太陽の光で温かくなっている芝生の上で胡坐をかいて、
懐から持ってきた写真を取り出した。
隣からそれを見下ろす赤毛の髪が視界いっぱいに広がる。
「これが母さんお気に入りの花。」
「これってアイリス?」
「そう。東洋ではアヤメって呼ぶんだよ。
昔、母さんが叔母さんが嫁入りした国へ行った時、
この花がたくさん咲いてるのをすごく気に入ったみたいで、
日本全国にあるって話だよ。」
「あなたが自分の国のように話してたところね。行ってみたいわ。
あなたの名の由来となったその花を。」
「ああ、行こう。この花が咲く時季に・・・・・・。」
隣にいる彼女の方へ向くと、何故か少女の姿がなかった。
思わず立ち上がって辺りを見渡した瞬間、太陽も足元の芝生もなくなり、
代わりに冷たくなった地面と、枯れ果てた木々が現れた。
「お前は誰も救えない。」
刃のように鋭く冷たい声。後ろを振り向けば、黒いフードの者達が一斉に私を囲んだ。
まるで死人のように冷たい手が、私の顔を掴み、覗き込もうと赤い二つの眼を向ける。
払いのけたいのに、思うように体が動かない。
「お前の友人のマグルも、楽に死なせてやろう。」
脳裏に浮かんだ彼女の姿と、目の前で残酷に笑む闇の帝王。
絶対に殺させるものか!
最後の最後まで足掻こうとした瞬間、バチッとフラッシュを浴びた。
***
なんとも後味の悪い夢を見て、気分は最悪だ。
せっかくウィーズリー家に来たというのに、何故悪い夢を見なくちゃならないのか。
まだ家の中は静まり返っているが、この後のクィディッチ・ワールドカップに移動することを考え、
ベッドから下りた。ついでにシャワーも借りてこよう。
「おはよう、。坊や達はまだベッドの上なのに感心しちゃうわ。」
「おはようございます、おばさん。何か手伝うことないですか?」
「あら、あなたはゆっくりしてっていいのに。じゃあ、お皿を並べてちょうだい。
もうすぐ朝食の時間だから皆を起こさなくちゃあねえ。」
後からやって来たハーマイオニーも加え、『移動キー』を使ってキャンプ場に着いた途端、
ベッドの上に転がった。疲労から来る睡魔には耐えられなかった。
更に双子の悪戯という名の攻防を繰り広げ、体を揺らされるまで爆睡していた。
おかげで疲れも眠気もなくなっていい気分である。
だが、ここでもまたもや出くわしたマルフォイ家と視線がぶつかったことで
気分は下がる一方だ。さっさと行ってくれないかな・・・・・・。
「まあ、本当によく似ていること。」
ドラコ・マルフォイの母親はさっきまで汚らわしく見ていた目を私に向けた途端、
その色はきれいになくなった。懐かしむような、それでいて哀れみの表情を向けている。
何で?と首を傾げる。側に来たルシウス氏が何か耳打ちするとマルフォイ夫人は視線を外した。
マルフォイは相変わらずハリー達に小バカにしたような目線を送り、
私に視線を向けることはなかった。
バックビークの一件以来、目を合わす所か一言も話していない。
そうしないだけで有難かった。
ルシウス氏は「今の内に楽しむといい。」嫌味を込めた言葉をハリーに投げた。
去り際に一瞬私を見たが、すぐに目線を外してその場を後にした。
本当に何だろう、あの男・・・・・・。
「おーい、嬢、さっきからテンション上がってないぞー。」
「ん?ああ、ちょっとボーッとしてた。」
「すごかったよなあ。クラムは天才だよ。」
「・・・・・・歌声にしては騒がしいな。」
ポツリと呟いた後から、ウィーズリーおじさんが緊迫した表情でテントに入って来た。
緊急事態だと叫び、私達は言葉通りテントを飛び出した。
キャンプ場の向こうから奇妙な光が発射され、次々と他の者のテントに火を点けていく。
歌声は消え、「死喰い人だ!」と叫ぶ声、走る音で更に慌ただしくなっていた。
逃げていく群衆の流れに従って前へ走るが、中々思うように進まない。
こうやって、死喰い人から逃れていたみたいだ―――・・・・・・。
途中はぐれしまったハリーを捜しにいったのは、キャンプ場が無人となってからだった。
焦げた臭いが漂う中、突然上空に何かが浮かび上がった。不気味なエメラルド色の巨大な髑髏だ。
嫌な予感が脳裏でフラッシュバックされる。それを振り切るように首を大きく振った。
視界に人影が映る。あれは―――間違いない、ハリーだ!
「ハリー!やっと見つけた・・・・・・!」
安堵した束の間に、私達を囲むように突然魔法使いが現れた。
一斉に杖を此方に向けている。
「伏せろ!」
私が三人をつかんで無理やり地面に押し倒した。
「麻痺せよ!」と頭上で閃光の迸る音が鳴り響いた。
後からウィーズリーおじさんの制止の声が飛んできて、
味方の大人がやって来たとホッとした。
「―――みんな無事か?」
「どけ、アーサー。」
ウィーズリーおじさんを押しのける初老の男が怒りで顔を引きつらせていた。
バーティ・クラウチ―――おじさんと同じ魔法省の役人だ。
「おまえたちのだれが『闇の印』を出したのだ?」
「僕たち、なんにもしてないよ!」
「闇の印って?」
「ヴォルデモートの印だよ。」
ボソリとハリーに耳打ちにした。
実際あの髑髏を見たのがこれが初めてのはずだが、すんなりと口に出していた。
あの印は死喰い人しか出せないと伝えるとウィーズリーおじさんはみんな子供なんだ、
あんなことができるはずはないとフォローしてくれた。
「おまえたち、あの印はどこから出てきたんだね?」
「あそこだよ。」
闇の印を出した人物を見たというハリーの言葉を聞いて、
クラウチさんは他の役人を連れてその場所へ向かった。
未だに消えずに浮かぶ髑髏をもう一度見上げて、また波乱が押し寄せるのを予感した。