「***、何か、いいことでもあったの?」 「どうして?」 「サルビアから聞いたの。  兄さんが家にいる日でも、稽古以外では笑顔を見せるようになったって。」 「・・・・・・サルビアのおしゃべり。」 ぶすっとぼやくに対し、ジェニファーはニッコリと笑顔を浮かべていた。 「友達ができたんだ。同い年で、最初は女の子達だけだったけど、今は男の子が一人増えた!  しかもね、その内二人が魔法が使えるんだ!」 「まあ!」 ジェニファーは嬉しそうに口元を手に当てた。 「リリーという女の子なんだけど、赤髪と緑色の目がとてもきれいでね、  花を閉じたり開いたり、宙に浮いたりできるんだ。  男の子の方はセブルスって言って、魔法とかその世界について何でも知ってるんだ!  あ、あともう一人いるんだけど・・・・・・。」 「ジェニファー様、そろそろお時間で御座います。」 音もなく現れたサルビアの言葉に、ジェニファーは懐中時計を取り出した。 「あら、もうこんな時間?」 「・・・・・・行っちゃうの?」 「ごめんなさい***、でも、またすぐに会えるわ、約束よ。」 ジェニファーは両手を握りしめるだけでは足りず、をぎゅっと抱きしめた。 「そうだ、ジェニーおばさん。」 「何かしら?」 「これからは僕のこと、って呼んでくれないかな?」 ジェニファーはどういう意味なの?という顔でを見つめ返した。 母が考えてくれた名前を名乗りたいという話を叔母にも明かした。 「そう、リーシャの・・・・・・。」 「もちろん、この事は父さんにも伝えてない。  できるだけ、あいつの支配から逃れたくて・・・・・・。」 ジェニファーは渋い表情で何か言いたげな様子を見せたが、すぐに笑顔を浮かべた。 「わかったわ。あなたがそうして欲しいのなら私もそうする。  でも、忘れないでね。***という名前は兄さんが名付けだけの存在じゃないの。  リーシャの子である名前でもあるんだって。」 「―――うん。」 頷いたに納得の色を見せたジェニファーは、 サルビアと共に正面とは別の玄関へ出て行った。 ジェニファーにも自分の家族がいて、帰るべき家がある。邪魔してはいけない。 は寂しげな目で出て行った扉をずっと見つめていた。 *** 「小さいからまだよかったけど、  やっぱり軽くさせる魔法をかけてもらうべきだったな。」 今日もいつもの場所へ向かうと、 リリーとは違う背中をした女の子が木の陰から何かを窺っていた。 その視線の先には、リリーとスネイプがいる。 何故、声をかけないのか不思議に思った。 「行かないの?」 女の子は驚いて二人から視線を外した。 彼女はペチュニアという名前で、リリーの実の妹だ。 声をかけたのがだと分かってホッと胸を撫で下ろしていた。 「なんだ、あなたなの。びっくりしたじゃない。」 「ごめん、チュニー。それで、ここで何してるの?」 「別に、なんだっていいでしょ。私が何しようたって!」 ペチュニアは金切り声を出したが、肝心の二人はまだ気づいていない。 「二人に用があるんじゃないの?」 「あ、あなた、リリーの隣にいる奴のこと、知ってるの?」 「うん、此間友達になったんだよ。」 はニッコリ笑うが、ペチュニアは更に不機嫌さを増した。 急に黙ったかと思うと肩を強くつかまれた。 「ならお願いがあるわ。  あいつに・・・・・・スネイプに二度とリリーに近づかないでって言ってちょうだい!」 ペチュニアの口から出た言葉に、はぱちぱちと瞬きした。 「どういうこと?」 「スネイプは川の近くのスピナーズ・エンドに住んでるのよ。  あっちから声をかけてきて、私は・・・・・・その子と話しちゃダメって言ってるのに、  リリーは・・・!」 ペチュニアの口調から、 その場所が芳しくない場所だと考えられているのは明らかだった。 だが、聞き慣れない単語に、頭上に疑問符を浮かべたはすぐ聞き返した。 「スピナーズ・エンドって?行ったことあるの?」 「まさか!」 あの場所へ行くなんてどうかしてるといった表情を浮かべた。 「僕もないけどさ、よくない場所に住んでいるからって、  そうだと決めつけるのはまだ早いんじゃないかな?  セブが何を言ったのか知らないけど、  君が知らないだけで本当はいい奴かもしれないよ?」 「そうでしょうね。リリーも、同じことを言ったわ。  そうやって、魔法が使える者同士だけで私を除け者にするんだわ!」 「違うよ!」 ペチュニアは今にも泣き出しそうな顔をくしゃくしゃに歪めた。 この様子だと、どんなに言葉を並べても納得してはくれないだろう。 それにしてもセブルスは一体何をやっているんだろうか。 初対面の時もだが、彼は言いたいことを表に出してるつもりでも、 それがうまく伝えられず、返って空回りしている。 言い方にもあるが、彼の場合、誤解されやすいんだとは思う。 でも、本人に悪気なんてないはずだ。 「ペチュニアに見せたいものがあるんだ。」 「嫌よ!そう言って、マグルだのなんだって、私を笑い者に―――!」 「あ、ちょっとお願いしてもいい?」 突然顔を近づけたに思わずたじろいつつ、「何?」と強気な口調で返した。 「お家にお米に合う食材、あったりしないかな?」 *** 公園の場所から少し離れた川の近くで、達が輪となってかたまっていた。 川で遊ぶにしても、誰も川の水に入っていなかったし、魚を獲る姿もない。 リリー達には見慣れない黒くて小っちゃな土鍋を子供達だけ囲っているという 奇妙な光景だけが広がっていた。 石だけで詰んで囲った簡易なコンロの上に網を引き、更に魔法で出した火にかけ、 蓋をした土鍋からぐつぐつと音が鳴る。 さっきまで罵り合ったスネイプとペチュニアがまるで別人であったかのように無言で鍋を見ていた。 「いつ炊きあがるの?」 「えっとね、始めチョロチョロ、中パッパって言ってたから・・・・・・  あともうちょいだ!」 「本当にできるのか?」 スネイプは一体何の呪文だと言いたげな目線を送った。 「余計なこと言うけど、水の音がなくなって三十分経ったわよ。」 ペチュニアがそう言うと、は手袋つけて蓋を開けた。 その中から焦げ臭いにおいがした瞬間、絶望の表情を浮かべた。 ペチュニアが持ってきてくれた魚の切り身やカット野菜も加えた表面は、 見事に黒く馴染んでいた。 「ごめんチュニー、せっかく持ってきてくれたのに・・・・・・。  皆にお米の味、知ってほしかったのに・・・・・・。」 「だ、大丈夫よ、このくらいで・・・・・・。」 「そうよ、私がわざわざ食材を持ってきたんだから、ちょっとくらい味見させなさいよ。」 は思わず、えっとペチュニアを凝視した。 「でも、殆どが炭みたくなってるからきっと苦いよ?」 「黒い部分を落とせば食べれないことないわよ、ほら!お皿!」 強く言ったペチュニアには慌ててカバンから小さな食器を取り出した。 それは皿ではなく、日本でいう茶碗だ。 一瞬顔をしかめるペチュニアだが、使えるものならと切り替えてしゃもじを掴んだ。 ご丁寧にも、スネイプの分までよそってくれた。 「うっ、やっぱり、苦い・・・・・・。」 「でも深くまで黒くなっていない部分があったわ。  もう少し早かったら軽い焦げ目だけで済んだかもしれない。」 「お前がもっと早く言えばよかったんだ。」 「ふん、あんたには黒い食べ物がよく似合ってるわ。  今度から焦げた食べ物をたーくさん持ってきてあげる。」 「ちょ、ちょっと二人共!」 再び言い争いになった二人に待ったの声をかけた。 その火種は、今度はにかかった。 「第一、何で最後まで魔法を使わなかったんだ?」 「だって、この鍋でおいしいご飯を炊き方をおばさんに教わったから、  やっぱりそれ通りにやらないとダメでしょ?」 「マグルは不便なことしてるんだな・・・・・・。」 「あんたには手間をかけた後の達成感がわからないでしょうね。」 「何だって・・・?」 「ああ、もう〜〜〜!」 「セブ、チュニー!飲み物持ってきたから好きなもの選んで!」 リリーの登場と天使の微笑みというオプション付きで、 二人はピタリと口喧嘩を止めた。 本当に仲が悪いのかはともかく、ギスギスした空気にならずに済んだと深く息を吐いた。