「兼ねてより―――三大魔法学校対抗試合に伴い、舞踏会を行うのが伝統とされています。  クリスマス・イブの夜、お客様と共に大広間で一晩楽しみ騒いで結構、  ただし―――お行儀よく。  皆さんはトーナメント開催一校の代表として一人一人が自覚を持ち、  最高のリードをしてあげて下さい。これは文字通りの意味です。  舞踏会ですから何より肝心なのはダンスです。」 ダンスと聞いて、これほど脱力することがあっただろうか。 皆は顔を見合わせ、男子側からは「最悪だ。」という声が上がった。 「静かに!」マクゴナガル先生の一声がピシャリとガヤを黙らせた。 「グリフィンドールの寮は千年もの間、魔法使いの尊敬を集めて来ました。  たった一夜でグリフィンドールの名を汚すことのないよう、  はしたなくはしゃいで羽目を外したりはしないこと。  ダンスでは体を伸び伸びと・・・・・・解き放つのです。」 マクゴナガル先生がこんな朗らかに話すなんて初めてだ。 まるで自分のことのように、うきうきと楽しそうに見える。 指名されたロンはぶすっとした顔で立ち上がった。 男子達はクスクスと笑った。 「さあ、右の手を私の腰に当てて下さい。」 「どこに?」 「腰です。」 マクゴナガル先生は当たり前じゃないかという口調で返した。 ロンが渋々と右手を腰に添えると、からかい雑じりに口笛が走った。 先生の合図でフィルチが音楽を流した。 「さあ、皆さんも一緒に!男子もさあ立って!」 私を除いた女子生徒全員が綺麗に立ち上がった。 男子で一番乗り気なのは、これまた意外にもネビルだった。 マクゴナガル先生に見つかったら面倒なので、適当にウロウロした。 三時間も伸び伸びするならユニコーンやレヴァンノンの世話をする方が 一番いいに決まってる。 ほとんどがそんな気なかった男子生徒たちは日が過ぎていく毎に、 ダンスパーティのパートナーを誘ってからは余裕の表情である。 流石のハリーやロンも自分たちの相手がまだいないことに焦っていた。 特にハリーは代表選手であるため、パートナーを必ず連れて来なければならない。 「まずいよ・・・・・・この調子じゃ相手がいないのは僕らだけだよ。」 通りかかったスネイプ先生がロンの頭を掴んで、 ぐいっとノートの方へ戻した。 「あと・・・・・・ネビルもまだ。」先生が去っていくと、ロンは囁くように言った。 「ネビルは一人でも踊れるから。」 「ネビルなら相手を見つけたようよ。」 「それって落ち込むなあ。」 肩を落とすロンの頭に丸めた紙が当たった。 顔を上げるとフレッド達がこっちを見ていた。 "急がないといいのは全部取られてしまうぞ"という忠告文に、 ロンは声を押し殺して「じゃあ兄貴は誰と行くんだ?」と聞いた。 するとフレッドはロンにやった時よりも軽くアンジェリーナの肩に紙屑をポンと当てた。 「一緒に踊らないか?」とジェスチャーした。 「いいわよ。」 アンジェリーナは微笑を浮かべて返した。 フレッドは得意気にロンに向かってウインクした。 「ハーマイオニー、女の子だよね・・・・・・?」 「おい、ロン。」 「よくお気づきですこと。」 「僕らとどう?」 ロンがそう言い放った同時に、スネイプ先生は分厚い本をロンとハリーの頭にぶつけた。 かなり痛そう・・・・・・。(あと思いっきりハリーが巻き添えになってた・・・・・・) 「ほら、男なら一人でも平気だけど、女の子はみじめだよ?」 「一人じゃないわ、お生憎。もう、申し込まれてるの。」 そう言ってハーマイオニーは『魔法薬学』のノートを提出すると戻ってきて、 「イエスって返事したわ!」本気で怒った顔で言うと、そのまま部屋を出て行った。 ロンは信じられないといった顔でハリーと目を合わせた。 「まさか、嘘だよな?」 「どうだろうね。」 二人はハーマイオニーを一体何だと思ってるんだ・・・・・・。 一瞬だが、視界の隅にいたスネイプ先生の目がギラリと光った。 「こうなりゃ歯を食いしばって頑張るしかないよ・・・・・・  今夜、談話室に戻るまでにパートナーを見つけること、いいか?」 「オーケー。」 何を思ったのか、二人の視線が私に向けられた。 嫌な予感がする・・・・・・。 「あのさ―――」 スネイプ先生に頭を鷲掴みされ、 その言葉は全て言い終わることなくノートの上に沈むのだった。 *** 結局、どちらも本命のお相手ではなかったが、 ダンスパーティに行くパートナーが見つかって、二人はちょっぴり安堵していた。 (その時見たハーマイオニーとジニーの様子が気になるとこだが) ハグリッドの小屋から校庭を通り過ぎたところを、 塊となって集まっているハッフルパフの同学年である女子生徒に呼び止められた。 「、ちょっといい?」 「どうしかした?」 「とりあえず、こっち来て!」 私の返事は必要ないのか・・・・・・ちょっと傷つくぞ。 女の子にしては意外と力強く腕を引っ張られ、輪の中へ移動するなり、 「これつけてみて!」と手渡されたのはカツラ。 思わず目が点になる私など知らず、 「いいからいいから!」とニヤニヤ顔というオプション付きで急かされた。 長い自分の髪をまとめてショートへアーのカツラをセットすれば、 今度は男用の制服を着せられた。ますます訳がわからなかった。 すると、女子たちが皆揃って頬をピンク色に染めていた。 「やっぱり!私が見込んでた通りだわ!」 「マグル流の変装っていうのも中々ね。」 「男ものがとても似合ってるわよ。」 「あ、ありがとう?」 わざわざ私を男装させるために用意したのかと思ったが、 彼女達はマグル(特に日本)の流行などにハマっているらしく、 今ではアニメなどの登場人物の恰好を真似たりと、 あくまで魔法を使わず手作業でやってるのだから驚きだ。 この子達はこういうのが好きなのかと首を傾げるが、 この格好のフィット感に抵抗がないのは何故だろう。 校舎の奥の方からボトン、という音が聞こえた。 其方の方を見た女子たちの顔はみるみると凍り付いていた。 振り返るとスネイプ先生が立っていて、分厚い本が何冊か足元に落ちていた。 こちらをずっと見開いた目で凝視していたが、わなわなと口を震わせて声を上げた。 「何をしているッ、今すぐ着替えろ!」 キーンとスネイプ先生の怒声が耳の鼓膜を刺激させた。 目の前で怒鳴られるのは多分これが初めてかもしれない。 皆が息を呑んで佇んでいると、我に返った先生は大きく咳払いした。 「ここは校舎内だ・・・・・・  男子生徒の目が付く前に寮に戻ることを勧めますぞ・・・・・・。」 床に伏せていた本を拾い上げ、ローブを大きく翻して中へ引っ込んでいった。 姿が完全に見えなくなると、 「相変わらず機嫌が悪そうね。」「減点されたのかな・・・。」という声が飛び交った。 だけど私は、スリザリン生以外には何かと理由を見つけては減点する先生の目が 動揺していたことに何か引っかかっていた。 今度はマクゴナガル先生がやって来て、早く寮へ戻りなさいと散り散りになり、 着替えるタイミングを失った。 カツラくらいは取っておこうかと手を伸ばしたが、後方からまたもや呼び止められてしまう。 その相手はまさかのフラー・デラクールだった。 「えっと・・・何か?」 「あなた、四人目の代表と一緒にいまーしたね。  髪型がいつもと違いまーす。」 「あ、これは・・・・・・。」 「此間、あなーたの友人にダンスパーティに誘われまーした。  だけど、返事する前にすぐ逃げ去りまーした。  あーんな侮辱な初めてでーす。」 明らかに無礼極まりといった顔で言うフラーに私は思い出した。 ロンが何かに取り憑かれたかのようにフラーに申し込んだのを――― それも、皆が見ている前で―――そして逃げてしまったのことを―――。 どうしてあんなことをしたのかと呻き、両手に顔を埋めたあの姿が鮮明に浮かび上がる。 下手に言ったらフラーの怒りを煽らせてしまうし、ロンのためにも弁解しなくては・・・! 「ロンは憧れてるんです、貴女に。だから、逃げたというのは・・・・・・。」 「そういうあなーたは、どうなのでーすか?」 フラーが挑発するような目で促される。 目線だけでパンジーといい勝負になりそうだな・・・なんてアホなことを考えてしまった。 「とても、綺麗だよ。私から見ても、初めて目にした時、ホントにそう思った。」 フラーはツンと顔を反らした。 興味がないといった割に、横に向いたフラーの表情には満更でもない笑みが混じっていた。 「わたーしは、小さいこと気にしませーん。  あなーたのお友達に伝えてくださーい。」 「わ、わかった。ありがとう。」 ロンにとっては盛大なことなんだが、フラーに言っても聞いてはくれないだろう。 本人には黙っておこう・・・・・・。 話はこれで終わりかと思いきや、フラーは品定めをするような目で口を開いた。 「あなーた、ダンスパーティのお相手はいますか?」 「へ?い、いや・・・・・・。」 「私の妹のガブリエルを、あなたのパートナーにしてあげまーす(・・・・・・・・・・・・・)。」 妹・・・?今、彼女は何て・・・? 「冗談だよね・・・?」 「わたーしが冗談を言えると思いますか?  ガブリエルだけー参加させないわけにはいきませーん。  あなたはまあまあです、相手には悪くありませーん。」 「えええええ・・・。」 「妹をお願いしまーす。」 「えっ・・・ちょっと!」 私の言葉が無視されるのはこれで何回目だろう。 でも今はそんなの関係ない。 あまりにも唐突な流れに呆気に取られてしまったけど、 どうやらフラーは私をだと勘違いしているようだ。 誤解を解きたいところだが、あの勝気な彼女が話をまともに聞いてくれるかどうか謎だ。 自分が女と明かしたところで話を拗らせるだけでなく、 プライドを傷つけられたと怒らせるのが目に見えていた。 嗚呼、もっと早く着替えていれば・・・・・・。 「どこ行ってたの?貴女宛てに小包みが来てるわよ、ルーピン先生から。」 「リーマスが・・・!?」 リーマスが教師を辞めて以来、初めてのことだ。 あまりの嬉しさにさっきまでの憂鬱はどこか吹き飛んでいった。 茶色い洋紙を開かせると、手紙と分厚い布が露わになる。 これ、何だろう・・・?横からハーマイオニーがそれを見た。 「それ、ドレスよ。パーティ用の。」 「ええ!?」 まさかと思いつつ、布の上に添えられている手紙を広げた。 親愛なる ハリーが代表選手に選ばれたことにも驚いたが、 無事に課題を突破したのは予想外だよ。 ワールドカップの件にも続いて事が起き続けているが君の方こそ大丈夫かい? ハリーもそうだが、僕が一番心配しているのは君だというのを忘れないでくれ。 何かあったら君の父の蓮に会わせる顔がないからね。 今回ダンスパーティをやると蓮にそのことを話したら、 贈りたいものがあるって頼まれてね、 蓮には黙っててくれって言われたんだけど、 やっぱり伝えなきゃ意味がないからね―――中身は見て通りドレスなんだが、 実は君のお母さんが着ていたものなんだ。 「俺は魔法について何も知らんし、娘に出来る事はこれくらいしかないんだ。」 ってね―――日本人がシャイだというのはあながち間違っていないみたいだ。 君のことだからな、パーティに参加しないというのはやめてくれよ? まだ早いけど、君への誕生日祝いとして受け取って欲しい。 着方は他の皆に聞きなさい。メリークリスマス。 リーマス・ルーピン(と蓮) 「いいお父様ね。荷物を送る手段はマグルのじゃ通用しないから、  きっとルーピン先生に頼んだのだわ。」 「そう、だね。」 二人の気持ちは嬉しい、嬉しいけど―――。 男装姿でフラーの妹の相手役だけではなく、 更にもう一人(一応正規としての)パートナーと踊る羽目になってしまった。 ダンスパーティには出ないと決めた私に罰が下ったのだろうか。 どちらにせよ、前途多難しかない。 先程のことがなかったら、こんな複雑な気持ちにならずに済んだのに・・・・・・。 最悪の場合、笑われてもいいからフラーにバレないよう、 ドレス姿で一人踊り切らなければ・・・!