私が前世で一度中退したと言ってから、試験について話題は一切触れて来なかった。 まずいことを言ったのだろうかと今になって気まずくなった。 だが、試験をやるというのだから今回ばかりは苦手な授業にも起きなきゃいけない。 (ハリーとロンは私の話を聞くまでノートを貸して貰おうと考えていたようだ) 先生が言ったことを全部書きとることに集中し、自分でも驚くほど字で埋まっていた。 嫌いである『占い学』で一ヶ月夢日記をつけることについて一瞬、 自分が見た夢をありのままに書き記そうかと思ったがすぐにその考えを捨てた。 私が見る夢はほぼ自分の前世の記憶だし、過去のこと掘り返してもなあ・・・・・・。 それにトレローニー先生にあれこれ聞かれたら面倒だ。 「フレッドとジョージはOWL(ふくろう)の年について間違ってなかったよな?  あのアンブリッジばばぁが何にも宿題を出さなきゃいいが・・・・・・。」 ロンが不平を漏らす中、『闇の魔術に対する防衛術』の教室へ入っていった。 これまでいろんな先生がこの教科を担当し、一年も持たずに出て行った。 アンブリッジ先生はどのくらい厳しいのか誰もわからなかった。 「おはよう皆さん。普通―魔法―レベル―試験―略して『O・W・L』!  通称、ふくろうと呼ばれる試験です。よい勉強すればよい結果が出ます。  そして怠ければ、泣くことになるのは自分です。」 アンブリッジが杖を振ると、何冊も積まれた分厚い本が一人一冊ずつ配られていた。 これを読むだけのつまらない授業になると何人かは思ってるだろうな。 「これまでの学科の授業は、かなり乱れてバラバラでしたね。  しかし、ご安心なさい。  今後は、慎重に構築された魔法省指導容量どおりの防衛術を学んでまいります。」 ここでハーマイオニーが挙手した。 「これ、呪文を使うことが書いてありません。」 「呪文を使う?このクラスで防衛呪文を使う状況は起こりません。」 「魔法を使わないの?」 ロンが声を張り上げた。それを合図に私もアンブリッジ先生の方を見た。 「あなた方は防衛呪文を安全で危険のない方法で学ぶのです。」 「え、役に立たないでしょ?襲われても危険がない方法なんて―――。」 「教室で意見をいうときは手をあげること。」 アンブリッジはハリーからそっぽを向いた。 私は我慢できず手を挙げた。アンブリッジの瞼が一瞬上がった。 「なんでしょう、ミス・。」 「もし私達が襲われたら、危険のない方法とは言えません。  防衛呪文の練習をするのが、この授業で学ぶことじゃないんですか?」 「もう一度言いましょう。」 アンブリッジ先生はにっこり微笑みながら私のところへ近づいた。 ガマガエルの目が私の何かを探るように向けられる。 「このクラスで襲われると思うのですか?」 「いいえ、でも―――」 「この学校のやり方を批判したくはありませんが。」 アンブリッジ先生は私の言葉を押さえ込むように言った。 彼女の顔には曖昧な笑みが浮かんでいた。 「しかし、あなた方は、これまで、たいへん無責任な魔法使いたちに曝されてきました。  非常に無責任な―――言うまでもなく、非常に危険な半獣もいました。」 意地悪く笑った先生にたまらず私は立ち上がった。 「ルーピン先生のことを言ってるなら、」私より先にディーンが口を開いた。 「今までで最高の先生だった―――」 「挙手、ミスター・トーマス!  いま言いかけていたように―――みなさんは、  年齢にふさわしくない複雑で不適切な呪文を―――  しかも命取りになりかねない呪文を―――教えられてきました。  恐怖に駆られ、一日おきに闇の襲撃を受けるのではないかと信じ込むようになったのです―――」 「そんなことはありません。私たちはただ―――」 「手が挙がっていません、ミス・グレンジャー!」 ハーマイオニーが手を挙げたが、アンブリッジ先生はそっぽを向いた。 「わたくしの前任者は違法な呪文をみなさんの前でやって見せたばかりか、  実際みなさんに呪文をかけたと理解しています。  でも、あの先生は狂っていたと、あとでわかったでしょう?」 「あの人は狂ってなんかいない!体質にも負けず、私達にいろいろと教えてくれた!」 「手が挙がっていません、ミス・!」 アンブリッジ先生は甲高く声を震わせた。一番震わせているのは私の方だ。 シリウスの忠告も空しく、先生を睨みつける私をハーマイオニーが着席させた。 「試験に合格するためには、理論的な知識で十分足りるというのが魔法省の見解です。  学校というものは、試験のためにあるのですから。」 「理論が外の世界で一体どんな役に立つんですか?」 「外の世界に何があるというの?あなたのような子供を誰が襲うと思っているの?」 「そうですね・・・・・・例えばヴォルデモート卿とか?」 ハリーがその名を口にした途端、教室は静寂に包まれた。 アンブリッジの表情に気味の悪い笑みは消えなかった。 「はっきりさせておきましょう。いいですか?  これまで皆さんは、ある闇の魔法使いが戻ってきたという話を聞かされてきました。  でも、これはまっかな嘘です。」 「嘘じゃない!僕はあいつと戦ったんだ!」 「罰則です。ミスター・ポッター!」 「じゃあ、セドリックは独りで勝手に死んだって言うんですか?」 クラス中が一斉に息を呑んだ。 ロンとハーマイオニー以外はセドリックが死んだあの夜の出来事を聞かされていないからだ。 けれどあの場にいた私が見たのは既に亡くなったセドリックである。 殺されるまでの光景を、ハリーだけが見ていたのだ。 「セドリック・ディゴリーの死は、悲しい事故です。」 「ヴォルデモートに殺されたんだ!知ってるはずだ。」 「お黙り!」 ここで初めてアンブリッジの怒声があがった。 「たくさんです・・・・・・後でわたくしの部屋へいらっしゃい。」 アンブリッジは無表情だが、その口元はわなわなと震えていた。 嫌な予感しかない・・・・・・。それは夜、痛々しい形で実現された。 「その手どうしたの?」 「なんでもない。」 ハーマイオニーは無理やりハリーの腕を引っ張った。 その手に刻まれた言葉をじっと見て、不快だと言わんばりに顔を歪めた。 「ダンブルドアにいえば―――」 「いや、ダンブルドアは心配事が一杯だ。それに、アンブリッジに負けたくない。」 「ひどいよ、こんなに痛めつけるなんて。こんなの親が知ったら―――」 「僕にはその親がいないしね。」 心なく言い放つと、二人は口を結んだ。 「ハリー、報告するべきよ。簡単な話だわ。」 「違う、そんなんじゃない!これは簡単に済む話じゃないんだ。君には分からない。」 「じゃあ、分からせてよ。」 ハリーは荷物を持って席を立った。私は傷がない方の腕を掴んだ。 「待ってよ、ハーマイオニーは・・・・・・ロンだって君のことを思って、」 「、前世の記憶があるからって大人ぶるのはやめてくれよ。」 ハリーは私の腕を振り払い、男子寮へ去っていった。 彼は咄嗟に口から出たかもしれないが、 ここで初めて自分の手が震えていたことに気付いたのだった。 *** すぐ大広間に行って朝食をとる気分にはなれず、禁断の森をウロウロしていた。 レヴァンノンに餌をやり、彼が満足するまで遊んだ。 ずっとここにいたいという気持ちがまったく湧かないのだ。 こんな私を見たらハリー達はびっくりするだろうなと薄く笑った。 「ん・・・・・・?」 前方に人の気配を感じた。ハグリッドかと思ったが、それは違うとすぐ分かった。 小柄な上、ネグリジェだけというこの季節には涼しすぎる恰好である。 しかも裸足で、見えない何かと戯れていた。 「やあ、ルーナ。」 「うん。」 ルーナは此方に振り返らず、正面にいる『何か』を見つめた。 「そこにセストラルっていう生物がいるの?」 「そうだよ。ここに来た最初の日から見えてた。」 ジニーの紹介で一度聞いているのだが、突っ込まないでおいた。 ルーナ・ラブグッドはレイブンクロ―の四年生で、ジニーの友人である。 私が三年生の頃、レヴァンノンに会いに行った際、 ルーナがその子と自然に寄り添っていたのを見つけてから今に至る。 「、思い詰めてる顔してる。」 正面に向いていた銀色の目が私を映した。 「ちょっとね。」私はぎこちなく答えた。 「時々、思うんだ。私は―――昔の『私』か・・・今の『私』なのかって。」 「前世の記憶、思い出したんだ?」 「うん。」 ルーナはすぐに視線を前に戻すと、カバンから果物を取り出して地面に放った。 「あたしから見たら、今のはとてもつまらないな。  レヴァンノンと泥だらけになって遊ぶの方が一番面白いも。」 ルーナの視線は依然と変わらずだが、ちょっと微笑んでるように思えた。 さっきまで重く考えていたのに、胸が少し軽くなったように感じた。 むしゃむしゃと果物を貪る音が聞こえる前方に目を向けた。 一瞬だが、馬のような生物が見えた気がした。