラと崩れ落ちてきた。
私は震動によってその場に躓いた。
崩れが止まった時には、岩の塊が巨大な壁となってふさいでいた。
「ローン!大丈夫か?ロン!」
「ここだよ!」ロンの声は崩れ落ちた岩石の影からぼんやりと聞こえた。
「はそっちにいるの?」
「うん。・・・・・・で、あのバカは?」
そこでタイミング良く「アイタッ!」と言う大きな声が聞こえた。
向こうで何故か会話しているが、
どうやら逆噴射でロックハートは全ての記憶を忘れたようだ。
もしロンの杖が早く修復されていたら・・・・・・ハリーを助けることはできなかった。
蛇の抜け殻だけでおびえるなんて、私は・・・・・・。
「、大丈夫?」
ハリーに声をかけられ、私はようやく我に返った。
「僕は先に進む。ロンはこの岩石を取り崩してくれるから君も―――」
「私も!一緒に、行く・・・・・・。」
「でも・・・・・・。」
「に賛成だよ。ハリーだけ行かせたら絶対無茶するだろうし。」
壁の向こうからロンの声が返って来た。
ハリーは唸る表情だったが、「わかった。」と頷いてくれた。
ありがとうハリー、そしてごめん。
くねくねと曲がるトンネルを進みながら、ハリーはポツリと声を漏らす。
「でも、本当に大丈夫なの?」
「何が?」
「だって、嫌いなんじゃないの?蛇が。」
蛇という言葉だけが壁に反響した。
私は暗い表情で「分かっちゃった?」と聞き返した。
「決闘クラブの時、蛇が現れた途端、急に立ち止まったでしょ?
生物好きながスキンシップも何もして来なかったから・・・・・・。
さっきの見て確信した。」
うわあ・・・・・・。私、何でこう顔に出やすいんだろ・・・・・・。
そりゃあバレるはずだ。
「ごめん。黙ってたつもりじゃないんだ。」
「別に君を責めてる訳じゃないんだから、そんな顔しないで?」
嗚呼、なんて優しいんだろ・・・・・・。
ハリーの笑顔を見ていると心が安らぐ。
時折、知らない女性がハリーと重なるのだけど、これは一体・・・・・・?
「でも、どうして蛇が嫌いなの?」
「・・・・・・分からないんだ。
自分でも、何でその生物だけ受け入れられないのか・・・・・・。
あ、だけど今回のことは別だよ!
巨大な蛇だろうが毒蛇だろうが、何もしないでいるなんて嫌だ!」
本音を明かして「やっぱり引き返した方がいい。」なんて言われるが嫌で、
すぐさま言葉をつけ足した。
この言葉だって、私の本音なんだから・・・・・・。
ハリーは俯いて、何だかぎこちない動きで此方に視線を寄越した。
「え、何?」
「ううん、ただ、すごく・・・・・・嬉しくて。
が友達でよかったよ。」
「場違いなこと言っちゃうけど、それはジニーを助けてからね。
うれしいけど。」
あんなに暗く沈んでいたはずなのに、今は笑い合うほど穏やかだった。
友人と一緒なら何も怖くない。
ヘビが絡み合う彫刻を施した石の柱のある部屋にたどり着くと、
真ん中に黒い何かが横たわっていた。ジニーだ!
「ジニー!死んじゃだめだ!お願いだから生きていて!」
「大丈夫だ、ハリー。まだ生きてる・・・・・・。」
だけど、辛うじてだ。石にされてはいなかったが、顔や手まで氷のように冷たい。
ハリーをこれ以上あおらせたくない為、本当のことは言えないけど―――
「誰かいるの?」
ハリーではない他の人間の視線を感じ、思わず声を張った。
全く分からなかったという表情でハリーは柱の方へ振り返った。
「トム・リドル?」
全く聞かない名前だ。ハリーよりずっと背が高い黒髪の青年。
年は私達より上に見える。気配もなく現れたその姿はなんだか不気味だった。
「君はゴーストなの?」
「記憶だよ。日記の中に、五十年間残されていた記憶だ。」
「言葉挟むけどハリー、その人はどういった知り合いなんだ?
五十年だとか、記憶とか・・・・・・。」
私は一緒にジニーの体を床から持ち上げるハリーに言葉を投げて、
トムという男を見た。
彼は暫くハリーをじっと見ていたが、私に視線を移すなり、
貪るような目で微笑まれてゾッとした。
「直に分かる。」意味深な言葉を残して更にリドルは話を続けた。
「ジニー・ウィーズリーが『秘密の部屋』を開けた。」
「まさか!」
「壁に脅迫の文字を書きなぐったのも、
四人の『穢れた血』や『できそこない』の飼い猫に、
『スリザリンの蛇』を仕掛けたのもジニーだ。」
「そんな・・・・・・。」
「ただし、ジニーは初めのうち、
自分がやっていることをまったく自覚していなかった。
しかし、とうとう変だと疑いはじめ、捨てようとした。
こともあろうに、君が拾ってくれた。
僕が会いたいと思っていた君が・・・・・・。」
そう言うリドルの目線の先にはハリーが立っていた。
リドルの話を聞いて、私は驚きと怒りに動揺した。
今目の前にいる男こそが、『スリザリンの継承者』であり、
ハグリッドをはめて退学にさせた張本人。
そして―――過去であり、現在であり、未来だと言う
ヴォルデモート卿であると―――。