「すごく痛そうね。」
「痛いさ。これじゃあ切断かも・・・・・・。」
「大袈裟だよ、ロン。ちゃんと治るって。」
「そうよ。マダム・ポンフリーに治して貰えば―――」
チラリと、ハリーとシリウスを見た。
遠くに見える城を、シリウスは時折懐かしむように眺めている。
何を話しているか分からないが、どちらも何だか嬉しそうだ。
「ロン・・・・・・友達だろ?いいペットだったろう?
吸魂鬼なんかに引き渡したりしないよね?
ああ、そこのお嬢さん・・・・・・あなたならそんなことさせないでしょう・・・・・・
助けて・・・・・・。」
往生際が悪い男だ。怒りを通り越して哀れみすら感じた。だが許しはしない。
友人を裏切り、多くの人の命を奪ったその罪を擦り付けたのだから。
「ちょっとでも変なまねをしてみろ、ピーター。」
リーマスが脅すようにペティグリューの胸に杖を突きつけた。
その時、雲が切れてぼんやりとした影が落ちた。
月が出ている―――それを見てしまったリーマスは硬直した。
そして、手足が震え出し、呼吸まで荒くなった。
「リーマス、大丈夫か?今夜の薬は飲んだのか?」
「リーマス・・・・・・」
「近づくな!」
思わず駆け寄るが、シリウスの怒声でピタリと止まった。
「本当の自分を忘れるな!」悲願な声で何とか狼化を阻止しようとするシリウスだが、
リーマスの背中が盛り上がり、みるみると毛が、鉤爪が生え、もはや人の面影すらなかった。
片腕をハーマイオニーに強く捕まれながら、私はその光景を見守るしかなかった。
狼人間に対し、犬に変身したシリウスが飛びかかった。
牙と牙がかみ合い、鉤爪が互いに引き裂き合う光景に立ちすくむ私達をよそに、
リーマスの手から落ちた杖を拾ったペティグリューが自分に向けていた。
我に返ったハリーがその杖を弾くが、既に遅かった。
ネズミに変身したそいつは草むらを走り去ったのだ。
追いかけようとした時、バキバキと牙を打ち鳴らす音に引き寄せられるように振り返った。
シリウスの姿がなかった。目の前には二本足で立つ狼人間がいた。
狼人間は体を丸めて低く唸っている。おそるおそる、僅かな奇跡を信じて近づいた。
「リーマス?」
瞳が此方を映すが、返ってきたのはおぞましい声だった。
気が付いたスネイプ先生は一度ハリーに詰め寄るが、
狼人間を見るなり私達を庇うように両手を広げた。
すると何処からか、ひと声高く吠える声と低く唸る声が聞こえた。
狼人間はその声が聞こえた森に向かって疾駆していく。
一方、弱弱しい声を鳴らすシリウスは人の姿に戻ると、崖を滑るように消えた。
ハリーは皆の声を振り切ってシリウスが落ちた方へ駆け出した。
彼も心配だが、森へ向かったリーマスが一番気になっている。
そっと抜け出そうとするが、スネイプ先生に腕を掴まれて足を止めた。
「何処へ行く気だ。」
「先生のところへ・・・・・・。」
「忘れたのか。奴は今、狼人間だ。いくら君が行っても襲われない保障はない。」
「そうだとしても!リーマスを放っておく訳にはいかない!
行かせてくれセブルス!」
「!」
「なっ・・・待て・・・・・・戻れ!」
とんでもないことを口走った気がするが、その思考はすぐ抜け落ちた。
感情に任せて森の中を走り回るが、冷静に考えるとかなり無謀な行為であると頭を抱えた。
禁断の森がどれだけ広いか、二年前にそれを痛感している。
こんな時にアラゴグやその子供達に会ったりしたら面倒だ。
息切れを起こし、一旦足を止めた。後ろから、パキンと枝を踏みしめる音が聞こえた。
振り向くと、捜していた狼人間が目の前にいた。
(何故か肩にはシリウスのものとは違う鉤爪の痕があった)
此方を窺っている様子で、今にも襲い掛かりそうだ。
さっきまで激しい攻防に圧倒されていたのに、恐怖心はなかった。
「私の声が聞こえる?こうして面と向かって話すのは・・・・・・初めてだね。
その傷はどうしたの?大丈夫?」
興奮させないように落ち着いた口調で話しかけてみた。
一瞬、目が揺らいだように見えたが、また低い唸り声が口から洩れる。
「リーマス?」
一歩近づけば、顔を大きく歪める。牙をむいて地面を蹴った。
私じゃ彼を救えないのか?結局、何もできないままなの?
狼人間の鉤爪が突然、視界から消えた。
軽やかな足音。月明かりに照らされた赤い毛並みが更に美しさを引き立たせる。
「レヴァンノン!」
まさかの助っ人ならぬ助け馬の登場に面を食らった。
嬉しくはあるが、相手はリーマスである事実が気持ちを複雑にさせた。
レヴァンノンに蹴飛ばされたのか、かなり離れた場所に転がっていた。
すぐに駆け寄るが、起き上がった狼人間は逃げるように更に森の奥へ走っていった。
待って!と手を伸ばすが、思わぬ人物が遮ったことでそれは叶わなかった。
「ダンブルドア先生!?どうして・・・!?」
「今はそっとしておくのじゃ。自制がきかない今のリーマスでは君を傷つけるだけじゃ。
もしそうなれば、悲しむのは彼の方じゃぞ?辛いじゃろうが、今は耐えてくれまいか?」
「・・・何でいつもこうなんだ・・・・・・私は、私は・・・・・・。」
悔しさで震える肩を、老いた者とは思えない大きな手がそっと撫でた。
私達を気遣っているのだと分かっていても、
止めなくてもいいじゃないかという本音が、先生の手を払いのけようとする。
だけど、それが出来なかった。
キラキラと輝く優しいオーラを放つあなたがズルい。