医務室のベッドの上で横になるとあっという間に眠りに落ちた。
真っ暗闇の景色が徐々に姿を現した。
リーマスの家でも実家でもなかったことに過去の記憶であるのを悟った。
まだロードヴァリウス家にいた前世の頃のだ。
神秘部での戦いをきっかけに、全てを思い出したからだろう。
当時、父への反抗に実の名を伏せて名乗っていた『』という名は文字通り偽名であった。
それがいつしか本当の自分の名前なんだと、本当の自分になれたんだと思っていた。
五年目の夏が過ぎ去ろうとしている最終日にダイアゴン横丁へ出かけ、
リストと睨めっこしながら必要な資料を集めていた。
あと一つか、と確認した時、通路のど真ん中でルシウス・マルフォイが立っていた。
一点に見つめるその視線の先が自分だと悟ると、自分もその場に立ち止まった。
「やあ、。元気かな?」
「ええ、まあ・・・・・・。」
「先月は我が家の主催パーティに顔を出してくれて感謝するよ。」
父が出席しろと仕方なく出たんですけどね、と口には出さず、あくまで謙虚な姿勢で頷いた。
「風の噂で聞いた話なんだが・・・・・・。」マルフォイは遠慮がちに言ったつもりなのだろうが、
声色からしてそう思えなかった。
「友人と旅行した先で・・・・・・日本、だったかな?大変だったろうに。」
「はあ・・・・・・けど、皆無事だったのが幸いでした。」
「ああ、そうだろうね。セブルス以外無事であったのは残念だったが・・・・・・。」
「あんた、一体何を―――?」
「二人っきりで話せる場所を移そう。他のホグワーツ生に聞かれたら困るんでね。」
マルフォイは『私』の胸元に杖先を当てながら呟いた。
布越しから伝わる無機物感と此方を見下す瞳から、いつもの日常には戻れないと理解した。
それ以上は思い出したくないと思わず目を瞑った。
***
ぐにゃりと周りが歪んだのを感じて瞼を開いた。
『三本の箒』の個室で『私』はダンブルドアと向かい合って座っていた。
事前に注文した飲み物を一度も口にしておらず、ただ拳を小刻みに震わせていた。
「じゃあ・・・・・・奴は私が生まれる前からこの血を狙っていたというのですか?」
「そうじゃ。」
「信じられない・・・・・・私の一族が、あのおとぎ話のレッド・ライジングの末裔だったなんて!
あいつはどうしてそれを話さなかったんだ?」
「、自分の父親をそう呼んではならんよ。」ダンブルドアが優しく指摘したが、
『私』は髪をぐしゃぐしゃに掻くだけで、聞こうとしなかった。
「ドラゴンは魔力が強く、その血や肉からその効果を発揮するけれど・・・・・・
何で今になって?何で俺なんだ?そういう力、自分が持ってるように思えない。」
「受け入れられないじゃろうが、君がその強い血筋を受け継いでいないとは言い切れんのじゃ。」
髪を掻きむしる手を止めて、「どういう意味だ。」と言わんばかりにダンブルドアを見た。
「先程君が言っていたように、ドラゴンの力は既に効果を出しているのじゃよ。
が十三歳の時、駆け込むように医務室に運ばれたのを覚えておるかな?」
「・・・・・・はい、理性を失くしたルーピンを安心させるのに無我夢中で・・・・・・
肩を噛まれたとか、気を失ったとわかったのはその後でした。」
「そう、相手が誰であろうと受け入れる心を持つ君だからこそ発揮した!
その証拠に君は人狼化せず、リーマスは狼人間になっても心を穏やかに保てるようになった。」
とても信じられないという表情で声を震わせた。「そんな、ことが・・・・・・。」
「確かに、前ほど狼じゃなくなったとは言っていたけど・・・・・・。」
「この五年間、悪影響というのはまだ見ておらん。
じゃが君がホグワーツを去ってから、リーマスは再び心を奥に閉ざしてしまった。」
言い訳なんて出来ない。決めたのは全て自分なのだから。
「、君を不死鳥の騎士団に誘ったのはわしじゃ。
無理に参加する必要はない。」
「今更なことを・・・・・・入るとサインしたのは私自身だ。どの道、安全な場所なんてない。
むしろ貴方から、私が予言通りになることを恐れているように見える。」
「君は昔から実直であるからのう。自分の命を捨て石に使うのではないかと・・・・・・
生徒を心配するのは当然のことじゃ。」
正確には『元』なんだけどな。
『私』は口を噤み、グラスの水面に映る自分を見つめ、次の瞬間それは歪んだ。
***
景色は再び外へ変わり、『私』は息を切らしながら襲って来る死喰い人をふっ飛ばした。
自分の前で応戦していた仲間は殆どいなかった。相手側の方が有利なのは明らかであった。
それでも足を止めなかった。視界に入った死喰い人を倒した時、背後から嫌な気配を感じた。
振り向き際に杖を上げたが、それは赤い滴を垂らしながら宙を舞った。
味わったこともない激痛が走り、たまらず叫び声を上げた。
それが災いして、ルシウス・マルフォイの杖から放った閃光が足に直撃し、地面の上に転がった。
「ぐっ・・・・・・がああっ・・・・・・!」
意識が朦朧する・・・・・・音が聞こえない・・・・・・足が動かない・・・・・・。
ぼんやりしている視界の先に杖を握ったままの左腕があった。
『私』は迷わず残った右腕で重い体を前進した。早く・・・・・・早く・・・・・・!
絶対生きて帰るんだ・・・・・・この戦いを終わらせて・・・・・・皆に謝るんだ・・・・・・
昔のように戻らなくてもいい・・・・・・ちゃんと面と向かって・・・・・・文字ではなく・・・・・・
俺の口から直接・・・・・・!
「往生際の悪さは親にそっくりであるな。」
何て言ったのか聞き取れなかったが、頭上にヴォルデモートがいるのを悟った。
私を意を決して、首から下げているペンダントを握りしめた。
呪文を唱え、身体中が炎に包まれながら目を閉じた。
この男から―――リリーを、リリーの息子を守っていくんだと―――。
***
此間まで神秘部の戦いがあったとは思えないほど、ホグワーツは静かであった。
二度と戻って来ないシリウスを思うと、どうしても宴会に行く気になれなかった。
人気のない城をウロウロしていると、ハリーが廊下を横切ろうとしているのを見つけた。
「ハリー、宴会には行かないの?」
「そういうこそ、何でここに?」
「自分だけ楽しむのは、悪いと思って。」
ハリーの隣に並び、誰もいない長い通路をゆっくり渡った。
それに対してハリーは何も言わず、どこかを見つめているようだった。
「あのさ、私・・・・・・。」
「うん。」
「記憶を思い出したんだ、全部。」
「そうなんだ。」
何気なく呟いた後、ハリーはぴたりと立ち止まり、私を凝視した。
「本当に?」
「うん、ただ・・・・・・ハリー達と今まで通りにやっていけるかどうか・・・・・・。」
「どうして?」
「前世のことを話せばきっと・・・・・・私を突き放す。」
「・・・・・・何があったのか言って。君をどうするかなんて、僕だけが決めることじゃない。」
私はぽつりぽつりと空白の記憶を明かした。
ホグワーツを中退したこと、ジェームズ達と交友関係になるまでのことも包み隠さず話した。
シリウスを失って胸が重いハリーにいきなりこんな話題を振ってしまったことに今更罪悪感を抱いた。
口を閉じ、恐る恐るハリーを見た。自分が思っていた以上に、ハリーは落ち着いていた。
ジェームズが昔嫌な奴であったと聞いたら絶対に怒るはずだと、
今までスネイプ先生との攻防を見れば誰もがそう思うだろう。
「あの時、シリウス達に聞いたんだ。前世のと父さんのこと。
お互い嫌い合って、父さんも皆、悪いガキだったって。」
「そう、なのか・・・・・・。」
「僕、信じられなくて、にも聞こうって思った。でも、聞くのが怖かった。
知ったら・・・・・・戻れないんじゃないかって・・・・・・。」
私は驚いてハリーの横顔を見つめた。
「嫌じゃないの?
君の父が昔こんな奴だったって、それに皆を不仲にさせたのは元々私が・・・・・・!」
「それは父さん達を、守るためだろ?
皆に何も言わずホグワーツをやめるとか、心配するのも怒るのは当然じゃないか!」
ここで一間置き、「僕も、同じことをしようとしてたんだ。」胸元のシャツを握りしめた。
私は一度視線を下ろし、息を静かに息を吐き、もう一度ハリーを見た。
「私・・・・・・今学期が終わったら前世の記憶を消してもらおうかって考えてた。
でも、どんなに辛い思い出があっても、それがあったから『今』があるんだと思う。
自然の法則を犯してまで転生した自分が言うことじゃないんだけど、
シリウスは・・・・・・後悔してなんてないと思うよ。」
ハリーは薄く笑みを浮かび、小さく頷いた。
それ以上は何の会話もなく、ただこの空間に浸っていた。
***
翌日、ホグワーツ特急に乗り込み、
ハーマイオニーが読んでくれる『予言者』の抜粋を聞きながら、
一戦が終わる度に交代しながらチェスをしてのんびり過ごした。
ハーマイオニー達にも前世の話を話し、ハリーと同じ反応をしていた。
一人でやろうとする所はハリーに似てると指摘され、名をあげられた本人も肩身を狭くしていた。
いつも通りにトランクを列車から引きずり下ろし、
車掌から合図を貰ってから九番線と十番線の間にある魔法の障壁を通り抜けた。
そこに予想にもしなかった集団が私達を出迎えていた。
マッド-アイ・ムーディやトンクス、リーマス、ウィーズリー一家といった騎士団メンバーだった。
「予想してなかった・・・・・・みんな何しに来たの?」
「そうだな。叔父さん、叔母さんが君を家に連れて帰る前に、
少し二人と話をしてみようかと思ってね。」
「あまりいい考えじゃないとおもうけど。」ハリーが即座に言った。
「いや、わしはいい考えだと思う。ポッター、あの連中だな?」
ムーディの指す先を、ハリーの後ろから体を左に傾けて目を凝らした。
ハリー歓迎団を見て度肝を抜かれている姿があった。
ハリーの言うバーノン叔父さんがどす黒い紫色の顔でウィーズリーさんやマッド-アイを睨んだ。
だが脅迫まがいな言葉を言うと、ぎょっとした顔で固まった。
自分を目立たないよう努力しているダドリーを横目に、ぱちっとペチュニアと目が合った。
前世では『私』がホグワーツを中退して以来、一度も再会することはなかった。
彼女と会うのは何十年ぶりとなるだろう。
死ぬ間際に手紙を送ったけれど、ちゃんと届いたのかな?
でも、家族とも元気そうでよかった。
一人で微笑んでいるのが不気味に思ったのか、ペチュニアは何ともいえない表情で目を反らしていた。
「では、さらば、ポッター。」
「気をつけるんだよ、ハリー。」
皆が次々とハリーと挨拶を交わし、残るのは私だけとなった。
いつものように言葉が出ない。私よりも先に、ハリーが口を開いた。
「は思い出さない方がよかったって言ってたけど、
リーマスは君が話してくれるのをずっと待っているよ。」
「えっ。」
私は一瞬、後ろを振り返ようとしたが、寸のところで踏み止まった。
私にしか聞こえなかったのか、リーマスから動揺の気は感じ取れなかった。
「君が前世ではどんな人物だったか、そして、その転生者であっても、
僕の友達でよかったよ。」
私はお礼の言葉を言わず、ハリーを抱きしめた。
ハリーもお返しにと背中を軽く叩いた。
「リーマスと早く仲直りしてね。」
「うん・・・・・・うんっ!」
小さな涙が目尻に溜まったのを理解して、ハリー以外にバレる前にごしごしと拭った。
ハリーはにっこりして別れに手を振り、太陽の輝く道へと先に立って駅から出ていった。
バーノン叔父さん達は慌ててその後を追いかけた。
さっきまで重かった足取りは嘘のように軽やかだった。