私は茫然としながらトム・リドルを見た。
この少年はやがて大人になり、ハリーの両親を、
そして他の多くの魔法使いを殺したんだ・・・・・・。
ジニーに注ぎ込まれ、日記から抜け出したという青年は
今生きている私と変わらぬ出で立ちだった。
「僕は自分の名前を自分でつけた。
ある日必ずや、魔法界のすべてが口にすることを恐れる名前を。
その日が来ることを僕は知っていた。僕が世界一偉大な魔法使いになるその日が!」
「違う。世界一偉大な魔法使いはアルバス・ダンブルドアだ。」
ハリーは息を荒げて言った。リドルの顔から微笑みが消えた。
「ダンブルドアは僕の記憶にすぎないものによって追放され、
この城からいなくなった!」
「ダンブルドアは、君の思っているほど、遠くに行ってはいないぞ!」
すると何処からか鳥の甲高い声が聞こえた。
白鳥ほどの大きさの深紅の鳥が孔雀の羽のように長い金色の尾羽を輝かせ、
金色の爪にボロボロの包みをつかんで姿を現した。
「「フォークス?」」
無意識に呟いた声がハリーと重なった。
何故あの鳥の名を知っていたのかは兎も角、ハリーの頭上に落とした包みの中身は
大分くたびれた『組分け帽子』だった。
「ダンブルドアが味方に送ってきたのはそんなものか!」リドルは冷たく鼻で笑った。
しかし、味方が増えてふつふつと勇気がたぎっていた。
「サラザール・スリザリンの継承者、ヴォルデモート卿の力と、
有名なハリー・ポッターと、お手合わせ願おうか。」
リドルは一対の高い柱の間に向けて蛇語を言い始めた。
奥のほうからチラリと見えた姿に一瞬固まったが、
ハリーを助けなくては―――!
「おっと、僕らの対決に割り込まないでくれないか。」
リドルが杖を振ったのを目に映し、私は咄嗟にジニーを抱えて背を向けた。
突然すぎて一瞬何が起こったのか分からなかったが、
蜘蛛の巣のような鉄網にかかってしまったようだ。
「!」
「私の事は気にしないで!ジニーには指一本触らせないからハリーはそいつを・・・・・・!」
あまりにも不格好な状態で叫ぶ今の私は相当マヌケだ。
「威勢がいいな。」とクスクス笑うリドルに苛立ちが募る。
だが下手してジニーにこれ以上害を及ばす訳にはいかなかった。
「ようやく二人で話せるね?」
静かになった部屋の中でドサッと私は落ちた。
さっきの鉄網が消えていたのだ。
「過去のアンタと話すことなんて何もないはずなんだけど・・・・・・。」
私はジニーを庇うように膝立ちで相手を見据えた。
「いいや、大いにある。ハリーとは別に、君も会いたかったよ。
・ロードヴァリウス・・・・・・いや、今はだったね。」
ロード、ヴァリウス・・・・・・?
っ・・・・・・頭が痛い・・・・・・。
「僕にとって未来にだが・・・・・・ハリーがまだ生まれていない時代に何度か会っている。
直接会ったのは大人になった過去の君だがね。」
「っ・・・・・・!いい加減無駄話はやめろ!一体、何が目的だ!」
「お前の血を貰いに―――それは昔も今も変わらない。」
「お前の『血』さえあれば・・・・・・。」
『賢者の石』の件でヴォルデモートに言われた言葉を思い出す。
血とは一体どういうことなのだろう?
考えても思い当たる記憶が見つからない。
そんな私を察してか、「少しだけ教えてあげよう。」とリドルが言った。
「10年ほど前・・・・・・そう、魔法界がヴォルデモート卿への恐怖に陥っていた頃。
まだ絶えていなかった有数の魔法貴族、ロードヴァリウス家の子供がいた。
ブラックやマルフォイほど名声はないが、その家系の祖先は滅亡したと言われた
ドラゴンの王『レッド・ライジング』!
絶滅を避けるため人に化けていたと理解するまでかなり経ってしまったがね・・・・・・。」
「それが私と何の関係がある?」
すかさず口を挟んだ私に対し、リドルはニヤリと口元を歪めた。
「預言が正しければ―――君はその血を受け継いでいるんだよ。
それを今から確かめさせてもらう。」
リドルはそう言って何か呪文を唱え始めた。
周囲がざわざわと何かが蠢いた。すぐにジニーを抱え直した。
此方に寄って来る黒い塊を見て、私はぎょっと目を見開いた。
クソッ、何で、何でよりによってまた蛇なんだッ!
「どうした?この密集を何とかしなければ君もジニーもケガだけじゃ済まないぞ。」
リドルは高みの見物といった顔でヘビの群集に囲まれている私を傍観する姿勢に入った。
その整った顔を殴りたい気持ちよりも、この絶望的な現状をどうにかしなければ、
という思いが強かった。
しかし、足が小刻みに震え、思うように動けない。呼吸の荒さも異常とも言える。
横からシャーッと殺意のある咆哮を耳にした同時にジニーを抱えたまま体を反って
懐から取り出したクナイを一振りした。
ボトリと首と別れた蛇が落ちる。ハッとなって私は顔を青ざめた。
いくら嫌いな対象とはいえ、生物を傷つけてしまったことに罪悪感を覚えた。
その緩んだ隙をつかれ、私の右足に牙が食い込んだ。
徐々に痺れが身体中に走り、クナイが手元から滑り落ちた。
「相変わらず優しいなは・・・・・・。
忍術とやらを極めている君ならここにいる蛇達を一掃できると言うのに。」
立つのも限界が来て、ついに膝を床についてしまった。
嗚呼、なんてザマだ。ごめん、ハリー。だけどジニーだけは・・・・・・!
「・・・・・・どうやら僕は君を買い被っていたようだ。
似ているのは顔と名前だけの女。それだけに過ぎなかった。さあ、楽になるといい。」
リドルの合図で蛇達は一斉に飛びかかったが、ターゲットに触れることはなかった。
何故なら一瞬にして、私とジニーを囲む炎の壁ができたからだ。
蛇達は突如現れた炎におびえ、じりじりと後退していく。
「そんな馬鹿な!たかが火如きで怯むものか!」
リドルは蛇語で何か命令して、ようやく動きが再開した。
しかし、あれだけ蛇に怯えていた私とは思えないほど落ち着いていた。
「下がれ。命というのは手を下せばすぐに絶える。
焼かれて果てたいとなれば前に来い。」
私の口から勝手にその言葉が出た。
そんなこと、自分の頭で思っていたことじゃない。
何だか、誰かが私に憑依して代わりに喋っているようだ。
あれだけ固まっていた蛇達は弾かれたようにバラバラに逃げ去った。
すると炎の壁が徐々に薄れていった。だけど体の痺れは消えないままだった。
「その目、その髪の色。嗚呼、やはりお前は・・・・・・!!」
リドルが興奮気味に何か叫んでいるが、耳が遠くなって聞こえない。
私はもうここまでのようだ。疲れたし、ごめんハリー、少しだけ寝かせて・・・・・・。
***
何だか騒がしいなと瞼を開くと、視界が皆の顔一面で溢れていた。
思わず「うわっ!」と飛び退くが、生憎背後は壁で、
思いっきり後頭部を打ってしまった。地味に痛い!
「おー起きた起きた。」
「あーあー。せっかく素敵な起こし方を披露しようと思ったのに。」
「嬢は肝心な時にチャンスを逃しちゃうんだから。」
「起きて早々この待遇は何?」
私はジロリとフレッドとジョージを睨んだ。
二人は冗談だよ、と言って苦笑を浮かべた。
『秘密の部屋』で気を失ってから何があったのか詳しく聞かせてもらった。
ハリーがバジリスクを倒し、事件を解決したこと。
ダンブルドア先生が学校へ舞い戻ってきたこと。
(ルシウス・マルフォイが理事を辞めさせられたと知った時は思わず綻んだ)
包帯で巻かれていた蛇の牙で傷ついた足は完治していた。
私が寝ている間、既にマンドレイクの薬が完成していて石化した皆は全員目を覚ましたらしい。
そういえば、肝心の二人が見当たらない。
「あっ!ほら、起きてるよハリー!」
「!大丈夫?」
「もちろん!ハリーもロンも無事で・・・・・・。」
「あら、私のことお忘れじゃなくて?」
「ハ・・・・・・ハーマイオニー!!」
ハリーとロンの後ろからひょこっと顔を出したハーマイオニーを見た途端、
いてもたってもいられなくなって思わずベッドから飛び出した。
勢いよく飛びついた私をハーマイオニーはそのまま後ろに倒れそうになるが、
なんとか踏みとどまって抱きとめてくれた。
「もう!ったらいきなりなんだから。」
「ごめんごめん。でも、本当によかった・・・・・・。」
「私だって、が目を覚まさなかったらいやよ。」
「でも、まだ終わりじゃないんだぜ。」
ロンの意味深な言葉に首を傾げた。
すると、廊下側からドスドスと大きな足音が出入口の前に止まると
ちょうどよく扉が開いた。
「おぉ、!祝いにフルーツケーキとストーンケーキ持ってきたんだが
どっちがええ?」
「―――ハグリッド!ハグリッドが戻って来た!」
起きたらこんな嬉しいことが続けて起きるなんて、これは夢だろうか?
否―――これは現実なんだ。目の前にハーマイオニー、ハグリッドがいる。
そして、ダンブルドア先生がいる―――。
あの部屋で謎の情報を伝えられ、頭の中でモヤが渦巻いていたが、
今はそれをしばらく忘れられるのが私にとって幸いだった。