から大まかな話を聞くと、今は1999年で、ここは日本のM県S市にある杜王町というらしい。
あの闘いから僅かな時間しか経っていないとばかり思いこんでいた自分に叩きつけられた現実。
あの忌々しいジョースター家・・・・・・空条承太郎やジョセフもやはり健在だった。
が今でも山岸家に居候しているのは致命傷で倒れていたところを救われ、
少しでも多く恩を返したいのだという。ジョナサンに似て吐き気のするお人好しぶりだ。
だが、その致命傷を受けた箇所は、エジプトで互いに一撃を決めたものと一致する。
そうなると彼女はあの致命傷を負いつつも、また何らかの力でこの時代に引き寄せられたのだろう。
ならば自分はどうなのか?まさかこの女に・・・・・・このDIOが引き寄せられたというのか?
私の力ゆえか、それとも、死に少しでも抗おうと自己防衛として記憶を失ったのか・・・・・・。
あらゆる想定を脳内で組み込んでも明確な答えは出ない。あの女が下らない嘘をつくとも思えない。
ならばこのDIOが直々に思い出させてやると、百年前に出会った頃から順に話してやった。
あろうことか、この小娘はまったく聞く耳を持たない。
記憶がないというだけで、人はここまで変わるのか。忘れかけていた『虚しい』という感情がわく。
そんな中、見たこともない男が何事もなかったかのようにの前に空いている椅子に座った。
知っている口ぶりから仲間の一人かと思うが、彼女の様子を盗み見ると苦々しく頬を引きつらせている。
苦手な分類か。冷やかしの言葉を向けたが、うるさいと言わんばかりに無視された。
それだけでなく自分の許可なしに、直接的にではないが、このDIOについて筆跡を始めた。
この女、私があれほど説明したというのにまだ信じないというのか!
・・・・・・いや、昨晩顔を合わせた時から話がかみ合ってなかったな。信用できないのはお互い様だ。
だが、少しまずいことになった。岸辺露伴という男、下手をすれば厄介な敵になるかもしれん。
しかも承太郎と面識がある。奴は今アメリカにいるが、スタンド使い―――
自分が関わっていると分かればすぐさま飛んでくるだろう。
に自分のことを安易に伝えるべきではなかった。一刻も早くこの場から離れなければならない。
***
カフェ ドゥ・マゴを出てどのくらい経ったのか。ボヨヨン岬が見える海岸沿いまで歩かされた。
疲れを知らない目の前に浮かぶ幽霊が恨めしい。
くるりと振り返り、彼の顔にある鋭い眼光で、恨めしさなど何処かへ消えた。
一人で長々と喋っていた雰囲気と、まったく違う。ゴクリ・・・と冷や汗が浮かぶ。
『話があると言ったな・・・あの岸辺露伴という男が言ったことについてだ。』
「・・・『それなら』『私も聞きたいことがある』」
『そうか。ではレディーファーストだ。』
意外にも私から先に質問を促した。ならお言葉に甘えよう。
「『DIOは十年も前に』『承太郎さんと闘って』『敗北した』『それは間違いない?』」
『・・・あちら側からすればそうであろうな。』
また、DIOの表情が無となった。自分の話次第では、まずいかもしれない。
緊張が走る中、話を続けた。
「『露伴先生の話を聞いて思ったことがあるんだ』・・・『スタンド使いの被害者と奴に加担する者』
『貴方の場合は』『闘いの首謀者』『だが命を散らしたのはここではない』『エジプト』―――
『散ったはずの魂が何故ここに辿りつくのかわからない』」
DIOを見た。無表情であるのは変わらずだが、じっと私の目を見つめ返していた。
『ああ・・・・・・オレもそれについて気になっていた。』
彼の口から静かに出た声は、とても落ち着いていた。
『おまえは承太郎やジョセフから話は聞いてるだろう。
百年前、五十年前と時代を転々と移動していたことを。
その因果関係は―――私と出会った時からではないかと一つ仮定している。』
「『因果』・・・・・・。」
『そうだ、覚えていなくても、心のどこかで感じているはずだ。
私が吸血鬼になり、おまえは波紋戦士に・・・・・・あの時はただの邪魔者としか認識していなかったが、
ジョースター一行と同行してきた貴様を―――初めて宿敵として見た。
承太郎に敗れたのならば、何故私は奴のところではなく、おまえの近くにいた?』
私はすぐに答えられなかった。
承太郎さんたちがあれだけ話してくれたのに、自分の記憶の変化に掠りもしなかった。
けれど、何も変化しないというわけじゃない。
彼らの顔を見て、懐かしさや色んな出来事を共に体験したと思い立たせるような感情が沸き立つ。
記憶が思い出せなくても、彼らとの絆は本当にあるんだと思った同時に、
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
けれど、目の前にいる男はどうなのか・・・?
半々聞き流していたDIOの話は、とても気分のいいものではなかった。
喋っていた本人にこれっぽちも善意なんてものを感じなかった。
最初に会った時、嫌だとこれほど感じたのは、今までにない。
今言えることは―――記憶が戻っても戻らなくても、この男とは一生分かり合えない。
三日目
昨日、いつでもスタンドで迎えうつ気でいたが、
DIOはどこか遠くを見て、そうかと呟いた瞬間姿を消した。
周囲の音を探ったが、拾えたのはさざ波と魚が一匹跳ねた音くらいだった。
一体何がしたかったのか。
けど、既に倒されたはずのDIOの魂が現代によみがえったのなら、野放しにはできない。
今は何もできない状態だが、いつ、能力が使えるようになるか時間の問題だ。
DIOの能力、亡き殺人鬼よりも厄介じゃないのか!
DIOが現れた原因を隈なく探した。些細な事でもいい。
周りに頼れる者はいない今、自分ができることをしなければ―――。
『何故一人なのだ。』
噂をすれば何とやらだ。山岸家には私一人しかいないというのに一度も襲って来なかった。
何でよりによって人のいる図書館にやって来るんだ。
遠くから夏休みの宿題のためにやってきた小学生の笑い声とそれを叱る大人の声がこだまする。
幽霊がここにいると知ったら大騒ぎものだろう。そばに置いてある手帳を開いて、ペンを滑らせる。
≪見ての通り、何であんたがここに現れたのか。その原因を探ってる。≫
『それで過去の事件だけでなく心霊現象ものにも手を出してるのか。
心霊と一緒にされるとは心外だな。』
≪だって今、幽霊じゃない。≫
『そこいらの亡霊共と一緒にするな。オレは世界の頂点に立つ帝王―――。』
「『黙れ!』『おまえはただの人殺しだッ!』」
しん・・・と静まり返った室内に我に返った。周囲にいる人達は何だ誰だのとざわつく。
DIOは鼻についた笑いを漏らす。
『人殺しか・・・・・・記憶は戻っていない割に、まるで全て知っているような口ぶりだな。』
私は何も言わず、ギロリと睨んだ。すぐ近くに人がいなくてよかった。
≪あんたの悪行は承太郎さん達から聞いた。
知らないと思うけど、おまえが生きてても死んでも悪影響を受けた人達がいる。
一人は生死を彷徨い、一人は人でなくなった。
記憶がなくても、少なくてもおまえはいい人じゃないってわかるよ。≫
『まったくもって無礼極まりない―――だが善人ではないのは同意する。
だが、聞きたいのはそうではない。何故に、仲間に応援を呼ばない?』
その言葉が突き刺さり、ペンの勢いが止まった。
『いくら記憶喪失とはいえ、貴様に加担する仲間は多くいる。SPW財団もだ。
おまえの無事を聞いて喜ばぬ者はおるまい。特にジョースター家は、真っ先におまえの元へ来たはずだ。
一体、何を戸惑う必要がある?何を恐怖しているのだ?』
何故、こんなにもコイツに嫌悪するのが今、身をもって理解した。
自分が隠していることを、皆には知られたくない心を、この男は目ざとく見つけて曝そうとする。
コイツは他人の弱みを見抜くのが得意なのだろう。
誰にも打ち明けたことがないのに・・・・・・何故よりによってこの男なんかに―――!
≪今夜0時、S市内外れの廃棄所に来い。そこで待つ。≫
書き殴ったそれを切り取って、ペイッと捨てるように投げた。
DIOは目で追うだけで、フンと鼻で笑った。
『いいだろう、誘いを受けるのは最初で最後だ、』
音もなく姿を消し、やっと怒りが静まった。
何故、このタイミングこんな案を浮かんだのか。
成功するかどうかすらわからないのに、自分は何をしているんだろう・・・・・・。
でも彼に向けたあの怒りは、単に許せないと沸いたからではない。
心のどこかで、奴がして来たことを絶対許してはならないと訴えていたのを感じたから。
私はスタンドで致命傷を、DIOもスタンドで負った―――全てスタンド絡みであるなら、
思い浮かぶ方法は、これしかない。
2017/08/15