ダンスパーティ当日―――。
女子はそれぞれ家族から送られてきたドレスを着てメイクをして貰い、
男子側はいつもと違うクラスメイトやパートナーの姿に見惚れたり、
そわそわしたりと落ち着きがない。
一方、私はドレスをベッドの上に載せ、どうしようかと向き合っていた。
後ろから誰かが部屋に入って来た。
「何をしているの、。もうすぐ始まっちゃうわよ。」
ハーマイオニーだ。
微動だにしない私を怪訝な顔で見ている顔が脳裏に浮かぶ。
「いや〜・・・いっそ一人で踊り回ってやろうかって覚悟してるんだけどさ・・・。」
「何の話?」
「・・・実は―――。」
自分で何時間も考えてもいい案が一向に浮かばないし、
同性のハーマイオニーになら打ち明けられる。
私は半強制的にフラーの妹のダンスの相手を務めなくてはいけなくなったこと、
しかも自分が男だと誤解された上でそう言われたことを話した。
「もう!どうして貴女はちゃんと考えずに行動しようとするの?
あの時はっきり言えばこんな面倒なことにはならなかったのに・・・!」
「うん、君が言ってることは最もだよ・・・・・・。」
「それで?無責任に押し付けられたガブリエルの相手役だけでなく、
ドレスアップもしたい・・・・・・ってことね?」
「うん・・・。」
よくよく考えると、かなり無謀なことをしようとしてるよね私・・・・・・。
一人で二役こなすなんて、演劇者じゃないのに。
「あら、二人になれば済む話じゃない。」
「へ?」
「だから―――貴女の忍術で、もう一人の貴女を出現させるの!
それなら一つの役に集中できるでしょう?」
「あ。」
ハーマイオニーは呆れた顔で肩を落とした。
そうだよ・・・・・・分身の術だよ!何でもっと早く気づかなかったんだ!
「一番よく分かっているはずの貴女がそれでいいの?」
「いやーそのー・・・・・・あはは。」
「時間ないから着替えちゃいましょ。ほら、袖を通して。」
溜息を吐きつつ、着替え終わるまで一緒にいてくれる彼女にはとことん頭が上がらない。
頭のセットに取り掛かろうと鏡に映るハーマイオニーを思わず二度見した。
ボサボサと広がった髪を頭の後ろでねじり、優雅なシニョンに結い上げてある。
デコルテをこれでもかと見せるように桃色と紫色のローブを身に纏っている。
立ち振る舞いもどこか上品だ。
あんぐりと口を開く私を見てハーマイオニーは「ホント気付くのが遅いわね。」と
微笑んだ。
***
殆どが玄関ホールへ移動しているからか、談話室にいる生徒は少なかった。
私はしめた!と言わんばりに階段を下りた。
ソファの上で両手の指をぎこちなく動かす厳つい男子がこちらを見た。
これまた口をあんぐりとした顔で食いつくように見えていた。
「これは驚いた・・・・・・お前、か?」
「おかしいかな?」
どう?と両手を広げて赤をベースにしたシックなドレスを披露した。
男子は首をこれでもかと大きく横に振った。
「そのドレス、よく似合ってるよ。」
母が着ていた服装を褒められるのはとても気分がよかった。
そのまま談話室を出ようとした時、男子が私の前にいる人物に気付いた。
「なあ、そいつは?」
「連れだよ。」
余計な詮索をされる前にさっさとその場を去った。
事態が更にややこしくなっちゃうからな・・・・・・気をつけないと。
拳を握って決意を改めると、前方にいる連れと向き合った。
仮面の奥のこげ茶の瞳が私を捉える。
「第一関門はクリア。これからどうするかもう一度確認ね。」
「男役のわた・・・・・・じゃなくて俺がガブリエルを迎えに行く。
なるべく皆と目を合わさないようにする。」
「よし!ダンスさえ終われば後はもう帰ればいい!」
察しがついている人には分かるだろう。
目の前にいる燕尾服の人物こそ、自分の分身だ。
此間のカツラをオールバック風に仕立て、最終防備としてマウスレスの仮面をつけている。
正直、私がその燕尾服を着たかったのだが、
「本物の貴女が着なきゃ意味ないでしょう?」とドレスを広げられたので断念した。
着慣れないタイプの服装だけど、父さんのことを考えるとそんなに悪い気はしない。
「、ガブリエルだ。俺は行くよ。」
「健闘を祈る。」
ビシッと軍人みたく敬礼した。
いくら分身とはいえ、彼方が何をしているのか直接見なければ分からない。
分身の自分がガブリエルと合流して移動するのを確認し、距離をとりながら後に続いた。
大広間の壁や天井の下が普段と違ってキラキラと輝いていた。
最初に代表選手たちとパートナーが曲に合わせて優雅な踊りをみせた。
ハリーはほぼパーバティにリードされており、
なんとクラムのパートナーであることが判明したハーマイオニーは心から楽しそうに笑んでいる。
向こう側からロンが目をすぼめて見ていた。
代表選手たちが去っていくと、一般のペアのダンスが始まった。
一番目立たないところで分身の私とガブリエルをリードしながら踊っている。
遠目だが、ガブリエルは緊張気味に微笑を浮かべているが、
嫌そうではなかった事にちょっと安堵した。(でも私ダンスなんて踊れたっけ?)
安心したらお腹空いちゃったなあ。グラーシュシチューにちぎったパンを頬張った。
スローな物悲しい曲から速いテンポの曲に変わり、ダンスフロアはワイワイと賑わっていた。
さてどうしようかとグラスを傾けると、誰かに後ろから声をかけられた。
「・・・・・・?」
「そうじゃなかったらどうするの?」
パンジーと踊っていたはずのローブを着たマルフォイの目が忙しなく泳いでいる。
彼と面と向かって会話をするのがとても懐かしく感じた。
ほぼコイツが原因であるけど、今は苛立つ気分ではなかった。
軽快な曲が流れているから?
「いつもと違うから、その、素敵だよ。」
「ああ、ありがとう。」
お世辞として受け取る態度だと悟ったのか、「本当にそう思ったんだよ!」
マルフォイが珍しく真剣な表情で言った。
「わざわざそれを言う為に?手間かけたね。」
「ああ、凡人達から君を捜すのに苦労したよ。あ、いや、それだけじゃなくて・・・・・・!」
「うん?」
「一回だけでいい。僕と踊ってくれないか?」
「・・・・・・いいよ。」
口に残ったパンをもごもごしてスッキリした後にそう言った。
マルフォイは面を食らった顔で目を見開いていた。
(この間抜け面も最高に面白い)
「君が白イタチだったら満面な笑みで答えられたんだけどね。」
「なっ・・・!」
何でそれを知ってるんだと顔を真っ赤にして、わなわなと口を震わせている。
我慢できず、ぶはっと笑いを吹き出した。
「なんていうのは冗談。ダンスに自信ないからリード頼むよ、マルフォイ。」
「えっ、あ、も、もちろん!」
マルフォイは私と踊るのが未だに信じられない表情で、
いつもの余裕な笑みはなく、強張ったままステップを踏んでいる。
でも何人もいる女の子達の中で何故私を選ぶのか分からなかった。
私を笑い者にするため?
でも周囲はダンスに夢中でそれどころじゃなさそうだし、ますます分からない。
ハリーやロン達が見たらどんな顔をするのだろう。
「あの、さ・・・・・・。」
曲のテンポに合わせつつ、私に聞こえる声量でポツリと呟いた。
「ワールドカップでは、その・・・・・・。それに、あの鳥のこと・・・・・・。」
「話さなくていいよ。別に気にしてないし。」
「でも、僕は・・・・・・。」
「いいってば。」
もう過ぎたことだ。
バックビークはシリウスと一緒に逃亡中であるわけだし、
いつまでも嫌なことを引きずりたくなかった。
それにまさか、マルフォイが私に謝りたいだなんて、想像つくだろうか。
「でも、残念だなあ。イタチになった君がどんな姿かこの目で見たかったのに。」
「あ、あれはあのイカれた教師が勝手に・・・・・・!」
「きっと可愛かったんだろうな。イタチだったら可愛がれたのに。」
「えっ・・・・・・。」
突然止まったマルフォイに当然私の動きは止まらず、
その勢いで彼の足を踏みつけていた。
今履いているのはヒールなので、マルフォイは痛みに悶絶していた。
悪くも見つかってしまった双子につられ、笑い声が拡散していく。
流石に可哀想だと居た堪れない気持ちでマルフォイを連れて医務室へ向かった。
私の謝罪は右から左へと通り越したっきりで、何故か彼の顔はぽわんと紅潮していた。