「よせ!よせと言ってるのが分からないのか貴様は!」 「まあ、一角獣の赤ちゃんどころか猫を抱っこするのも嫌だなんて・・・・・・  スリザリンにも苦手な子はいるのねえ。」 「ぐぅ・・・・・・お前をダンスパーティのパートナーに選んだのが間違いだった。」 この中で一番年下の東洋系の女の子が白い猫を抱えて、 それを上級生である男の子に胸に押し付けていた。 強い口調とは裏腹に、猫を間近に見てはウッと顔を歪めている。 私は『憂いの篩』から顔を離した。 「ちゃっかり見てたんですか、この二人を。」 「ほっほっほっ、犬猿がちなグリフィンドールとスリザリンが仲良くやるのは  わしも嬉しいことじゃ。」 「それも、俺の両親だなんて・・・・・・本当にこの男が父親なんですか?」 水盆に学生姿の父親の顔が再び浮かんだ。 (違う、あれは私の・・・『今』の父さんじゃない・・・・・・) 「、君と父親の間に何があったかは聞くまい。忘れるでないぞ。  今の君がいるのは両親の愛があったからこそなのじゃ。」 『愛』という単語が脳内で何度も繰り返される。 ダンブルドアの姿がゆっくり後退しながら、視界がまばゆい光で覆われた。 そこで、今日の夢は幕を閉じた。 *** ついに最終課題を前に、三校とも大盛り上がりで声援や演奏に力を入れていた。 同点であるハリーとセドリックが最初にスタートする。 「先生方が周辺を巡回しておる。  競技を棄権し、救けを求める場合は杖を使って赤い花火を空に打ち上げればよい。  ―――では諸君、位置に就いて!」 ダンブルドアが一と言ったそばからすぐに大砲の音が轟いた。 セドリックとハリーの姿が見えなくなり、続いてクラムとフラーも迷路の奥へ消えた。 あの広い迷路だ。そう簡単に脱出はできないだろう。 夕日が沈みかけた頃、遠い位置から赤い花火が打ち上がった。皆がざわついた。・・・・・・。」 「ロン、呼んだ?」 「え?何?」 「じゃあ、ハーマイオニー?」 「一度も呼んでないわよ。別の人じゃない?」 ―――。」今度はハッキリと聞こえた。低い男の声だ。 それが誰の声なのか私には分かった。父さんの声だ。 近くにいる二人にはこの声が聞こえていないようだ。 「鷹を・・・・・・鷹を見つけよ・・・・・・。」 鷹を見つけるってどういうことだ? 私は疑心暗鬼に空を見上げた。夜になろうとしている空にぽつんと黒い影が飛んでいた。 あれは・・・・・・父さんのクロじゃないか! 父が愛鷹を飛ばすのは滅多にないし、何か伝えるのに便を任せようにも目立ちすぎる為、 そういうのは鳩を使っている。 しかも、日本を渡ってはるばるイギリスへ――― マグルの目を欺く魔法がかかっているにも関わらず、この土地にいるなんて変だ。 救出されて戻って来たクラムとフラー―――そして巨大な迷路を見た。 嫌な予感しかしなかった。だが、もし過ちだったら―――・・・・・・。 皆は演奏に合わせて歌って踊りながら二人の帰りを待っていた。 私がこっそり抜け出しても、気付く者はいないだろう。 クロが消えていった場所へ向かったが、人影どころかクロの姿もない。 不気味と化した禁断の森を普通の人ならここを立ち去るのだろうが、ここに誰かが潜んでいる。 懐から杖を取り出し、その暗闇に向けて杖の矛先をかざした。 「誰だ?出て来い!」 不気味な沈黙で返す暗闇に向かって「モビリアーブス(木よ動け)!」と詠唱する前に、その奥から何かが飛んで来た。 反射的にそれを掴んだ瞬間、私の体が渦に巻き込まれたかのように激しく回り、 一瞬宙に浮いた体はそのまま落下した。ぎゅっと握っていたものを見た。 ダンスパーティで男役として出した分身がつけていたマスクである。 そういえば、スネイプ先生と鉢合わせしたときに誤って落としてたんだっけ? でも、何故これが?しかも、『移動キー』となって・・・・・・いや、それよりもここはどこだ? どう見ても禁断の森ではないし、ホグワーツのどこか、でもなさそうだ。 というよりこんなところはないはずだ。ましてや墓場なんて―――。 「・・・―――ぁあああああ!」 ハリーの声だ。声色からして苦痛から来る叫び声だけど何があったんだ!? ハリーは今頃、課題の最中のはずなのに・・・・・・すると、声が聞こえた方から火花が上がった。 考えるのはやめだ。とにかく、行って確かめなければ! 今度は別の叫び声と共に、『闇の印』が上空に現れた。 それに応えるようにいくつものの黒い影がまっすぐその場所へ向かっていた。 何人も『死喰い人』が集うのはいいことではない。 ズキズキと頭にくる痛みを堪え、目の前に広がる光景に呼吸が止まった。 輪になって立っている死喰い人に、死神の像に捕まっているハリー。 輪の隅にワームテールがいる。(墓石の側に倒れているのは・・・・・・セドリック!?) そして、ハリーに近づく黒いローブを着た――― 「ヴォルデモート・・・・・・。」 からからに渇いた声がポツリと出た。 遠くもなく、近いともいえない微妙な距離から発したにも関わらず、蒼白い顔が振り向いた。 骸骨よりも白い蛇のような顔からのぞく不気味な赤い目が私を捉える。 「今すぐ***を連れて別荘へ!連絡するまで出るな!」 あの時、初めて見た同じ赤い目・・・・・・忘れたままの方がいいと思ってしまうのは、 この男が諸悪の根源であるからだろう。 まさか・・・・・・またコイツと対峙することになろうなんて―――! 「さあ、これでようやく参加者が揃った。この顔に見覚えがあるだろう。  十三年前、スリザリンでありながらアルバス・ダンブルドア側につき、俺様の計画を邪魔した・・・・・・  その身を犠牲にして!最期の足掻きに『転生術』を使ってな・・・・・・。  古い魔法だが、俺様からすればまた自分を追い詰めるようなものだ。  俺様に献上するための血を育てるために、この女はこの世に!舞い戻ったのだ!」 先程の激しい頭痛とは別に、酔いが回ったような眩みを生じた。 私は復活した闇の帝王と目を合わせたのをトリガーに、殆どの記憶を思い出した。 自分が、スリザリン生であったこと・・・・・・ ハリーの両親やシリウス、リーマス、セブルス、 苦々しくもあのワームテールも含んだ友人がいたこと・・・・・・ ヴォルデモートが率いる闇の勢力とダンブルドアを筆頭とした軍団を組んで戦ったこと・・・・・・ 実の名を捨て、母が候補として挙げていた『』を名乗っていたこと――― だけど、肝心な部分が見えてこない。は・・・・・・何故私はまたここに存在しているんだ? 自分の記憶を留め、何年後かも分からない来世へ渡すなんて・・・・・・一体何のために? 十三年前、その時の『私』は・・・・・・『私』は・・・・・・? 「さぞ苦しかろう・・・・・・前世の記憶など邪魔でしかならない。  お前が望むなら、俺様の手でそれを消してやってもよいのだぞ?」 「触るな!」 硬直した私の前に近づいてきた蒼白い長い指が止まった。 ハリーの方へ振り返ったヴォルデモートがわざとらしく、 「ああ、忘れておったぞポッター。」と言ってハリーに近寄った。 ここでやっと息を吐き出した同時に、ヴォルデモートの指がハリーの額に触れた。 それ以外何もしていない。それだけでハリーはさっきよりも苦痛の悲鳴を上げていた。 助けにいきたいのに行けない。動けないのだ。 「動けばどちらも後はないぞ。」 ルシウス・マルフォイは更に杖の先をぐっと私の首元に当てた。 ハリーの叫び声を包むように奴のゾッとする高笑いが響いた。 「なんとも無様な姿だな。高潔なるロードヴァリウスが聞いてあきれる・・・・・・  それではマグルの友人は守れんぞ!」 「っ・・・・・・が―――・・・・・・くらいで図に乗るなぁあああ!」 脳裏でもヴォルデモート卿の嘲笑う声が響いて嫌になる。 左腕の付け根部分に激痛が走った。声を押し込んで、全く無傷なはずの片腕を抑えた。 蒼白い指が離れ、ハリーは死神の像からも解放された。 「杖をとれポッター!杖を取るのだ、立て、早く!  ルシウス、そいつに余計なことをさせるな!」 杖の先はそのままに、ルシウスは私の後ろに回って両手を拘束した。 くそっ、これじゃあ印も結べない。 「決闘のやり方は学んでいるな。まずは互いにお辞儀だ。  格式ある儀式は学ばねばならぬ・・・・・・  ダンブルドアはおまえに礼儀を守って欲しかろう・・・・・・死にお辞儀するのだ!」 そう言うと無理やり魔法でハリーを前に曲げた。 死喰い人が大笑いして、私はその背中に向かって睨んだ。 ルシウスはそれを見たのか、頭上からクッと冷笑を含んだ声が聞こえた。 『磔の呪い』を受けたハリーがのたうち回った。 苦しむ友人をただ見守ることしかできないのかと歯を食いしばった。 「いい子だハリー!両親もさぞかし喜ぶだろう。  とりわけ―――あの穢れたマグルの母親がな。」 「貴様っ・・・・!」 黙れと言わんばりに強く喉元を当てられた。 「殺してやろうハリー・ポッター・・・・・・破滅させてやる。  今宵を境に・・・・・・俺様の力に疑問を抱く者は、いなくなる。  今宵を境に・・・・・・伝説は変わるのだ。  お前は苦痛のあまり・・・・・・殺してくれとせがみ・・・・・・そして、  俺様はその願いを聞き入れたとな・・・・・・立て!」 受けた呪いでうまく動けないハリーを無理強いに立ち上がらせた。 ハリーは横っ飛びに地上に伏せ、墓石の裏側へ回り込んだ。 彼を捕らえ損ねた呪文が墓石を割った。 「後ろを見せるなハリー・ポッター!死ぬ瞬間まで俺様を見ていろ!  その目から光が消えていくのが見たいのだ!」 下衆め・・・・・・初めて対峙した当時から何も変わっちゃいない。 いや、変わっていたらこんなことにはならなかったはずだ。 私だって今頃・・・・・・俯く私の耳に空を切る音が届く。 顔を上げると、ハリーが墓石をくるりと回り込み、 杖をしっかり握りしめてヴォルデモートと向き合った。 「受けて立つ!」 ハリーが「エクスペリアームス!」と叫ぶと同時に、 ヴォルデモートが「アバダ ケダブラ!」と叫んだ。 二つの閃光が空中でぶつかった。細い一筋の光が、 赤でも緑でもなく、金色の糸のように結んだ。 何人かの死喰い人が杖を取り出したが、ヴォルデモートはそれを制止した。 「手を出すな!俺様がとどめ(・・・)を刺す!誰にも渡さん!」 すると、両者の杖先から白い何かが現れた。 見知らぬ老人にセドリック、そしてハリーの両親―――ジェームズとリリー。 皆、半透明の体だ。なら、本当にセドリックは・・・・・・。 どよめく死喰い人から、今度は驚きの声が上がった。 それを聞いた途端、拘束されていた腕が自由になっており、 喉の皮膚の上に突いていた杖がなくなっていた。 距離をとったルシウスは私を―――正確にはその後ろにいる人物を見ていた。 「娘は返してもらったぞ。」