シリウスに続いてリーマス、ムーディ、トンクス、キングズリーが駆け込んできた。 死喰い人たちは出現した騎士団のメンバーの方に完全に気を取られていた。 ルシウス・マルフォイの手から滑り落ちた予言の球が砕けた音を確かに耳にした。 人質状態から解放された皆はそれぞれ五人に守られながら、 矢のように動く人影と閃光が飛び交うのを固唾呑んで見守っていた。 周囲に注意を払いながら、跳ね返ってきた呪文を壁の方へ弾いた。 一度ためこんでいた息を吐き出すと、何処からともなく女が襲い掛かった。 すぐに後方へ跳びのけ反ろうとしたが、酷使してきた右足はもう限界であった。 何かが切られた音がした―――自分のこげ茶の髪が風に乗って散ったのが一瞬見えた。 「あぁぁぁぁぁ・・・・・・残念、全部切り落としてやろうとしたのに!  でも今度は外さない―――じっとしてな!」 ベラトリックスはカーブをかけて、此方に向かってUターンした。 攻撃の呪文を唱えようと息を吸い込む前に、リーマスがその間に飛び込んできた。 「、君は皆を連れて行くんだ!」 「無事に戻ったら君に謝りたいことがある―――。」と言って、 すぐにベラトリックスの方へ視線を映した。 戦いの最中だというのに、嬉しくて涙が出そうだ。 それを堪えて右足を支えながら台座から下りた。ある一組の戦闘をちらりと見た。 シリウスとハリーがマルフォイら二人組と杖先から火花を散らしていた。 ハリーが一人の死喰い人をふっ飛ばした。 「いいぞ、ジェームズ!」 シリウスは叫びながらマルフォイの杖を弾く。無防備になったマルフォイが後ろに吹っ飛んだ。 一瞬、父と間違えられたハリーの表情が曇ったように見えた。 「『アバダ ケダブラ!』」 許されざる呪文の名を聞いたと分かった同時に、緑色の閃光が走った。 時間が止まったかのように思えた。 私がアーチの方へ振り向くと、シリウスは恐れと驚きの入り交じった表情を浮かべて、 古びたアーチをくぐり、ベールの彼方へ消えていくのを見た。 ハリーは激しく喘ぎ、私は思わずその場に崩れ落ちた。 そんな―――シリウスが・・・・・・シリウスが・・・・・・。 「シリウス!シリウス!」 「ハリー、もう君にはどうすることもできない―――。」 「連れ戻して。助けて。向こう側に行っただけじゃないか!」 「―――もう遅いんだ、ハリー。」 「いまならまだ届くよ―――。」ハリーは激しくもがいた。 しかし、リーマスは腕を離さなかった。 「もう、どうすることもできないんだ。  ハリー・・・・・・どうすることも・・・・・・あいつは・・・・・・行ってしまった。」 「シリウスはどこにも行ってない!」ハリーの叫び声が私の脳内に木霊した。 周囲ではまだ動きが続いていた。無意味な騒ぎ。呪文の閃光。 今の私には何の意味もない。この戦いから戻ったらシリウス達と話すんだ――― 前世の過ちを―――まだ仲が良かったあの頃に戻らなくてもいい。 ただ、聞いてほしかっただけなのに―――。 「ハリー―――やめろ!」リーマスが叫び、私は現実へ引き戻された。 ハリーはリーマスの腕を振り解いていた。 「あいつがシリウスを殺した!」ハリーが怒鳴った。 「あいつが殺した―――僕があいつを殺してやる!」 そして、ハリーは飛び出し、石段を素早くよじ登った。 リーマスがハリーを呼ぶが、気にする素振りもない。 気が付いた時には足を怪我していたことを忘れて飛び出していた。 すり違い際にリーマスと目が合ったが、すぐに視線を前方へ戻した。 言葉から察してハリーが何をするか理解してしまった私は、彼を止めなきゃならない。 エレベーターを下り、「クルーシオ!」とハリーが叫んでいた。 だめだハリー・・・・・・そんな呪文、君が使っちゃいけない・・・・・・。 頼む―――あの呪文だけは・・・・・・!! 「弱い奴め・・・・・・。」 甲高い冷たい声が言った。ゾッとして、思わず立ち止まってしまった。 背の高い、痩せた姿が黒いフードを被り、 縦に裂けたような瞳孔の真っ赤な両眼がハリーを睨んでいた。杖をハリーに向けている。 ハリーは抵抗のために口を開くことさえしていなかった。このままでは危ない・・・・・・! 杖を振り上げた時、片側の壁に並んだ暖炉からエメラルド色の炎が燃えた。 その炎が消えた同時に、ダンブルドアはそこに立っていた。 「ここに現れたのは愚かじゃったな、トム。直、闇祓いが来る―――。」 「その前に、俺様はもういなくなる。そして貴様は死んでおるわ!」 ダンブルドアがハリーを壁側へ押しやった瞬間、互いの杖から閃光がぶつかった。 じりじりとハリーの方へ駆け寄り、更に壁際へ押し込んだ。 二人の呪文が通り過ぎる度にビリビリと体が震えるのを感じた。 ダンブルドアの杖先から細長い炎が飛び出し、ヴォルデモートを盾ごと絡め取った。 しかし、炎のロープが蛇に変わり、たちまちヴォルデモートの縄目を解き、 激しくシューシューと鎌首もたげてダンブルドアに立ち向かった。 ダンブルドアは流れるような動きで水を巻き上げた。 牙を突き立てようとした蛇は空中高く吹き飛び、一筋の黒い煙となって消えた。 するとヴォルデモートは恐ろしい一声だけで周辺のガラスを砕き、刃の雨となって此方を襲った。 ダンブルドアは呪文でガラスの雨を砂に変えるが、それを通り越した破片が無傷のままだ。 私はそのガラスから守ろうと、何も考えずハリーの前に出た。 その時、カッと自分の体が燃えるように熱くなる。ガラスが一瞬にして溶けた。 何故かぼやける視界にふと映った巨大な翼。 我に返って後ろを振り向いたが、ハリー以外誰もいなかった。 ヴォルデモートは攻撃を止め、何を思ったのか、突然姿を消した。 奴がこんなにも早く退散するとは思えない。 「ううっ!」ハリーが突然、床に伏せた。 「老いぼれめ、貴様の負けだ・・・・・・。」 ゾッとするような声が、ハリーの口を使って叫んだ。 まるで、何者かに憑りつかれたかのように。 こんなの・・・・・・一体どうすればいい?私は、私は―――。 「落ち着くのじゃ、。」 優しいダンブルドアの声が、私の心を包み込んだ。 穢れたものが浄化されていくような感覚だった。 「ハリー、どれだけあやつかと似ているかではない。どれだけ違うかだ。」 ダンブルドアは仰向けに倒れているハリーにそう語り掛けた。 ここでやっと、自分の体の震えが止まった。 ハリーの焦点の合わない目がヴォルデモートの支配に抵抗しているように見えた。 後方から聞こえて来る足音を耳にしてから、そっと声をかけた。 「ハリー、君は一人じゃない。君がいなかったら今の私達も、いなかったはずだ。」 すると、ハリーの目の色が変わった。 体を完全に乗っ取ろうとする見えない敵と戦う意志がメラメラと燃え上がったようだ。 遅れて駆けつけて来たロンとハーマイオニー、ネビル、ジニー、ルーナも 静かにハリーを見守っていた。 「弱いのはお前だ・・・・・・お前は愛を知らない・・・・・・。  友情も・・・・・・お前は可哀想な奴だ・・・・・・。」 何度もハリーの体が飛び上がり、何かが彼の中を突き破るんじゃないかさえ思った。 その時、ハリーの体からシューッと何かが抜けた。 ヴォルデモートが再び、姿を見せた。 「愚かな奴め、ハリー・ポッター・・・・・・。貴様は全て失うぞ、全てな。」 「貴様もだ、ロードヴァリウスの血を継ぐ・・・・・・もう後はないぞ。」ハリーから私へ赤い両眼を向けた。 以前はその目を前に屈してしまった・・・・・・だが、今度は違うぞ。 私は不気味に立つそいつを無言で睨んだ。 すると、タイミングがいいのか悪いのか、壁側の暖炉の全てに火が燃え、 魔法省の者が次々と現れ出ていた。 その中には細縞のマントの下にパジャマを穿いたファッジの姿があった。 魔法使い、魔女たちは「『例のあの人』か?」と唖然とした顔で声を合わせた。 ヴォルデモートはゆっくりと、暖炉の方へ身を潜めるように『姿くらまし』した。 「大丈夫か、ハリー。」 「はい・・・・・・。」 ハリーは体を起こし、ずれたメガネをかけ直した。 ファッジは目を白黒させ、ついさっきまで戦場となっていたホールを見た。 「どうして―――いったいどういうことだ?」 「わしがすべてを説明しようぞ。ハリーが学校に戻ってからじゃ。」 ダンブルドアは黄金の魔法使いの像の頭部に向けて「ポータス」と唱えた。 青く光った頭部をハリーに差し出すと、ダンブルドアが此方を見た。 「君も戻るかね?」 「大丈夫です、私よりもハリーを・・・・・・。」 一番心を痛めている彼をずっとここにいさせるのは良いとは言えない。 皆も同じ気持ちらしい。ダンブルドアはそうか、と頷き、 「三十分後に会おうぞ。」ハリーに向かって静かに言った。 ハリーはされるがままというような体で、その場から消えた。 アトリウムには人が多く溢れ、ひとまずホッとした途端、右足の痛みが一気に襲ってきた。 駆け付けたハーマイオニーが両手で口元を覆った。 「ひどい怪我!早く医務室へ行きましょう!」 「うん・・・・・・リーマス達は?」 「皆、無事だよ。トンクスは聖マンゴ病院で入院するかもって・・・・・・  でも、そんなに長くかからないって。」 ネビルが血を抑えながらそう言った。 突然、カメラのフラッシュが横目に入ってチカチカした。 「ねえ、君達!『例のあの人』と遭遇したんだよね?どういった心境だった?」 「おい押すな!顔が写せないだろ!」 「早く行こうぜ。」ロンが不機嫌に耳打ちした。 皆はカメラから逃れるように背向けて一塊になった。 すると、一人の記者が私の顔を見て驚きと困惑の表情を浮かべた。 「あの子・・・・・・暗黒の時代にも見かけなかったか?  確か、ロード―――。」 「シレンシオ。」 その記者の口から次の単語が続くことはなかった。 私達はその隙にその場から退散した。