リリーの元へ遊び通うようになって一年が過ぎた。 相変わらず、吐き気のする英才教育という名の稽古をやらされ、 父がいない日には必ずといって家を抜け出している。 今までは辛い思いをしてきたが、リリーに会えるのであれば稽古など苦ではなかった。 「おはよう、リリー。」 「ああ、おはよう。」 リリーは笑みを浮かべているが、声色からして元気がないのは明らかだった。 「具合、悪いの?」 「ううん、どこも悪いところはないわ。  ちょっと嫌な人に会っただけ・・・・・・。」 その人物に何か言われたのかと聞くと、リリーは口を噤んだ。 はそれ以上は聞かなかった。 「ねえ、家から何冊か面白そうな本を持ってきたんだ!  一緒に読もう!」 何とか話題を変えようと後ろに抱えていたカバンを下ろした。 古臭い革のカバーがついている本からむわっと来た黴臭いにおいに思いっきりむせた。 顔を歪めたを見て、リリーは思わず笑った。 今日も何処かから、誰かの視線を感じていた。 *** いつもの場所へ向かうとリリーではなく、自分と背丈が同じくらいの男の子が立っていた。 伸び放題の黒い髪から覗く黒い目が此方をジロリと睨んでいる。 「お前、彼女から離れろ。」 「へ?」 「最近、彼女にまとわりついているのはお前だろ。」 「待って、ごめん、話が見えないんだけど。」 には質問させまいといった強い口調で男の子は言い切ったが、 言われた本人はまったく訳がわからなかった。 「赤髪にアーモンド型の緑色の目・・・・・・。」男の子はぽつりと呟いた。 それを聞いて脳内に見慣れた顔が瞬時に浮かんだ。 「もしかして、リリーのこと?君は、リリーの友達?」 一瞬、何かを詰まらせたように見えたが、 男の子は間を置いて「そうだ!」と言い切った。 「そっかあ・・・・・・リリーの友達なんだ。  僕、って言うんだ、よろしく。」 「誰が自己紹介しろと言ったんだ?  僕は、彼女に近づくなと言ったんだ!」 「どうして?」 すると、男の子はフンと鼻で笑った。 「どうせ言ってもお前にはわからないさ。  お前と彼女は、住む世界が違―――」 「お待たせ!誰と話してるの?」 「リリー!」 公園にやって来たリリーを見て、顔が無意識にふにゃりと笑む。 何かを言いかけた男の子はリリーを前に、口を閉じて、じっと彼女を見つめていた。 の向かいにいる男の子を見て、リリーの表情が大っ嫌いだという顔に変わった。 「あなた、此間の・・・・・・。」 「あ、あの時は驚かせて、ごめん。」 「そんな今更・・・・・・謝ってほしいわけじゃないわ。」 明らかにギスギスとした雰囲気を漂わせる二人を見て、何があったのか訊き出した。 「彼に言われたの、『きみは魔女なんだ。』って・・・・・・。」 リリーは苦々しく言って、男の子を睨みつけた。 「悪い意味で言ったんじゃないんだ!だから、本当の意味で・・・・・・。」 ボソボソと言い始める男の子の言葉をしばらく聞いていたは もしかして、と男の子の前に近寄った。 「君は、魔法使いなの?」 疑いを知らない無垢な目が男の子の姿を映す。 じっと見られるのが不愉快だと男の子は顔を歪めた。 「何でお前なんかに、それがわかるんだ?」 「僕もそうだからさ。」 すると、男の子の目が大きく開いていく。 一旦男の子の側を離れ、は木の葉が落ちている芝生の上に立った。 パチンと音が鳴った瞬間、葉っぱが独りでに集まり、緑色の犬が出現した。 見た目はアレだが、ワンワンとほえながら公園を走り回る姿は本物にも負けなかった。 リリーはすごい!といった表情で動く緑色の犬を見ていた。 男の子の表情がますます嫌悪感で歪んだ。 「お前も、魔法使いだったなんて・・・・・・。」 「そうさ。外の世界でもみんな魔法が使えると思ってたんだけど、  どうやら全員がそうじゃないみたい。」 「すごいわ、!こんなことができるなんて!」 「リリーだって、すごいことができるじゃないか。」 「えっ、でも、わたしがやったのは・・・・・・。」 「あれが魔法なんだよ。魔法を使う女性だから、魔女というんだ。  この子はそう言いたかったんだよ。」 男の子が驚いた表情でを凝視した。 「・・・・・・そうなの?」 首を傾げながら見つめるリリーにうまく言えない男の子に対し、 はその子の背中を肘で押してやった。 「ああ、その通りさ・・・・・・。」 「そう、だったの・・・・・・あなたが言ったことは、本当なのね?  なのに、ひどいこと言ってごめんなさい。」 「君が謝る必要なんてない!元はといえば、僕が・・・・・・。」 またモゴモゴと男の子の声が小さくなった。 ハッキリ言わない変な奴だとは理解出来ない表情で頭をかいた。 「ねえ、君も魔法使いなら何かやってみせてよ。」 「な、何で僕が!」 「あなたはあの時はっきりと言ったわ。『僕は魔法使いだ。』―――と。  わたし達はやったのだから、今度はあなたの魔法を見せて?」 間近な距離で男の子を見つめるリリーに、男の子の土色の頬がみるみると赤くなっていく。 渋々といった声ではなく、期待に応えたい思いに溢れた口調で承諾した。 男の子の足元に落ちていた細長い葉っぱを手のひらの上で鳥の形にして、 それをふう、と吹きかけると、命を灯した葉の子鳥が飛び立った。 宙を泳ぐように翼を動かす葉の子鳥は、リリーの手のひらの上に着地した。 口をあんぐりと開いたは我に返って「すごい!」と声を上げた。 夢心地に包まれていた男の子の目がうるさいと語っていた。 リリーは自分の手の中で動く葉の子鳥に夢中である。 「お前・・・・・・。」 「お前じゃなくて、!そういう君の名前は何?」 男の子は教えるべきかと深く考えていたが、 あきらめたように息を吐いた。 「セブルス・スネイプ。」 「セブルスかあ・・・・・・何かカッコよくていいな!」 「お前なんかに言われても、うれしくない。」 「えー、本当のこと言っただけじゃん。」 口をへの字に結ぶの顔はスネイプから見て滑稽に思えた。 同時に、何故自分を見て嫌悪感を抱かないのか不思議でたまらなかった。 「一応、お前には礼を言っておく。」 「結局『お前』呼びかよ!・・・・・・ん?セブルスに礼を言われるようなこと、したっけ?」 「・・・・・・思い当たらないならいい。」 やっぱり名前を教えるんじゃなかったとスネイプはまた深く溜息ついた。 はさっぱり分からないと首を傾げた。 リリーが未だに葉っぱの小鳥と遊ぶ中、取り残された緑色の犬が遠吠えした。