ハグリッドから聞かされたバックビーク死刑決定にわんわん泣いた。 ハリーの口から殺してやると聞いたのも、とてもショックだったが、 罪のない命を容易く殺そうとする無慈悲さに涙を流さないなんて無理な話だ。 通り過ぎる生徒の何人かに目線をもらったが、構いはしなかった。 涙を止めようとしても、留めなく溢れるのだから。 「うう・・・。」 目元を擦ったのはこれで何回目だろうか。 今、私の顔は相当ひどくなっているに違いない。 人気の少ない見晴らしのいい廊下で、今一番会いたくない人物と目が合った。 そいつ(・・・)は私の顔を見てギョッとした。 「あ、あ、あの・・・、何か、あった・・・・・・?」 「バックビークが、お前の態度に怒ったヒッポグリフが殺されちゃうんだよ。  聞いたよ。あんたのお父さん、凶暴で目が合っただけで殺すと言ったそうじゃない。」 鼻をすすり、できるだけ涙声を抑えるものの、沸々とわいて来る怒りで声が震えてしまう。 既に傷を完治しているマルフォイは無言でこちらを見ている。 何かもの言いたげな表情で、眉間にしわが寄るのを自覚した。 「何?言いたいことあるなら言って。」 「あ、あの鳥のこと・・・・・・最初は頭に来たさ。でも、君を見たら・・・・・・」 「私が・・・・・・何?」 ちゃんと話そうとしない意地のない姿勢に、益々苛立ちを募らせる。 「私が何だって?はっきり言えよ。」 「は、どっ、動物好きなんだろ・・・?  あんな真剣に本かき集めて・・・本当に、あの鳥のために・・・・・・だから、」 「それで?父親に凶暴だの何だのと伝えたわけか。」 「違う!僕は、止めようと父上に・・・・・・!」 「じゃあ、何であの時注意を無視した!?」 私の耳にはもう、マルフォイが言い訳してるようにしか聞こえなかった。 間近にある白い顔が今にも泣きそうだ。(何でお前が泣かなきゃいけないんだよ) 今すぐ殴りたいが、そうやったところで死刑は覆されない。 舌打ちしてマルフォイの胸倉を掴んだ手を放した。 「行って。これ以上話せば、確実にあんたを殴り飛ばす。」 乱暴に突き放すと、マルフォイから視線を逸らすよう背を向けた。 マルフォイが言われた通り去っていくのが分かる。 柵に寄りかかって、抑えていた嗚咽をもう一度吐き出した。 *** しばらくして涙は止まったが、枯れ果てたかのようにベッドに沈んだ。 授業中ずっと上の空で、何度注意されたか覚えていない。 同じ場でハグリッドの話を聞いていたハーマイオニーから、 咎めの言葉を聞くことはなかった。 ブラックが侵入して以来、安全対策を守らなければならず、 夜からハグリッドの所へ行くのは不可能だった。 皆が寝静まった頃、窓から見える月を何気なく眺めていると、 ふと脳裏にバックビークの姿が浮かぶ。 授業中、一度もあの子と触れ合うことはなかったが、 ハグリッドの小屋に行っては首に抱き着いたりとベタベタ遊んだりした。 とても短い間でしかないが、私にとってペット()と同様に大切な思い出なのだ。 あふれ出て来る楽しい思い出に浸ると、居ても立っても居られなかった。 誰にも見られなければいい。一目だけでもバックビークに会いたい。 そう思っていた時には既に、寮を抜け出していた。 「おい、明かりはよせ!」 いびきをかいている絵画に混じって、その内の一人に声をかけられたが返事はしなかった。 小屋までの近道へ差し掛かったところで、足を止めた。何かが足元を通ったのだ。 明かりで周りを見渡すが、それらしき影がない。気のせいか? すると、後ろから肩を掴まれた。どうしよう、どう言い訳する? 「、僕だよ!」 「なんだ、ハリーか・・・・・・何してるの?」 「ここに誰か通らなかった?」 「ううん。」 「本当に?」 とても信じられないといった顔で私を凝視する。 どういう意味だ? 「忍びの地図に書いてあったんだ。さっきまでこの廊下に、ピーター・・・・・・」 「ハリー、見て!」 角からの廊下からスネイプ先生がこっちにやって来るのを指した。 徐々に足音が近づいて来る。急いで消して明かりを消すが、すぐにパッと明るくなる。 「なんと奇妙な組み合わせな・・・。」スネイプ先生は私とハリーを交互に見て、 不可解だと言いたげに顔を歪めた。 「何故こんな夜中に廊下をうろついておる?」 「夢遊病で・・・・・・。」 「まさか、君もそうだと言わんだろうな?」 「月を見てたら外を歩きたくなって。」 そう思ったことを咄嗟に口に出した。 スネイプ先生は軽く首を捻ると、ハリーに視線を戻した。 杖がハリーのポケットを指す。「ポケットの、中身を出せ。」 ドクンと心臓がうるさく響いた。 「何だ。」 「羊皮紙です。」 「本当か。開けてみろ。」 ハリーが開いた忍びの地図に杖で触れながら、 「汝の秘密を顕せ!」と唱える。最初に見たのとは違う文面が現れた。 「読み上げろ。」 「・・・・・・"我ら、ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズから  スネイプ教授にご挨拶を申し上げる。そして・・・・・・"」 「続けたまえ。」 「"他人事に対する異常なお節介はお控え下さい。"」 何でそんなメッセージが出て来るんだと、思わず目を瞑った。 当然、スネイプ先生は不機嫌を露わにしている。 「セブルス。」と穏やかな声で其方に目を向けた。リーマスだ。 「おやおや、ルーピン。散歩ですかな?この月夜に。」 「ハリー、、大丈夫か?」 そう問われるが、彼と目を合わせるのが怖くて俯いてしまう。 スネイプ先生は強引にハリーから地図を奪い、それをリーマスに手渡した。 リーマスは奇妙な、窺い知れない表情を浮かべた。 「ルーピン、君の専門分野だと拝察するが。  明らかに『闇の魔術』が詰め込められている。」 ほんの間に、リーマスはハリーの方に僅かに視線を送ると、静かに口を開く。 「それはどうかな、セブルス。  私には読もうとする者を侮辱するだけの羊皮紙に見えるがね。  ゾンコの店の品物じゃないか?だが一応、隠された力があるかどうか調べてみよう。  君も言ったように私の専門分野だからね。ハリー、、一緒にきたまえ。  では、おやすみ。」 視線から逃げるようにリーマスの背中についていった。 説教されるのは慣れっこだ。 だが新学期の始めに注意されたのもあって、どんなことを言われるのか不安だった。 内緒で飼っているペットについて知られたらどうしよう・・・・・・。 「それにしても一体何故この地図が君の手に渡ったんだろうね。  正直いって君がこれを提出しなかったことに驚いてるよ。  はそれを知っていて、黙ってたのかい?」 「うん・・・・・・。」 「ハリー、もしブラックの手に渡ったら君の居場所を教えるようなものだと  気付かなかったか?」 ハリーは首を横に振った。「ちっとも?」「はい。」 「君のお父さんも規則を全く気にしてなかったが、  君のご両親は君を守るために命を捧げたんだよ。  それを報いるのに、あまりにお粗末じゃないか―――  校内をほつき歩いて、ご両親の犠牲の賜物を危険にさらすなんて。  、君もだ。君のお父さんがこんなことの為にホグワーツへ行かせたわけじゃないだろう?」 「・・・・・・うん。」 「では寮に戻って、大人しくしていなさい。寄り道はしないように。」 「もしすれば分かるからね。」と羊皮紙を軽く叩く。 出ようとしたが、ハリーが突然立ち止まった。 「先生、その地図正しいとは限らないみたいです。  さっき人が動いてるマークが出たけど、死んだはずの人でした。」 「ほう、誰だい?」 「―――ピーター・ペティグリュー。」 「えっ?」 「・・・・・・そんなまさか。」 「でも見たんです。おやすみなさい。」 すぐに教室を出て行くハリーの後を追いかけるように続いて廊下へ出た。 お互い気持ちが沈んでいて、話す気分にはなれなかった。 ハリーが言ったピーターって、『三本の箒』で聞いたあのピーターだろうか。 そういえば、リーマスはあの羊皮紙のことを知っていたけど、何でだ?