ダンブルドア先生の後に続いて病室に入ると、 ハリーとハーマイオニーが急いで校長の前に近寄った。 奥のベッドには、ロンが横になっている。 マダム・ポンフリーに包帯で巻かれたとみられる足が痛々しい。 「校長先生、止めて下さい!シリウスじゃありません!」 「そうです。シリウスは無実です!」 「スキャバーズがやったんです。」 「何じゃと?」 「僕のネズミです―――本当はネズミじゃなくて、元々はパーシーのネズミだったけど、  パーシーがフクロウをもらって―――」 「とにかくシリウスはちがうんです!信じて下さい。」 「信じておるとも。じゃが十三歳の魔法使いが四人の証言では皆を説得できんのじゃ。  子供の言葉は例え真実でも役に立たぬ。聞くことを忘れた者にはな。」 そう言いながらロンの負傷した足をわざとらしく叩いた。(あれは絶対痛い) 遠くから鐘の音が鳴り響いている。 「時間とは不思議なものじゃ。強力じゃ。悪戯に扱えば危険が伴う。  シリウス・ブラックは塔のてっぺんに閉じ込められおる。  ルールは分かっておろうな?  見られてはならん。この鐘が鳴り終わるまで戻るのじゃ。  もし間違えれば恐ろしい結末が待っておる。  首尾よく運べば、罪なき命を一つならず救える。三回ひっくり返してな。」 何がなんだか分からなかった。 ダンブルドアは踵を返し、ドアを閉じようとした所で「ああ、そうじゃ。」顔を突き出した。 「困った時はもう一度元に戻ってやり直してみるがよいぞ。幸運を。」 今度こそドアが閉じられた。全く話の先が読めないロンは困惑した。 「何だい?今の、一体何の話?」 歩けないロンを一見して、ハーマイオニーは襟のあたりから小さな砂時計を取り出した。 ハリーの首にも鎖をかけ、砂時計を三回ひっくり返すと、二人の体が透けていった。 その時、ダンブルドアが出て行ったドアが再び開かれた。 部屋に消えたはずの二人が、今目の前にいるのだ。 ロンは訳がわからないと交互に見えている。反対に私は冷静だ。 「おかえり。」 「、もしかしてこうなることを知ってたの?」 「いいや、そんな予感がしただけ。詳しく聞く前に一つだけいい?」 ハリーも此方を見て、私の口から次の言葉を待った。 「バックビークとシリウスは―――リーマスは・・・・・・無事?」 おそるおそると、二人の顔を見た。 ハリーとハーマイオニーは互いに顔を見合わせてから、 「ああ、うまくいったよ。」 笑顔を向けられ、置いてけぼりにされた寂しさと不安が少しだけ和らいだ。 (ただ、リーマスに関して、不可抗力とはいえバックビークが防衛本能を出したことを ここで知ることはなかった) *** ハグリッドから話を聞いた途端、私は小屋を飛び出した。 まだ話をしていないのに・・・・・・勝手すぎる。 いろんな感情が頭の中でごちゃごちゃと回り続けた。 何でリーマスが教師を辞めなければならないんだ! 狼人間だからって!リーマスは、私達を救おうと・・・・・・! 「リーマス!」 窓から、校庭を後にするリーマスが荷物を持って立ち去っていくのを目にした。 ハリーにはもう会ったのだろうか。 いてもたってもいられず、私は窓から飛び出した。 木の幹に捕まり、再び蹴って彼の前に到着した。 突然現れた私を、リーマスは目を見張った。 「もうすぐ来るんじゃないかと思ったよ・・・・・・だけど―――」 「忍の動きはするなって?それとも、昨晩のこと?」 「・・・・・・長い間黙っていてすまない。一緒に暮らし始めた当時の君はまだ幼かった。  あの時は残業があると言って隠してきた。時が過ぎていざ言おうとするも、  今までの関係に戻れなくなるかもしれないと、打ち明けれなかった・・・・・・。」 表情を悲しげに歪め、項垂れるリーマスを見て、また罪悪感で胸が締め付けれた。 「本当にごめん・・・・・・僕は、君が思っている程いい人間じゃ―――」 「謝るのは私の方だよ。」 「え・・・?」 「知ってたんだ。リーマスが、狼人間だって。」 リーマスの表情が絶望に打ち付けられたように変化して、私を凝視した。 「リーマスが今日も遅くなるって言っていた時、  夜にこっそり抜け出してリーマスを捜したんだ。  忍術を使って、たどり着いたのが叫びの屋敷で・・・・・・  その時、狼人間に変身したのを見たんだ。  襲う対象がいないから、自分の体を傷つけていたんだね。  私、どうすればいいか分からなくて、見ているしかなかった・・・・・・  今回だって、見ているだけしか―――」 「違う!」 黙っていたリーマスが突然声を荒げた。 「昨晩、狼人間に変身して、意識が僅かに戻りつつある中、森の中で君と会ったんだ。  醜い姿となった僕を前にして、普通なら逃げ出すはずなのに・・・・・・は僕に近づいた。」 「記憶が・・・・・・残ってたの?」 「薄っすら、ね・・・・・・。孤独でしかなかった森の中で過ごした一夜だが・・・・・・不思議なんだ。  脳裏に残っていた君の声が何度も再生されて、一瞬穏やかな気持ちになれたよ。」 目を閉じてそれを思い返すその表情に、自分の顔が熱くなっていくのを覚えた。 それと同時にムズムズする。「さて、と・・・・・・。」 「校長先生が用意して下さった馬車が待っている。そろそろ行かないと。」 「あ、うん。」 「・・・・・・僕が辞任するのが納得できない?」 「当たり前だよ。リーマスはこういうことに慣れてるって笑うけど、本当は辛いんでしょ?」 「・・・・・・そう言ってくれる君がいるってだけでも十分だ。  僕は本当に、いい人達に恵まれている。」 「うん、ハリーはすごいよ!ハーマイオニーもロンも!  私にできないことを何でもできちゃう。」 「おや、君だってそうじゃないか。  何も出来なかったと言うけど、のおかげで今の僕がいるんだから。」 リーマスに褒められるのは、よっぽどのことがないと言ってくれない。 慣れていないせいか、どうすればいいのか分からず、つい声を上げてしまった。 「あっ、なっ・・・・・・も、もういいだろ!さあ、門のとこまで行って!」 「何だ、見送ってくれないのかい?」 「いい!修了式が終わったらまた毎日顔を合わせるからね。」 門の方へ向いていた体を此方に向け、リーマスはゆっくりと瞬きした。 「、それって―――」 「これからもずっと、変わらないよ!  私が帰る場所はここと、父さんのとこ、リーマスのとこさ!」 どうだ!と誇らしげに胸を張った。 呆然としたリーマスの口の端がゆるりと上がった。 「ああ、八月にまた迎えに来るよ。それまでは・・・・・・」 「ちゃんと勉強するよ!心配しなくても!」 「そうだね、帰ったら君が楽しみにしていた魔法生物飼育学についてゆっくり聞きたいな。  君が内緒で飼っているペットのことも。」 「へっ・・・・・・。」 リーマスは「さっきのようにあまり飛び出さないようにね。」と 忠告してから馬車に乗り込んだ。 車輪が動いた音に反応して我に返った私は慌てて門の外へ走った。 「違うんだリーマス!秘密にはしていたけどちゃんと訳が―――!」 そんな私をリーマスは恐ろしくも穏やかな笑顔で手を振った。 当然、馬車は止まることなく、前方へ消えていった。 修了式を終えた先に待っているのは説教のみ・・・・・・。 「しばらくはハーマイオニーかロンのどっちかに泊めてもらおう・・・・・・。」