九月一日、十一時にはキングズ・クロス駅に着くはずだった。 ここまで長引いたのも、嫌な父の忠告を聞かなくてはならなかったからだ。 忘れかけていた実の名前をまた呼ばれた。 「いいか、***―――これからお前は一年間ホグワーツで過ごすことになる。  成績が良ければ卒業する七年間ずっとだ・・・・・・だが用心するのは授業態度だけではない。  『性別転換薬』を飲用するのだけは忘れるな。  決して自分の素性を他の生徒共に明かしてはならん、余計な血を流すこともだ!」 「はい、父さん。」 血を流すなとはどういう意味だろうか。 だがそんなことよりも早く父から離れたい一心で、早く終われと心に訴えた。 「ダンブルドアに男装の件について聞かれたら家の事情だと伝えておけ。  くれぐれも私の見えない場所で事だけは起こすなよ。  特に在学中のマルフォイ家とブラック家の人間には口を慎め。」 「はい、父さん。」 ブルーパウダーを使い、やっと目の前から父の姿が消えて解放された気分に浸った。 ロンドンを通り、キングズ・クロス駅まで着くと、 両親と一緒にペチュニアが歩いてるのを見た。 この時間だと既にホグワーツ特急は出発しているはずだ。 が石のように固まった顔で突っ立っていると、ペチュニアがひどく驚いた顔で凝視した。 何か言いたそうに視線が忙しく泳ぐも、ペチュニアは顔を強張ったまま両親の後を追いかけて行った。 「坊ちゃま、此方です。」 少し苛ついた使用人の声で我に返った。 そうだ、自分はこの柵を通らなければならない。 チラッと後ろを向いたが、ペチュニアは二度と振り替えなかった。 九番線と十番線の間の柵を通り抜けた瞬間、 完全に普通の人間の世界を切り捨てたように感じられた。 プラットホームには人影がほとんどなく、汽車もないため線路だけが露わになっていた。 代わりにぽつんと、孔雀のような巨大な鳥が翼を伸ばして誰かを待っていた。 「おう、来たか来たか。」 大柄な年老いた男が大股でこちらにやって来た。 上下の服の色合いがまったく合っていない不格好をしているが、 を見下ろす目は、生きていた母と同じくらい優しかった。 「ダンブルドアが言っていたロードヴァリウスかな?」 「そ、そうです。」 「そう畏まらんでもいい。私はしがない案内役だ。  君はこの子に乗るのは初めてかな?」 「えっ、乗れるんですか!?」 目をキラキラと輝かすはその鳥の側に寄った。 厳つい顔から茶色の目がギョロリとを映す。 翼を優しく撫でたり、鮮やかな羽根を見つめるをしばし見つめていたが、 勝手にやってくれといった表情で、すぐに視線を前方に戻した。 「こりゃあ、たまげた・・・・・・初めて会った奴は大人でもビビっちまうだがなあ。」 「どうして?こんなに綺麗な鳥、今まで見たことないよ!」 幼い頃忘れかけていた、動物と触れ合うことの素晴らしさ。 その感情が今解き放たれたかのように心がぽかぽかと温かくなっていくのを感じた。 男は驚きながらも、懐かしいものを見るかのように何度も頷いていた。 「君はお母さん似だな。そういう所はリーシャとそっくりだ。」 「母さんをご存知なんですか?」 「おお、ホグワーツにいる間、よく私の所へ遊びに来たよ。  話は乗りながら話そう。」 男は杖を軽く振ると、の大荷物をまとめて凝縮して小さなボール状にした。 男はそれをポケットにしまい込み、鳥の首元に身を乗り上げた。 軽く体を叩いてやると、恐ろしい声を上げて大きな翼を広げた。 ホームから離れ、巨大な鳥は悠々と宙を飛びながらそびえ立つ城を目指した。 はもう一度駅の方を見た。駅が・・・街があんなにも小さくなっている。 飛びだって数分も経たず、ホグワーツ特急に追いついた。 この汽車に、二人が乗っているんだ。 自分が上空にいるんだと知ったら、どんな反応をするのだろう。 そして汽車の上を飛び越え、楽しかった空の移動は城の外に到着したことで終わりを告げた。 興奮した様子で、の頬が紅潮していた。 「ありがとう、オンスロットさん。」 「この先にミネルバ・マクゴナガル先生がいらっしゃるはずだ。  その人について行けばいい。よい一年を過ごしてくれ。」 肩を軽く叩いて微笑むオンスロットに、はうんと大きく頷いた。 「またね、カエルレウス。」 はその巨大な鳥に向かって手を振って、大理石の階段を二段ずつ飛ばしていった。 一人になったオンスロットは静かに目を大きく見開いた。 「カエルレウス・・・・・・?」 にその鳥の愛称を伝えていなかったはずだと、驚きを隠せなかった。 その真実が分からぬまま、カエルレウスはが去っていった城へ向かってひと声鳴いた。 *** 「はるばる遠くからご苦労じゃった。カエルレウスの飛行移動はどうだったかな?」 「とても素晴らしかったです!  ずっと空の旅を堪能したかった・・・・・・ここにはたくさんの魔法生物がいると聞きました!」 「まあまあ、落ち着きなさい。元気で結構じゃ。」 案内された校長室の中を見渡しつつ、 興奮気味に喋るを見てダンブルドア校長は満足気に笑った。 「さて、家の事情を一通り読ませてもらった。  君が女性であることを隠し、男と装って過ごす件について深く言及はしない。  じゃが一つ、聞かせてくれぬか?」 一間置いて、はゆっくり頷いた。 「親は子に教育を受けさせる義務がある。じゃが、度を超えすぎると返って悪くさせてしまう。  君は性を偽ってまで、ここで過ごしたいかね?」 ダンブルドアのブルーの瞳がじっと、を見つめた。 何でもお見通しじゃないのかと疑いもなく、何故かそう思った。 この人には打ち解けてもいいかもしれない・・・・・・。 「僕は、小さい頃から男として生きろと薬を使ってまで、この姿で生きてきました。  あの人の言いなりになるのは、もうたくさんです。でも僕には父を言い返せる程の力がない。  だからここで、性別は男のままで学力を身につけたい、強くなりたい・・・・・・!  そこで一つ、仕返しとして、ダンブルドアにお願いしたいのです。ダメでしたら構いません。」 「いいや、親に反抗するのは大いに結構!それも大人への第一歩じゃ。  許容範囲内なら、君のその熱意に協力しよう。」 ダンブルドアが微笑むと、周りが一層キラキラと輝いたように見えた。 「それで、君はどの寮を選ぶか決めたのかな?」