第二の課題を突破し、対抗試合もいよいよ大詰めだ。
ハリーの成績を高く評価され、ハグリッドは自分のことように喜んでいた。
ハリーが試合で優勝する姿を想像しながら歌まで歌っている。
ギャアギャアと不気味に鳴くカラスの声に思わず立ち止まった。
その時、後ろにいたはずのハリーがいなかったことにようやく気付いたのだ。
「ハリー?おーい。」
ぐるりと周りを見渡した。
視界が悪くなっている木々の隙間からハリーの姿を捉え、
一向に動かない彼のところへ近寄った。
近くに来て、ハリーがすぐに返事しない理由は目の前にある。
クラウチ氏の死体があるからだ―――。
***
第二の発見者である私はハリーと共に校長室へ向かった。
けれどそれは表での口実で、本当の理由は他にあった。
合言葉が変わっていて、デタラメに言ったりしてやっとガーゴイルの石像の奥へ入った。
石の螺旋階段が止まり、磨き上げられた樫の扉に近づこうとした時、
その奥から人声が聞こえた。
「死人が出たのじゃぞ、ファッジ。また出るかもしれん。
手を打たねば―――。」
「中止はせん。こういう時こそ魔法界の強いリーダーを求めているのだ!」
「ならば今こそ勇気を見せるのじゃ!」
「いや、トーナメントは中止しない。脅しに屈したと見られてしまう。」
部屋の中からダンブルドアと魔法省大臣が口論しているのがハッキリと分かる。
「出ない方がいいかな?」ハリーに囁いた。
「でも、会ってみないと。」意を決した顔つきで扉をノックしようとした。
その前に、扉が突然開いた。既に見透かされていたようだ。
「ハリー!やあ、また会えて嬉しいよ。」
ファッジは愛想よく呼びかけた。
「お邪魔なら出直します。」
「それには及ばん、話は終わった、すぐ戻るからの。大臣、お送りしよう。」
大臣の姿を見るのはワールドカップ以来だった。
ダンブルドアから帽子を取ってハリーの横を通り過ぎようとした時、
私をチラッと見た途端、我が目を疑うように私を凝視していた。
「だ。ポッターと同じグリフィンドール生だが、何か言いたいことあるか?」
私の代わりに答えたムーディ先生がファッジを見た。
大臣は私から視線を外し、それから首を振って部屋の外へ出ていった。
誰かと似たような反応だった。
ムーディ先生は何か意を含めた目で見たが、結局何も答えなかった。
扉が閉じられ、静かになった校長室を見まわした。
「やあ、フォークス。」
真紅と金色の羽は以前と変わらず美しさを放っていた。
ハリーがカミカミキャンディーを何個か掴み上げた瞬間、その一つが手に噛みついた。
「あっちゃ〜。」
私は苦笑いして放心の術をかけると、ただのキャンディーとなって床に転がった。
軽く払って口にひょいっと入れた。噛みつかなければ普通に美味しかった。
突然後ろから何かが開かれた音がした。
浅い石の水盆―――『憂いの篩』―――疑いもなく口から出た。
ハッキリ言った言葉は当然、ハリーの耳に届いた。
「憂いの篩って?」
「えっとね、頭の中がいっぱいになってしまった思い出を・・・・・・。」
私が最後まで言わない内に水盆に顔を近づけたハリーが中に引き込まれようとしていた。
反応が遅れた私はハリーの腕を掴み損ねた。
悪態ついて自分も水盆をのぞくと、たちまち大きな部屋へ落ちていった。
カッコよく着地しようとしたが、クッションの上に落ちたような感覚で席についていた。
ちょうど目の前にハリーが座っていた。
「、これは一体?」
「ダンブルドア先生が見た、記憶じゃない?」
彼の隣にいるダンブルドアは現在と変わらぬ銀色の髪をしている。
そしてその後ろにはマッド‐アイ・ムーディが座っていた。
『魔法の目』は変わらず、現在と比べて全うに見える。
ここがホグワーツではないことは確かだ。まるで地下牢のようだ。
陰気な空気が漂う中、目の前の檻の中に囚人服を着たカルカロフが現れた。
髪もヤギ鬚も黒々としていた。
「イゴール・カルカロフ―――証言をしたいと申し出にアズカバンより連れてきた。
証言が有益なものであれば、当評議会は直ちにお前を釈放をする用意がある。
だが、それまでお前が『死喰い人』である判決は変わらぬ。
この条件を受け入れるか?」
きびきびした声の主はクラウチ氏だった。
皺もずっと少なく、健康そうで冴えていた。
「はい、裁判長。」
「では証言を聞こう。」
「仲間の名前を・・・・・・言います。一人は・・・・・・ロジエール、エバン・ロジエール。」
「ロジエールは死んだ。」
「その時、わしの一部を奪いおった。」ムーディ先生がダンブルドアに囁いた。
私はちらりとハリーを見た。
もう、私に質問する様子はなく、目の前で行われている光景をじっと見ていた。
「死んだ?」
「他に証言がないのであれば―――」
「待ってくれ!まだあります!ルックウッドです。奴はスパイでした。」
「オーガスタス・ルックウッドか?神秘部の?」
「そう、そやつです。魔法省から『例のあの人』に情報を流していたんだ。」
カルカロフが熱っぽく言って、ニヤリと黄色い歯を見せた。
「よかろう、評議会で審議する。
その間、お前はアズカバンへ戻す。」
「待ってくれ!頼む、待ってくれ!まだあります!
スネイプだ!セブルス・スネイプ!」
「その件については、わしが既に証明しておる。
スネイプはかつて『死喰い人』じゃったが、
ヴォルデモートが倒れる前に我らの側に戻り、密偵となった。
もう死喰いではない。」
「嘘だ!奴は今も闇の帝王のしもべだ!」
「静粛に!」
スネイプ先生の名前が出て来た途端、何故か心が重く圧し掛かった。
本人の口からではなく、別の人物が言う話にひどく動揺していたが、
彼が元死喰い人と聞いて、自分自身はあんまり驚いていなかった。
もう切り上げてしまおうというクラウチ氏にカルカロフが待ったをかけた。
「もう一つ知っている・・・。」
「その者は『闇祓い』フランク・ロングボトムを―――その妻と共に拷問した。
恐るべき『磔の呪い』を使って!」
「誰だ?そやつの名前を言え!」
「バーティ・クラウチ。」
法廷にいる殆どが息を呑んで静まり返った。
「・・・・・・ジュニアだ。」
後方から誰かが身を乗り上げた。席を立ったムーディ先生がそれに杖の先を向けた。
閃光が当たり、書物の山の上に落ちた青年を役人達が抑え込んだ。
間近で対面したクラウチ氏は「お前など息子ではない。」と冷たく言い放った。
その時、弾かれたように篩から離れていた。その側に、今のダンブルドアが立っていた。
「好奇心は罪ではないが、慎重に使わんとな。
これはの、」
「『憂いの篩』・・・・・・。」
「うむ、頭が一杯になった者には便利じゃ。一度、見たものを見直すことができる。
何か見逃していないかずっと探しておった。何かあるはずなのじゃ。
それさえ見つかれば―――何故恐ろしい事件が起きたのかわかるはずじゃ。
だが答えは見えそうになると消えてしまうどうしたものか・・・・・・。」
「先生、クラウチの息子は・・・・・・あの後どうなったんですか?」
「アズカバン送りになった。
バーティも苦しんだが、どうしようもなかった動かぬ証拠があっての。
何故聞くのじゃ?」
ダンブルドアの明るいブルーの瞳がハリーを見つめた。
ためらうハリーの背中を後ろで軽く小突いてやった。
「実は僕―――夢にその人が出て来て・・・・・・夏でした、学校が始まる前。
夢で僕、どこかの家にいて―――そこにヴォルデモートがいました、
人間の形ではなかったけど。側にワームテールとクラウチの息子がいたんです。」
「他にもそのような夢を?」
「はい、いつも同じような夢。
先生、夢はー僕が見たのは本当にあった出来事でしょうか?」
「夢にいつまでも囚われぬことじゃ捨て去るがよい。」
ダンブルドアが何か言いたいような表情をしていたのは気のせいだろうか。
「こうやっての。」彼は杖の先端を、こめかみあたりに当て、
白く銀色に光る糸状のものを水盆に新しい『憂い』を加えた。
「君もハリーと同じかな?」
ちらりと此方を見た。私は一間置いてゆっくり頷いた。
底抜けまで見透かされているようだ。
いくらムーディ先生の『魔法の目』でさえ、これはできないことだろう。
私がいつか、全ての記憶を思い出してからどうなるのかも分かっているかと思うと、
ちょっと複雑な気分になった。