ハリーは杖を前にかざすが、犬は大きくジャンプして私達の頭上を飛び越えた。
視線を追うようにそのまま仰け反って倒れた。
ロンの悲鳴が聞こえる。がばりと身を起こした。
犬がロンの足を噛んだまま、暴れ柳の根元に大きく開いた隙間に引きずり込もうとしている。
「ロン!」
腕を伸ばすが、ロンの手を掠め、隙間の奥へ消えてしまう。
「、危ない!」左から空を切る音が聞こえた。
視線をそっちに向けた途端、体が吹っ飛ばされた。
即座に防御してなかったら吐いてたに違いない。
ゆっくりではあるが、大枝を振る柳に迂闊に近寄れない。
(傷をつけてしまったらマズイって言ってたし・・・)
「のニンジュツでどうにかならない?」
「・・・・・・あの木の注意を引きつける。その隙に入るんだ。」
「どうやって?」
不安気に訊くハーマイオニーに返事をしなかった。
もう一度柳に近づくと、今度は上から地面を叩き付けた。
「無茶よ!」という声にも応えず、振って来る大枝を避けた。
飛んできた大枝に乗り、柳に向かって印を組んだ。
「見よう見真似の桜吹雪!」
ふわり、ではなくぶわっという擬音が吹き抜ける。
現れた薄桃色の花びらが柳の周りを囲むように舞い始めた。
柳の動きが徐々に鈍くなっていく。
二人の方へ視線を向けると、見たことがないこの光景に惚けていた。
「ハリー!ハーマイオニー!今の内に・・・!」
「はどうするの?」
「私も後から行く。だから早く!」
この忍術は元々、動きを止めるものではない。
『ねこだまし』と同じ系統の術だ。
木の葉一枚も落ちて来ないが、いつまでも持つ保障はない。
ハリー達が柳の根本の隙間に入っていったのを確認し、
術が解ける前に下へ飛び降りた。大枝が頭スレスレに通り過ぎる。
傾斜になっている狭い土の中を滑り降りた。
少し前進するとハリーとハーマイオニーが待っていた。
「このトンネル・・・・・・。」
「どこに続いているのかしら?」
「きっとあそこだ。違うといいけど・・・・・・。」
『忍びの地図』に載っていたが、この道の先は地図の端からはみ出ていた。
フレッドとジョージは誰も通ったことがないと言っていた。
けれどこの先がどこへ通じているのか頭の隅で分かっていた。
私はこの道を通ったことがある・・・・・・どうして?
上り坂を終え、小さな穴を抜けた。埃っぽい部屋だ。
窓には全部板が打ち付けてあり、家具と思う物体は破損して放置されている。
家が呻いているような声が聞こえる。
『叫びの屋敷』だ―――何故か、無意識に自分の肩を触っていた。
今にも壊れそうな階段が軋む。ロンはこの上にいるのだろうか。
ドアが一つだけ開いている。二人に合図を送り、ゆっくり頷いた。
バンッとドアを蹴り飛ばした。部屋の見渡すと、その隅にロンが座っていた。
「ロン、無事なの?」
「ハリー、罠だ―――あいつだよ・・・・・・動物もどきなんだ!」
ロンが指差した背後を振り返った。
犬の足跡が点々と続く先に、誰かの足が見えたと同時に、
私達が入って来たドアが閉められた。
よれよれの服にもじゃもじゃと伸びた髪が、まさに犬みたいだ・・・・・・。
ハーマイオニーがハリーの前に立った。「ハリーを殺すなら、私たちを殺しなさい!」
「いや、今夜死ぬのはただ一人。」
「それはお前だ!」
「ハリー!」
腕を伸ばすのが遅かった。ブラックに跳びかかり、馬乗りの状態で杖を向けた。
「わたしを殺すのか、ハリー?」ハリーの杖腕は微動だにしない。
どう動こうか息を呑むと、誰かが階段を上ってきた。誰?先生・・・・・・?
勢いよく開かれたドアから見慣れた顔が現れた。
「エクスペリアームス!」
リーマスがなんと、ハリーの杖を弾き飛ばしのだ。え?何で?
「これはこれはシリウス。惨めな姿になったものだ。
内なる狂気がついに肉体にも表れたか。」
「内なる狂気ならお前もよーく知ってるはずだ。」
訳が分からない私達の目の前でリーマスとブラックが兄弟のように熱く抱き合っていた。
「奴を見つけた!今ここで殺そう!」私は我慢できず前に出た。
「リーマス、一体、何が・・・・・・どういう、こと?」
一斉に私への視線が集まる。
ブラックはこっちを見るなり、薄灰色の瞳を大きく開かせた。
「お前は・・・・・・、なのか・・・!?」
「何で、私の、名前を・・・・・・。」
「違うんだシリウス。よく似ているが、彼女はもう・・・・・・。」
「リーマス、一体何の話・・・?」
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「だめ!聞いちゃだめよ、!この人はブラックが城に入る手引きをしてたのよ。
―――先生は狼人間よ!」
ハーマイオニーが目を爛々と光らせて、会話を遮るようにリーマスを指差した。
今度はリーマスに全ての目が集まった。そうか、やっぱり・・・・・・。
リーマスは驚くほど落ち着いていたが、一瞬私と目が合うとすぐに目を逸らした。
悲しげで、それでも何かに縋るような瞳だった。
「いつから気づいてた?」
「スネイプ先生が宿題に出したから。」
「ハーマイオニー、君は、その年の魔女の中で今まで会った誰よりも賢い。」
「話しはもうたくさんだ!リーマス!さっさと殺そう!」
「待て・・・。」
「いやというほど待った!十二年間もだ!アズカバンで!」
本当に張り裂けるんじゃないかと思うくらい、ブラックは叫んだ。
リーマスはハーマイオニー、ロン、ハリー・・・・・・そして、私を見た。
リーマスは杖をブラックに手渡した。
「よかろう・・・・・・殺せ。だが、もう少しだけ待て。
ハリーには理由を知る権利がある!」
「全部知ってる!お前が裏切った!そのせいで両親が死んだ!」
「それは違う。シリウスじゃない。君の両親を裏切ったのは別の男だ。
そいつは死んだと思われていた・・・・・・つい最近まで。」
「じゃあ誰なんだ!」
「ピーター・・・・・・ペティグリューさ!この部屋にいる!今ここに!
さあ、出て来いピーター!姿を現せ!」
「エクスペリアームス!」
新たな訪問者が来たドアに注目した。
スネイプ先生がブラックの腕から杖を空中に弾いた。
思わぬ人物の登場に、状況は混乱を増した。
ブラックに杖を向けるスネイプ先生を止めようとするリーマスに、
素早く杖先を移動させた。二人に向ける眼差しは、明らかに悪意で満ちていた。
「お前が手引きをしているとダンブルドアに進言した。
証拠を押さえたぞ。」
「お見事、スネイプ。その鋭い洞察力でまたもや間違った結論を導き出したか!
失礼するよ。わたしとリーマスはやることがあるのでね・・・・・・。」
嘲るような声でせせら笑うブラックの眉間に、
スネイプ先生は真っ直ぐ杖を突きつけた。
「理由さえあれば、殺してやる。」
ブラックはぴたりと立ち止まった。
「血迷うな、セブルス。」
「血迷うのが癖なのさ。」ブラックが皮肉に言った。
「黙れシリウス。」「お前こそ黙れ!」
「まるで夫婦喧嘩をしているようだな。」
「お前は大人しく薬品ごっこしていればいい。」
「今ここで殺してもいいのだが、せっかく吸魂鬼がいる。
お前を血眼で捜している。」
ブラックの顔に、みるみると恐怖が表れた。
反対に私は、今頃訳が分からない顔をしているに違いない。
怒りや絶望ではない。
どうしてリーマスは私に・・・・・・そのことを打ち明けてくれなかったのか、
私を信頼していなかったのかという不安で渦巻いていた。
金縛りにあったかのように突っ立つ私をよそに、
多分こっそり抜き取ったであろうハーマイオニーの杖を持って、
ハリーはスネイプ先生を天蓋ベッドに激突させた。
これには血の気が引いた。ハーマイオニーが非難の声を上げた。
しかし、ハリーは杖腕を下ろそうとしない。
「ペティグリューの話をして!」
「私たちの学友だ。友人だと思っていた。」
「ペティグリューは死んだはずだ。お前が殺した!」
「死んでいない。私も驚いた―――君がペティグリューの名前を地図で見て。」
「地図の間違いだ。」
「地図に間違いはない!ペティグリューは生きている!
今そこにいる!」
ブラックが指差すのはロン・・・・・・ではなく、スキャバーズだった。
「スキャバーズはうちの家族だ!」
「十二年も?ネズミにしちゃ長生きすぎないか?」
ブラックの言葉を聞いて、私は思い出した。
普通の家ネズミなら三年の寿命であると・・・・・・。
ペティグリューの死体は粉々にされ、残ったのは指一本だと―――。
「無理にでも正体を現させる。
もし本当のネズミだったら、これで傷つくことはない。」
もしかしたら、話は本当かも・・・・・・。
ロンは最後まで抵抗したが、大人の力に敵うことはなかった。
生物に対して何とか行動するはずの私が何も反論していないことに、
ハーマイオニーは信じられないといった顔付きだ。
拾い上げた杖から火花が散った途端、するりとスキャバーズは逃げ出した。
リーマスとブラックが悪戦苦闘しながら執拗に追い詰める。
杖から青白い光が迸った。
光がネズミにぶつかった瞬間、1分もかからないスピードで小柄な男になった。