「もう7時半よ!遅刻しても知らないよ!」 怒りの混じった母の声に2秒もかからず飛び起きた。嗚呼、やばい! 簡素な顔洗いを済ませ、パジャマを放って制服に着替える。 ブレザーを羽織ると私はすぐさまポケットの中身を取り出す。 最近買ったアンティーク調の懐中時計だ。うん、ちゃんとあった―――うげっ。 「もう時間がない!」 家を飛び出し全速力で学校の正門をくぐり抜けると、すかさず時計を確認。8時25分。 うん、8時30分になる前に間に合ったぞ。 しかし交通渋滞の影響で『担任の先生の登場はもう暫くだ。』という報せにドッと疲れが出た。 しかもお弁当を入れ忘れてしまった。嗚呼、最悪だ! 購買の弁当用の封筒の中身も見てみたが、都合よくお金が入っている訳がなかった。 悲しい現状に涙が込み上げて来た。朝からついてないわ自分・・・。 *** HRは別の先生がやり、それ以降はいつも通りの授業だ。 普段は話を聞きながらノートを取っているが、 特に退屈な科目だけは見えないようノートの隅に絵(と言う名のラクガキ)を描いている。 それが当たり前のように定着してしまい、気が付けば絵に集中しすぎて授業が終わっていたのだ。 うぅ・・・またやってしまった。でも今は休み時間だし、いいよね?なんて。 「今日どうする?」 「新しくできたあの店とか―――。」 「(・・・私が話す機会が少なくなったのは、いつだったんだっけ・・・)」 昔はどうだったのか覚えていないが、私は話すのが苦手だ。 視野の範囲が狭すぎるが故、今時の女子の会話に入れない。 かと言ってゲーム関連に敏感な男子に話しかけるというのも勇気がいる。 そんな気持ちの壁に立ち尽くしたまま、時は過ぎていく一方。このままではいけない。 頭ではわかっていても、いざとなると実行できない。内向的な人間というのはまさに私だ。 高校に入るまで、それ(・・)を克服することは出来るんだろうか。 *** 昼間に入り、4月であるのに関わらず夏と思われる程の蒸し暑さが教室の全体を包んだ。窓は開けてある。 だが一向に風が吹いて来ないんじゃあ無意味だ。今日は朝食はおろか、水しか飲んでいない。 嗚呼、扇風機回してほしい・・・。(『嗚呼』ってこれで何回目になるんだろ?) 文章を音読する先生の声をBGMに、もう何人かは机にうつ伏せていた。冷たくて気持ちいいんだろうな。 だけど私にそんな勇気は―――・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ ・・・・・・ ・・・はっ。あれ?何か白いぞ? 確か教室にいたはず・・・・・・・・・というか痛い。後からじわじわと痛みが伝わって来る。どこから?いつ? 「・・・い、これ・・・れ・・・して・・・!」 「・・・く!先・・・が・・・て・・・!!」 全部ではないが、ほとんどが途切れながら発している。周りはかなりざわついているようだ。 ・・・ん?これは・・・床?私はいつ時計を床に置いたんだ?(・・・・・・・・・・・) 「・・・!ね・・・大、じょ・・・夫?」 近くから女子の声を聞いてようやく気付いた。私・・・椅子から倒れたみたいだ。 (ちゃんと机が立っていたのを見たし) しかも頭を思いっきりぶつけたらしく、地味に痛い。状況をより詳しく把握しようと目を動かす。 僅かに自分の手が小刻みに震えていた。・・・これはやばいんじゃあないか?あ・・・また視界が白くなって来る。 せめてあの時計は―――手を伸ばした同時にフタが開いたその奥から刻まれているウサギの赤い目が バッチリと合った。 あ・・・ウサギさん・・・・・・・・・。