ハリーはイースター休暇を明かしても、惨めな思いに浸っていた。
課外授業のあの晩、カッとなってスネイプの呪文を跳ね返したのが原因だった。
ハリーが見たスネイプの記憶は、今でも信じがたい光景であった。
素晴らしい人であったと信じて疑わなかったその父親が、あんな・・・・・・。
「―――父親と同じく傲慢、規則破りの常習犯、
目立ちたがり屋で生意気で―――」
まさに言葉の通りであった。
ハリーは何とかして、スネイプがジェームズの手で苦しめられるのが当然だという
理屈をつけたかった。あの光景の事実を知りたい。
早く、シリウスと話がしたかった。
陽動作戦が実行されたのを合図に、ハーマイオニーの哀願を振り切って、
アンブリッジの部屋の暖炉に飛び込んだ。
最初に目にしたのはシリウスではなく、ルーピンだった。
「ハリー!いったい何を―――どうした?
何かあったのか?」
「ううん。ただ、僕できたら―――あの、つまり、ちょっと―――シリウスと話したくて。」
「呼んでくる。」
ルーピンはまだ困惑した顔で立ち上がり、急いで厨房を出ていった。
まもなくルーピンが、すぐ後にシリウスを連れて戻って来た。
「どうした?」
シリウスはハリーと同じ目の高さになるよう膝をつき、急き込んで聞いた。
ルーピンも心配そうな顔で跪いている。
「僕、ちょっと話したくて・・・・・・父さんのことで。」
二人が驚愕した顔を見合わせたが、今ハリーは、きまりが悪いと感じている暇はなかった。
ハリーはすぐさま自分が見たスネイプの断片の記憶の話に入った。
話し終わると、シリウスもルーピンも一瞬黙っていた。それからルーピンが静かに言った。
「ハリー、それを見たことだけで君の父さんを判断しないでほしい。
まだ十五歳だったんだ―――」
「僕だって十五だ!」
ハリーの言葉が熱くなった。
「いいか、ハリー。ジェームズとスネイプは、最初に目を合わせた瞬間からお互い憎み合っていた。
そういうこともあるというのは、君にもわかるね?
ジェームズは、スネイプがなりたいと思っているものを全て備えていた―――
人気者で、クィディッチがうまかった―――ほとんど何でもよくできた。
ところがスネイプは、闇の魔術に首までどっぷり浸かった偏屈なやつだった。
それにジェームズは―――君の目にどう映ったかは別として、
ハリー―――どんなときも闇の魔術を憎んでいた。」
「うん。でも、父さんは、とくに理由もないのにスネイプを攻撃した。
ただ単に―――えーと、シリウスおじさんが『退屈だ』と言ったからなんだ。」
ハリーは少し申し訳なさそうな調子で言葉を結んだ。
「自慢にはならないな。」ルーピンが横にいるシリウスを見た。
「いいかい、ハリー。
君の父さんとシリウスは、何をやらせても学校中で一番よくできたということを、
理解しておかないといけないよ。―――みんなが二人は最高にかっこいいと思っていた―――
二人が時々少しいい気になったとしても―――」
「僕たちが時々傲慢でいやなガキだったとしても言いたいんだろう?」
そう言ったシリウスに対し、ルーピンはニヤッとした。
ジェームズが髪の毛をくしゃくしゃにする癖や、スニッチをもて遊んでいたことも伝えた。
二人は思い出に耽るようにニッコリ笑うのを見て、ハリーは理解しがたい思いを覚えた。
「それで・・・・・・僕、父さんがちょっとバカをやっていると思った。」
「ああ、当然あいつはちょっとバカをやったさ!わたしたちはみんなバカだった!
まあ―――ムーニーはそれほどじゃなかったな。」
しかしルーピンは首を振った。
「私が一度でも、スネイプにかまうのはよせって言ったか?
私に、君たちのやり方はよくないと忠告する勇気があったか?」
「まあ、いわば。君は、時々僕たちのやっていることを恥ずかしいと思わせてくれた・・・・・・
それが大事だった・・・・・・。」
「それに。」
ハリーは気になっていることを全て言ってしまおうと食い下がった。
「前世のがホグワーツを出ていったのは・・・・・・そういう理由があったから?」
シリウスとルーピンの顔から笑みが消えた。
さーっと血の気が引いていく。
「がそう言ったのか?」
「違う。」ハリーは首を振った。
「五年生が受けるOWLを知っていなくて、何でって聞いたら、
『上がる前に中退した』って―――ただ、その理由を本人はまだ思い出してないって・・・・・・。」
「それは・・・・・・。」
「待てシリウス。」
口を開こうとしたシリウスに、ルーピンは待ったをかけた。
「君はあの子が―――本当に彼女の生まれ変わりだと思っているのか?」
「ああ、そうさ。リーマスも聞いただろう?
わたしたちしか知らない秘密も、日本へ遠出したことも―――偶然だっていえるのか?
旧友と再会できて嬉しくないわけがない!お前もスニべルスと同じことを言うんだな!」
「そうじゃない。僕は―――何故、あの短い期間に転生できたのか理解しがたいんだ・・・・・・。
もし、本当に彼女の意志で転生したんだとしたら・・・・・・その理由を知りたい・・・・・・。」
「お前も中々せっかちだな。そうならさっさと本人に訊けばいいじゃないか!」
「やめて!」
こんな事態になるとは思いもしなかったハリーはたまらず制止を入れた。
夏休みに入れば、ますます彼らとの間に険悪感が増すのを予想した。
質問が悪かったと思うより先に、時間が迫っていることを思い出して、
頭に過ったことを咄嗟に言った。
「前世のと父さんが、呪いをかけ合っていたのは何故?」
「あいつはスネイプと同じスリザリン生かつ親友だった。
特にスネイプを攻撃したジェームズを当然、許すはずがない。
だが、ジェームズからすれば・・・・・・嫉妬の対象として杖を振るったんだろう。」
「リリーと仲がよかったから。」シリウスはじとりと睨むルーピンを横目に、
言葉を選ぶように言った。
「それで、前世のは、その、あの出来事を知ってるの?」
「断片的にはな。何しろ、五年目の始業式前に立ち去ったからな。
知ったのはしばらく経ってダンブルドアを通じて騎士団に入ってからだ。
まあ、あいつが俺たちに一言もくれず勝手に辞めたのもあって、
当時もあまり仲は良くなかったが・・・・・・。」
シリウスはちらりとルーピンを見た。
もう勝手にすればいいと背を向けていた。
「もし、からそのことについて聞かれたら、黙っていてくれないか?
これは俺たちの問題でもある。いずれ、こっちから話さなくちゃならない。」
「・・・・・・うん。」
ハリーは気落ちした調子で応えた。
何故、リリーはジェームズと結婚したのかという問いに、
ジェームズは七年生から高慢な態度を改めたと二人は言ったが、
ハリーは未だに納得できなかった。
時間も押していて、これ以上追及しては二人に悪いと思い、彼らとの話はそこで終わった。
「しっかしフレッドとジョージもそうだけど、の陽動にもおったまげたぜ。
狐のお化けなんて初めて見たよ。」
「あれも忍術の一種みたいよ。守護霊とは違うようだし、あとで調べてみようかしら。」
フレッドとジョージと一緒にアンブリッジの気を引かせようと、は透明な狐を呼び出したという。
それはおどろおどろしい姿でゴーストとは違う形だったという。
訳がわからずカンカンになっていたアンブリッジがいい気味だと、ロンが笑った。
勝手に話が飛び交う中で、ハリーはまだ教鞭をとっていたルーピンの話を思い返していた。
ルーピンの口からは確かに、前世のとジェームズは呪いをかけ合っていたものの、
仲はそれほど悪くはないという言い方だった。
だが、先程シリウスが言った話を聞いて、その関係も疑わしく思えた。
「だが、ジェームズからすれば・・・・・・嫉妬の対象として杖を振るったんだろう。
リリーと仲がよかったから。」
そうだ、前世のはリリーと仲良しだったんだ。
だからクィディッチの試合日に、マルフォイを殴ったんだ。
僕の母を、友人を侮辱されたから―――・・・・・・。
転生しても、そう振る舞うことができたのは前世の記憶がそれほど強く残っているからか。
親の仇のごとくマルフォイを睨みつけ、怒りと悲しみを込めて
「お前の家は他人の家族を非難するのがよほど好きなんだな!お前といい、あの男も!」
がそう言ったのが少し気になった。
四年生の頃、彼女は両親たちの当時あったことをありのままに語っていた。
最初こそ仲は悪かったが、秘密を共有するまで良好になったという。
が話す友人であるスネイプは今とは別人じゃないかと疑うほどの人物像だったが。
皆の話を思い返しても、相違する点ばかりが残ってしまう。
シリウス達はああ言っていたが、
友人の息子だからと気遣って話を作っているのではないかと思ってしまう。
今すれ違い気味のも昨年の比べ、ジェームズのことを聞かれると「これ言ってしまっていいのか」
という不安が入り混じった顔をしていた。
本当のことを知りたい反面、聞いてしまったらいけないんじゃないかと臆病な自分がいる。
あの時、ハーマイオニーの忠告をしっかり聞き入れた方が胸は少し軽いままだったのだろう。