黒い忍者服に包み、顔に古い傷のある黒髪、見た者を凍てつくような鋭い茶色の瞳、 自分の方へ寄せる逞しい腕、そして、家族だからこそ分かるこの匂い―――。 「父さん!」 私を見下ろす父の口端が軽くつり上がった。 「蓮・・・・・・人目を忍び、こそこそと嗅ぎ回る集団の生き残りか。  穢れた血に相応しい種族だな。我々の術を防ぐ術もない貴様が何しに来た?」 ルシウスが杖を構え直す中、他の死喰い人は二人の決闘の末を落ち着かない体で見守っていた。 父の存在に気付いてるはずのヴォルデモートも、どうでもいいという風に見える。 「忍者もなめられたものだな。かの昔は暗殺や毒殺といった手段を選ばぬ任務をこなしていた。  それ故、悪党的な集団と疑われるのも少なくはない・・・・・・。  だからこそ文化が発達した今、異文化交流としてお前ら魔法使いに教えてやる。  悪党的行為をせざるを得ない忍でも、神仏に頼っていたのだ。  その中でも悪霊を鎮める力があるという呪力がある―――。」 父が印を組み、カッと目が大きく見開いた。 さっきまでそこに立っていたルシウスが後方へ吹き飛んだのだ。 思っていなかった事態に、油断しきっていた他の死喰い人も警戒の色を濃くした。 だが、私達を包む霧を前に右往左往していた。 「まったく、魔法学校とやらに通わせて少しは大人しくなるかと思ったが・・・・・・  このじゃじゃ馬め、のこのこと敵におびき寄せられやがって。」 「いだっ!」 ピンと額を指で弾かれた。力の差もあって地味に痛い。 「だが、自分の命よりも相手を助けようする意志は立派だったぞ。  さあ、長話は終わりだ。俺が気を引かせてる間にここへ来た魔法とやらでホグワーツに戻れ。」 「・・・・・・父さん。」 「何だ?まさか、この俺がやれるとでも?」 「ふふ、そんなわけないじゃん!だって父さんは日本一―――世界一強い忍者なんだから!」 「・・・・・・当然だ。」 照れ隠しにぐしゃぐしゃと私の頭を乱暴に撫でた。 一瞬、憂いを帯びたような顔をしていたけど、気のせいかな? 杖を両手でしっかりと握るハリーと目を合った。 大きく頷き、今度はリリーを見た。こんな形で再会するなんて・・・・・・。 リリーが私に向かって何かを言っている。 距離があってよく聞こえないが、「大丈夫よ。」と言ってようだった。 私はもう一度父に向き合い、合図を送ったのを確認してマスクを取り出した。 「わざと敵の手にかかって外国に来るのも悪くないな。」 気になるセリフにどういうこと?と訊く前に移動キーが作動して、風と色の渦の中へ引っ張られた。 チラッとだけ上空にクロがいたことを思い出し、心配する必要はないと流れに身を任せた。 *** 生徒が殺された事態に、授賞式が行われる状況ではなくなっていた。 皆が寮に戻る中、私は急いでハリーがいるであろう医務室へ急いだ。 途中、コーネリウスファッジが嫌悪感をむき出しにした顔で城を出て行ったのを見て、 更にスピードを上げた。そのまま勢いよくバンッと扉を開いた。 ちょうど、ダンブルドアたちがハリーを囲んで何かを話そうとしていたようだ。 「ふむ、本来なら静かにとポピーが注意するところじゃが・・・・・・時間が押している。  君も聞かねばならない。」 「わかってます。」 「さて、そこでじゃ。  ここにいる者の中で三名の者が、お互いに真の姿で認め合うべきときが来た。  シリウス・・・・・・普通の姿に戻ってくれぬか。」 ハリーの側に寄り添うように座っていた黒い大きな犬がダンブルドアを見上げると、 一瞬で男の姿に戻った―――そう、シリウスだ。 「シリウス・ブラック」シリウスを指差して金切り声をあげるモリーおばさんを宥める ロンの反対側からそっと寄り添った。 「大丈夫です、彼は、私達の味方だ。」 セブ、否・・・・・・スネイプ先生が私の言葉にぴくりと反応を示すが、 その視線はシリウスから外そうとしなかった。 「やつがなんでここにいるのだ?」 「わしが招待したのじゃ。」 嫌悪を露わにしている先生に対し、シリウスもスネイプ先生を睨んでいた。 ダンブルドアが、二人が互いに手を取ってくれるのを願っているように思えた。 しかし、いつまで経ってもその奇跡が起こることはなかった。 「妥協するとしよう。あからさまな敵意をしばらく棚上げにするということでもよい。  握手するのじゃ。君たちは同じ陣営なのじゃから。時間がない。  真実を知る数少ない我々が、結束して事に当たらねば、望みはないのじゃ。」 ダンブルドアの言葉でやっと、二人の体がゆっくり動く。 互いに不幸を願っているかのように睨み合い、握手するとすぐに手を離した。 「あの、それで・・・・・・もう一人はどなたなの?」 「うむ、前に出なさい。」 モリーおばさんから離れ、ダンブルドアとスネイプ先生とシリウスの前へ歩いた。 ダンブルドアは神妙な顔つきで私を見た。 「君も、ヴォルデモートを見たのじゃな?」 「はい。禁断の森に誰かがいて、移動キーで無理やり・・・・・・。  父の援護もあって何とか戻ってこられました。」 「バーティ・クラウチ・ジュニアか。じゃが本人があの状態では聞くことはできまい。」 「待ってくれダンブルドア、我々に詳しく説明くれないか?」 「ああ、すまないシリウス。君から二人に伝えておくれ。」 口から言っても簡単に信じてはくれない。 だから先に証拠を見せる―――上着を脱いでシャツから半分片腕を出した状態で 左腕の付け根を露わにした。服が破れたり、血がにじみ出てはいない。 だがそこに、痛々しくも生々しい大きな傷痕があった。 「この傷痕は生まれた頃からあった・・・・・・リーマスも知っている。  今のようにひどくはなかったけど。」 「同じだ・・・・・・あいつのと・・・・・・!」 「それが、一体何だというのだね。」 「ヴォルデモートに左腕を奪われた―――十三年前に。」 スネイプ先生は鈍器で殴られたかのように目を見開いた。 ハリー達も驚きの表情を見せていた。 「この者はじゃが、  お主達がよく知っている旧友の魂の形を変えて転生した姿でもある。  ただ、転生術は完璧には発動せず、記憶もパズルのようにまだバラバラじゃ。  がここへ来たのは、それをわしらに知ってもらうためでもある。」 「あいつは死んだんだ!」 スネイプ先生が張り裂けさんとした怒声を上げた。 ハリー達の体が大きく飛び上がった。 「旧友が転生・・・・・・なんとも素晴らしい話ですな。  何の伝言を残さずここを出て行ったあの愚か者が!  同じ顔と同じ名を持って空白の三年間を埋めるためやり直そうという魂胆か!」 「それでも元・ルームメイトか?いつまでも過去を引きずるとは執念深い奴め。」 「黙れブラック!」 「やめて!」 大きな声を上げて、殴り合いそうな二人の間を割った。 「混乱させることはわかってた・・・・・・。  でも、前世の私が何故危険を冒してまで転生術を使ったのか、  どうしても思い出せないんだ。」 医務室がしんと静まり返った。 シリウスが慈悲の色を浮かべた目で見つめる中、 スネイプ先生は唇を閉じ、視線を逸らしている。 ダンブルドアが軽く咳払いして、再び二人の間に立った。 「さて、それぞれにやってもらいたいことがある。  予想しなかったわけではないが、ファッジがあのような態度を取るのであれば、  すべてが変わってくる。シリウス、君にはすぐに出発してもらいたい。  昔の仲間に警戒体制を取るように伝えてくれ―――  リーマス・ルーピン、アラベラ・フィッグ、マンダンガス・フレッチャー。  しばらくはルーピンのところに潜伏してくれ。わしからそこに連絡する。」 「でも―――。」 「またすぐ会えるよ、ハリー。約束する。  しかし、わたしは自分にできることをしなければならない。わかるね?」 「うん・・・・・・もちろん、わかります。」 ハリーはシリウスともっといたかったし、本人だって同じ気持ちのはずだ。 けれど、時間は酷なうえ無情だ。シリウスはハリーの手をぎゅっと握り、 ダンブルドアの方へ頷くと、再び黒い犬に変身した。 ひと飛びにドアに駆け寄ると、一旦チラッと私の方へ向いた。 私が小さく手を振ると、前脚で器用に取っ手を回した。 シリウスがいなくなり、ダンブルドアはスネイプ先生の方を向いた。 「君に何を頼まねばならぬのか、もうわかっておろう。  もし、準備ができているなら・・・・・・もし、やってくれるなら・・・・・・。」 「大丈夫です。」 彼がいつもより青ざめて見えた。 「それでは、幸運を祈る。」 そう言うと、私を見る事も、振り返る仕草もないまま、 スネイプ先生は無言でさっと立ち去った。 「ごめんなさい、校長先生。こんなつもりじゃ・・・・・・。」 「自分を責めるな、。あの二人の間にある確執はそう簡単には消えぬ。  真実というものは中々厳しいものじゃ。さて、そろそろ、下に行かねばなるまい。  ディゴリー夫妻に会わなければのう。ハリー、残っている薬を飲むのじゃ。  みんな、またでの。」 ディゴリー・・・・・・彼があの場で倒れていたのを思い出した。 セドリックは無関係のはずなのに、何故殺されなきゃいけないんだ。 胃がしめつけられるような痛みが今になってこみ上がって来た。 吐き出しそうになって背中を丸めると、そっと背中に手が当てられた。 「大丈夫?あなたも横になった方が・・・・・・。」 「平気だよ、本当に。」 ハーマイオニーに向けて、無理やり貼り付けた笑みを見せるが、 一向に悲しみの色は消えなかった。 ちらりと、ベッドの上に沈むハリーを見た。私も彼の側にいたい。 でも、あの話をした後で、そんなことをしていいのか・・・・・・。 「そんなところじゃハリーの顔がよく見えないでしょう?  さあ、こっちへいらっしゃい。」 モリーおばさんがそう言って、未だに戸惑う私をロンとハーマイオニーが背中を押してくれた。 よろよろと覚束ない足取りでベッドに近づいた。 ハリーの顔は傷だらけで腕も負傷しているが、大事はないと言った。 三年もこの部屋で同じ傷を見てきたが、未だに慣れなかった。 「ケガはなかった?」 「うん。無事に、戻ってこれたよ。父さんと君と・・・・・・皆のおかげで。」 「よかった。」 大丈夫かと聞くのは私の方なのに、ハリーが私を心配してくれるなんて・・・・・・。 震える肩をモリーおばさんがそっと抱き寄せた。 薬を渡し、ハリーはそれを口に含む前にもう一度私を見た。 「早くよくなってね。」 ハリーは頷いて、薬を一気に飲み干した。 効果は即効性のようで、ハリーは無抵抗に枕に倒れ込んだ。 *** あれから一ヶ月経つが、あの夜の出来事が昨日のことように思い出される。 大広間ではいろんな寮の席に混じってボーバトン生とダームストラング生が座っていた。 学期末に開かれるいつものお別れの宴より静かだったが、ダンブルドアが口を開いたことで、 水を打ったように静かになった。 「悲しい、知らせじゃ。大切な友を失った。セドリック・ディゴリーはよき生徒じゃった。  優しく勤勉で、正義感が強く、そして何よりも友として実に、誠実じゃった。  いかに死がもたらされたか友である諸君は知る権利がある。  彼は、セドリックは殺されたのじゃ。ヴォルデモート卿によって。」 大広間に恐怖に駆られたざわめきが走った。 だが、ダンブルドアは平静そのものだ。 一ヶ月前のあの晩―――ファッジがヴォルデモート卿が復活したことを頑なに受け入れなかったこと、 授業をしていたあのムーディ先生が偽者で、クラウチ氏の息子が成りすましていたことも知った。 聞いて分かったのは、魔法省に味方はいないということだ。ウィーズリー氏を除いて。 「魔法省はわしに口止めをした。だが、真実を語らぬのは亡きセドリックへの冒涜じゃ。  今、我々はみな、共に同じ痛み、同じ悲しみを感じている。  たとえ国が違えど、話す言葉が違えどもー我々の心は一つじゃ。  一連の事件が―――我々が結んだ友情の絆をこれまでにない重要なものにした。  決して、セドリック・ディゴリーの死を無駄にしてはならぬ。  思い出を胸に刻み、我々の友をたたえよう―――  セドリックは思いやりに溢れ、誠実で、勇敢じゃった、最後の最後まで。」 *** 混み合った玄関ホールには別れを惜しんでハグをする生徒達で溢れ、 カラフルな色が混ざり合うようにボーバトン生やダームストラング生が握手をしていた。 「!」 振り返るとフラーとガブリエルがぎこちない表情で私を見ていた。 理由はもうわかっていた。 「あなた、女の子だったのに、わたーし・・・・・・無礼なことをしました。」 「いいや、ちゃんと言わなかった私に非があったんだ。  ガブリエルも、ごめんね。」 「ううん、ちょっとショック受けたけど、あなたとのダンス最高だった!」 ガブリエルはそう言って、私の頬にキスした。 「あなたの分身(・・)にもよろしくね。」 「さようなら(オルヴォワール)。まーた、会いましょーね。」 笑顔で頷いた私の反対の頬にキスをして、ガブリエルの手を引いた。 去っていくその姿に向かって、「メルシー。」と呟いた。 皆が二校の帰りを見送ろうと輪になっている中、 それを離れた位置で見守るハリー達の所へ駆け寄った。 「ホグワーツに静かな年ってあるのかな?」 「ない。」 「僕も同感、でもドラゴンがいなきゃ退屈さ。」 ボーバトン生とダームストラング生が列を作って帰っていくのを眺めていた。 会話が途切れ、ハーマイオニーがフラーと同じようにぎこちない笑みを浮かべていた。 「これからも色々ありそうね。」 「そうだよ。」 「休みには手紙書いてね、二人共。」 「書かないよ、わかってるだろ?」 「ハリーは書いてくれる?」 「ああ、うん、毎週書くよ。」 「言わなくても分かってるよね?。」 正直、行きのホグワーツ特急で話した時よりも不安の恐怖があった。 今度こそ、私を軽蔑したんじゃないかとビクビクした。 ロンはスネイプ先生と同期かつ同じ寮だったと聞いて、あまりいい顔はしていなかったが、 いつも変わらない振る舞いをしてくれた。ハリーもハーマイオニーもそうだ。 ボーバトンの馬車は飛び立ち、ダームストラングの船は再び湖の底へ沈んだ。 「それで、のお父様からの返事は?もちろん、無事よね?」 顔を上げたハーマイオニーが不安気に私を見た。 「大丈夫―――。」 上空から鳥の鳴き声が聞こえると、空から降ってきた巻物をキャッチした。 「あの人は私の父さんだからね。」 達筆な字で短く書かれた安否の知らせを見て、ハーマイオニーは安堵した。 ロンは「それがマキ()ノってやつ!?」と目をキラキラ輝かせて興奮していた。 ハリーと互い見合わせ、空を見上げた。 今の気分を象徴するような雲一つない空に、一羽の鷹が飛んでいた。