六月に入り、学校内では一層神経を尖らせた。
ついにO・W・L試験がやってきたのだ。
試験に出そうな予想問題を練習したり、分厚い教科書と汚いノートを交互に睨めっこした。
筆記試験はつらつらと述べられているだけの文面に集中するのが苦手だったが、
午後の実技では眠気を完全に吹き飛ばすかのように発揮した。
だが『天文学』の実技試験の最中に、事件が起きてしまった。
真夜中にハグリッドを襲ったのだ。
その際、魔法使いたちが放った『失神光線』はマクゴナガル先生に同時に突きさされた。
今でも医務室に入院中で、
ハグリッドは失神したファングを抱えて校門を去っていったきりだ。
ニフラーを自分の部屋に入れたのがハグリッドだと疑われていたようだが、
ハーマイオニーの言葉通り、アンブリッジは証拠が挙がるのを待たなかった。
一体いつまでこんなことが続くんだ・・・・・・?
最後の試験は『魔法史』で、午後から行われた。(当然、実技なんかない)
いつも眠くなる授業の内容はほとんど覚えていない。
ハーマイオニーのノートを頼りに空白を埋めていったが、あまり期待しない方がいいかも。
突然、大広間に大声が響き、周りは騒然となっていた。
振り向くと、ハリーは両手で顔を覆っていた。
トフティ教授が彼を支えて玄関ホールまで連れ出した。
医務室に行く必要はないと頑なに拒んでいたが、あの表情からして休むなと言われる方が不自然だ。
ハリーがいなくなったあと試験を再開し、砂が全部落ちていったのを合図に皆は羽根ペンを置いた。
ハリーの様子が気になって捜しにいくと、その本人に腕を掴まれ、空いている教室に飛び込んだ。
「シリウスがヴォルデモートに捕まった。」
「えーっ?」
「ハリー、確かなの?」
「見たんだ。ウィーズリーおじさんの時と同じ―――何ヵ月も夢に出て来たあのドアだ!
どこなのか思い出した!シリウスが言ってたヴォルデモートが求めてるもの―――
前の時には持っていなかったもの・・・・・・それが神秘部にある!」
「待ってハリー、聞いて!」
ハーマイオニーが一歩ハリーに詰め寄った。
「ヴォルデモートがわざとあなたに見せていたら?
あなたをおびき寄せるためにシリウスを拷問して―――。」
「だったら何?見殺しにしろっていうのか?
シリウスは僕のたった一人の家族なんだ!」
ハーマイオニーとロンは顔を見合わせ、頷いた。ハリーの行動の速さは異常だ。
一度使ったアンブリッジの暖炉の前へ駆け寄ったが、
ハリーは煙突飛行粉を使わず杖で火をつけていた。
「待ってハリー!」
「何だい、。ここまで来て止めるつもりか?」
「君、このまま魔法省へ行くつもりだろ?
まず本部にシリウスがいるか確かめるって合意したじゃないか!」
「もし、いなかったら?それを知った後からじゃ遅いんだ!」
ハリーは絶対行くんだと気持ちを変えなかった。
彼の頑固さはリリー以上かもしれない・・・・・・。
こうなったからにはこっちが折れるしかない。
「分かった、君の後を追ってく。」
「いや、君達は騎士団に知らせて。」
「何言ってんだ、僕達も行くよ。」
「危険すぎる!」
「あなたいつになったら分かるの?わたし達は―――」
「静かに!」
廊下から慌しい音が聞こえる。
ルーナとジニーが見張りをしていたはずなのだが・・・・・・
聞き覚えのある嫌な足音がした瞬間、サーッと顔から血の気が引いた。
「まずい―――アンブリッジが来るぞ!」
「ジニー達は?」
「多分、捕まったかもしれない・・・・・・。」
「どうする?このまま放っておいていいの?」
最悪な事態に状況が追いつけず、ハリーは何も言えずドアと暖炉を交互に見た。
嫌らしくドアノブがゆっくり回った瞬間、私は突然後ろから窓の外へ引っ張られた。
ガシャンと窓が割れたと分かったのは自分が落ちていると理解した後だった。
猫のようにしなやかに着地しようとしたが、少し遅れて足を地面についてしまい、
そのままゴロゴロと転がった。幸いにも芝生の上であったが、右足が思うように動けない。
ズボンも悲惨な状態だ。
体に鞭で叩くかの如くその塔から一旦離れ、建物の陰から割れた窓を見た。
アンブリッジが顔を出してきょろきょろと周りを見渡すと、すぐに引っ込んだ。
まさかハーマイオニーに投げ飛ばされるなんて!
「でも、私が忍であるのを知ってる上でやったんだ・・・・・・。」
足をたまに引きずったりしながら校舎から離れた。
中を窺う時間はない。ハーマイオニーにこのチャンスをくれたんだ。
他の手段を考えるんだ・・・・・・魔法省へ行く道は―――。
「うわっ!?」
ベロリと何かが私の右足を舐めた。更に、自分の上着を軽く引っ張られた。
姿がないが、ここに確かにいる。それが何なのかすぐ分かった。
呼吸が聞こえる方向へ視線を凝らした。
「急で悪いんだけど、君達の力を貸してくれないか?」
***
アンブリッジ達から脱出したハリー達と合流し、セストラルで城の上を一気に飛んだ。
ルーナは手慣れた様子で吹き付ける風が心地よいと顔をほころばせていた。
魔法省に着いた時には既に陽は落ちていた。ハリーの表情は早く、早くと訴えていた。
この時はまだ、ガードマンが一人いないことに気付いていない。
『神秘部でございます。』
落ち着きはらった女性の声が告げると、格子扉が横に開いた。
何の気配もない。正面には取っ手のない黒い扉がある。
「行こう。」
ハリーが先頭に立って進み、私が一番の後ろですぐ対応できてもいいように杖と暗器を構えた。
扉が一ダースほどあって、ハリーのいう場所に辿り着くまでかなり時間を費やした。
そして、『そこ』に着いた。
ぎっしりと聳え立つ棚には小さな埃っぽいガラスの球がびっしりと置かれている。
「92、93、94、95・・・・・・ここにいるはずだ!」
杖に灯した光で周りを何度も見渡すが、シリウスの姿はない。
ハリーの表情はますます強張った。
「大丈夫・・・・・・絶対見つかるよ。」
根拠のない言葉だが、肝心のリーダーが気落ちしては皆にも不安を与えてしまう。
ハリーは気落ちした声でうんと言うだけだった。
「ハリー?」ロンが呼びかけた。
「なんだ?」
「これを見た?」
ロンの呼びかけで皆が彼の方に集まった。
シリウスがここにいた手掛かりに違いないとハリーは大股で戻った。
「ハリー―――君の名前が書いてある。」
ロンが指差す先に、随分埃を被った小さなガラス球があった。
内側から鈍い光で光っていて、他のものと違うのは明らかだった。
すぐ下の棚に貼り付けられている黄色味を帯びたラベルには、
十六年前の日付が細長い蜘蛛の足のような字で、こう書いてある。
S.P.TからA.P.W.B.Dへ
闇の帝王そして
(?)ハリー・ポッター
「こんなところに、いったいなんで君の名前が?」
ざっと同じ棚を調べたが、私達の名前はなかった。
ハリーは忠告を無視して無謀にもそのガラス球を掴んだ。
その球の中で渦巻くその中からかすれた荒々しい声が聞こえて来た。
闇の帝王を打ち破る力を持つ者が近づいている・・・・・・
帝王はその者を自分に比肩する者として印す。
しかし彼は、闇の帝王の知らぬ力を持つであろう・・・・・・
一方が生きるかぎり、他方は生きられぬ・・・・・・。
そこで言葉は途切れ、じっと待っても何事も起こらなかった。
その時、すぐ背後で気取った声がした。
「よくやった、ポッター。さあ、こっちを向きたまえ。
そしてそれを私に渡すのだ。」
何処からともなく周り中に黒い人影が現れ、私達の進路を断った。
姿現わしで来たのか?それよりも・・・・・・。
「シリウスはどこだ?」
「違いがわかってもよいだろう、夢と、現実との―――。」
シュッと覆面を切り捨て、ルシウス・マルフォイの表情が露わになった。
「お前はあの方がお見せになった幻を見ていたにすぎん。
さあ、予言を渡せ。」
「手を出したらこれを壊す。」
すると、ぞっとするような甲高い笑い声がした。
この残酷な女の声を、私は知っている。
「中々言うじゃないの、ちっちゃな、ちっちゃなベビー・ポッター。」
「ベラトリックス・レストレンジ!」ネビルが叫んだ。
「ネビル・ロングボトムかい?ご両親元気?」ベラトリックスは落ち窪んだ顔を輝かせた。
「今、仇を打ってやる!」
飛び出そうとするネビルをハリーと私が押さえた
怒るのも当然だ。目の前には両親を廃人にまで負わせた張本人がいる。
だけど今は感情を抑えなくちゃいけない。
「皆、落ち着こうではないか・・・・・・熱くなるな。
我々は、予言さえ手に入ればそれでよい。」
「ヴォルデモートは何故僕をここに呼んだ?」
「あのお方の名を口にするか?純血でもないお前が!
混血の舌で、その名を穢すでない。」
「あいつも混血だ。知っているのか?」
何でこの状況でそんな無謀なことを言うんだ・・・・・・!
「そうだとも、ヴォルデモートがだ。
あいつの母親は魔女だったけど、父親はマグルだった―――
それとも、おまえたちには、自分が純血だと言い続けていたのか?」
「麻痺―――」
「やめろ!」
ベラトリックスが呪文を唱え始めた同時に私は杖を向けた。
だがベラトリックスの杖先から飛び出した赤い閃光は、マルフォイの呪文で屈折された。
閃光は逸れ、棚に当たって、ガラス球が数個、粉々になった。
「攻撃するな!予言が必要なのだ!」
「こいつは不敵にも―――よくも―――平気でそこに―――穢れた混血め―――。」
「予言を手に入れるまで待て!」
再び怒りの矛先をハリーに向けないよう、ゆっくり体を動かして密着した。
「おやおや、嬢ちゃん、おまえの顔はよーく覚えてるよ。今はだって?」
怒りで揺れていたベラトリックスの目がギラリと光った。
「血を裏切ったロードヴァリウス・・・・・・たかが小娘め、おまえに流れるその血が、
二度もあの方を誘惑させるなど―――!」
言葉が熱くなったベラトリックスをもう一度マルフォイが制止した。
「まあよい、ポッターは知りたがりなのだ。
予言を取り出すことができるのは、その予言に関わる者のみだ。
運よく手に入れたようだ。」
マルフォイの話に紛れて、ハリーがひっそりと「棚を壊せ―――。」と言った。
「不思議に思ったことはないか?お前と闇の帝王との間に何故、絆があるのか。
何故あの方が、ほんの赤ん坊のお前を殺せなかったと思う?
その額の傷の秘密を、知りたくはないか?全ての答えは、お前の手の中にある。
知りたければ寄越せ、全てを見せてやろう・・・・・・。」
徐々に死喰い人が集まり、じりじりと距離を置かれた。
あとはタイミングだけ―――そこで、呼吸を一旦止めた。
「僕は十四年も待った。」
「分かるとも・・・・・・。」
「もう少しぐらい待てる―――今だ!」
「レダクト!」
後方と左右から一斉に呪文を放った。
私が放った麻痺呪文は一人の死喰い人に命中した。
ハリーが放った閃光はいとも簡単に塞がれたが、開かれた道へ走った。
だが、『姿現し』したルシウスが予言をよこせと手を差し伸べた。
ここで元の道へ戻り、別の道を選んだ。
皆がバラバラになった時にはあちこちと音が響いていた。
突然、ヒュッと私の首元に何かが通った。耳付くあの笑い声だ。
「おやおやぁ?嬢ちゃん一人かい?またお一人で戦う気かい?」
「本当にしつこい女だな・・・・・・。」大きな笑い声に紛れてボソリと言った。
ベラトリックスは私に攻撃させようとわざと挑発しているんだ。
こっちは足をケガしているにも関わらず、あっちは何もして来ない。
本当にいい趣味をしている。
死角になる場所を見つけ、そこへ駆け込み、棚に向かって噴射した。
これで少しは時間稼ぎになるだろう。笑い声は止まり、気配も徐々に遠ざかった。
けれど今度は何かが倒れる音がする。しかも気配が数人―――ハリー達だ。
彼らの後ろから大量のガラス球が波となって押し寄せてきている。
「皆、早く!ドアに戻って!」
ハリー達は躊躇なく通って来たドアの外へ飛び出した。
全員通ったのを見届け、ガラス球に向かって炎を噴射した。
その衝撃を利用して、自分も外へ飛び出したが、次に踏む床がない。
また落ちていた―――何かが見えたと思った瞬間、
無重力状態ですーっと窪んだ石坑の底に着地した。
全員いたことを確認して胸を撫で下ろした。近くにいたハーマイオニーが声をかけた。
「大丈夫?」
「うん、クッション呪文ありがとう。」
暗い空間をぐるりと見渡した。中央には石の台座が置かれ、その上に石のアーチが立っていた。
周りに支える壁もなく、アーチには擦り切れたカーテンかベールのような黒い物が掛かっていた。
「あの声は、何て言ってる?」
「声なんて聞こえないわ。ここを出ましょう。」
「あたしも聞こえる。」
「ハリー、ただのアーチよ。」
ハリーはそのアーチに惹かれるようにじっと見つめていた。
私も微かに、その声が聞こえた。そして恐れた。
何ともいえないその魅力に惹かれそうになっている自分が―――
魅入ったら二度と戻れないと―――。
「行きましょう!」
ハーマイオニーが甲高い緊張した声で言った。
ふと、頭上から邪悪な気配を感じた。
「後ろにつけ!」ハリーが叫んだ。皆は一斉に後方へ回って杖を上に向けた。
黒い『姿現し』が一番素早かった。呪文よりも先に呑み込まれ、いとも簡単に動きを封じられた。
嵐がおさまった。ハリーを除き、ロン達も死喰い人に捕らえられていた。
ルシウスがせせら笑った。
「勝ち目があると思ったか?まさかお前達がそこまで愚かだったとは―――
子供だけで、我々に、勝てるとでも?お前にはもう、選択肢はないぞポッター。
今すぐ、予言を渡すのだ。それとも友達を、見殺しか―――。」
「渡しちゃだめだ!」
ベラトリックスが杖を構え、ネビルを黙らせた。
ハリーはどうするか、もう決まっていた。
私は杖を持っていない方の手を少しずつポケットに忍ばせた。
予言の球をハリーは差し出した。マルフォイがそれを受け取ろうとした。
その時、マルフォイが向きを変えた。
「わたしの息子に近づくな。」
『姿現わし』で後ろに立っていたシリウスが思いっきりルシウスを殴った。
それを機に、私は爆薬を死食い人に向かって投げた。
その衝撃で壁に衝突し、ずるずると床の上に横たわった。
大丈夫、気絶する程度だよ。