「け・・・警部の頭が・・・!」
「な・・・・・・なんだこいつはァ―――ッ。生き返っているッ!」
「何故だ!?あんなに弾丸をくらったのにッ!」
「気をつけろ!なにか武器を持ってるにちがいない!」
頭部を切られたグロテスクな光景よりも、
生きていられるはずのない弾丸を浴びたディオが平然と歩いていることに視線を奪われていた。
「ディオ!止まれッ!」
銃口を向けられているのに関わらず、ディオは歩くのを止めない。
奴の両目が不気味に音を立てた時、しびれを切らしたスピードワゴンさんがディオの額を撃ち抜いた。
だが撃たれた穴から血を流しながら未だ歩き続ける。何でまだ歩けるの?どうして生きていられるんだ?
まさか・・・そんな、マンガのようなことがあるはずが―――。
「ジョジョ!おれはこんなにすばらしい力を手にいれたぞ!石仮面からッ!!おまえの父親の血からッ!!」
飛び上がって何をするのかと思いきや、警官の帽子を突き破って何かを吸い取り始めた。
「UUURRRRYYY!!」
猛々しく叫ぶその凶暴な咆哮に、もはや人の名残はなかった。
恐怖で立ちすくむ私は警官達が惨殺されるのをただ見ているしかできなかった。
「KUAAA・・・。」
震えるジョナサンから視線を私に移す。異常に赤く光る瞳が生前時よりいっそう恐怖させた。
私も殺されるのか・・・!?逃げたいけど足がッ・・・動かないッ!
「大丈夫だよ、。」
「―――!!」
「ディオ、君をこの世にいさせちゃあいけない!ぼくの責任だ・・・かたをつける!」
さっきまで私と同じように恐怖で動かなかったはずのジョナサンは、
私を庇うように槍を持って天井に張り付くディオと対峙する。
『責任感』と『受け継いだ意志』が彼を引き立てていた。
「し、死体がッ!!」
スピードワゴンさんの声に目を凝らすと、真っ先に血を吸われた警官が異様な姿で彼に迫っていた。
それは『ゾンビ』に遥かに近い。
「ぬおおおおおおっ!」
ジョナサンは槍でパン、と首を潰した。噴き出す黒く混じった血。
ゾンビ映画なんてもはや見慣れてしまったが、フィクションとは違うこの生々しさ。
『本当に存在している』というリアルに、吐き気を覚えた。二度と観れなくなったらどうしよう・・・。
「あぶなァ―――い!」
「KUWAAAAA!!」
上から襲ってくるディオを、ジョナサンは槍を向ける。だがそれを掌で串刺しにして止める。
気付けば撃たれたはずの傷が完全に治癒していた。
「貧弱!貧弱ゥ!」
掌で串刺しにしたまま太い鉄槍をいとも簡単に折り曲げた。
その槍が肩に突き刺さったが、ディオがこちらに背を向けている隙にジョナサンは私達を連れて隠れる。
「言ったろうジョジョお!策を弄すれば弄するほど、人間には限界があるのだよ。
無駄な悪あがきはよせよなァ・・・・・・。カーテンの影で怖がってないで出てこいよォ。」
人間を超越したディオにすぐ見つかるのは予想の内だ。
更に的中するようにディオがカーテンをめくった瞬間、燃え広がる炎が奴を覆った。
「『策』ではないッ!『勇気』だ!!」
炎に包まれはしたが、そう簡単にいかないのが現状である。
「この火では倒せないッ!!」
ジョナサンが言い放った言葉に、悪い予感が脳裏に浮かぶ。
―――この邸は・・・全焼するッ!!
「逃げろ・・・・・・・・・・・・!スピードワゴン。君はもともと無関係の人間だ!」
スピードワゴンさんを突き放すと、既に燃え上がったイスをディオが投げ飛ばす。
それを壁に飾ってあった剣で破壊したジョナサンは何故か上へ飛び移る。
「あがって来るんだ!ディオ!!」
もはや機能を持たない上着を破り捨てた奴の体は火傷を負いながらも全く平然としている。
「ディオ!君を!君とその力を!世の中に放つわけにはいかない!!」
「ジョースターさんッ、だめだッ!!」
周りが熱くて汗を拭うと上の階にいるジョナサンと目が合った。
「(早く逃げるんだ!!)」
彼の瞳がそう訴えているようだった。
スピードワゴンさんが止めようとする中、邪魔を阻むように炎の壁が立ち上がる。
「(・・・結局私は・・・・・・・・・守られているばかりだ)」
暑苦しさも忘れ、行き場のないもどかしさに拳を握り締める。
「仲間から注意をそらすため、おれを誘っているのか・・・よかろう。」
バゴッと音がするな、と見ればディオが重力を無視して壁に足を突っ込みながら歩き出していた。
「おい!行くぜ嬢ちゃんッ!」
負傷しているのに関わらず、私を押して邸から出るよう急き立てるスピードワゴンさんに意識が向かう。
「この火傷おまえの生命を吸い取って治した後―――はおれが引き取ろう。」
木がしなる音と同時に燃える音が交わりながら轟く。前方がほとんど火が広がって壁が見えない
・・・・・・・・・誰か何か言った・・・?さっきディオがいた方から視線を感じたけど気のせいかな・・・。
「(あっ―――)」
大事なものを忘れていた。
あの女性が貸してくれた傘がまだ部屋にあるッ―――!!
「おっ、おいあんた、どこ行く気だ!?邸の中はもう火が広まってンだぞ!?」
そんなこと分かってるッ!でも、あれを取り戻さなきゃ―――私は一生後悔する。
「・・・あんたがここで過ごした思い出があるんだろうが・・・
今ここで誤ればジョースターさんの父親の『意志』を踏みにじることになるんだぞッ!!」
―――ジョージさんの意志・・・。
自らを犠牲にしてまで息子を守り、その息子が彼の意志を受け継ぎ、
私達から今ディオの魔の手を遠ざけようと戦っている。
救われた生命が消えれば・・・彼はどうなるか。
「行こう・・・おれ達がいても足手まといにしかならねえ。」
ジョナサンを助けたがっていたスピードワゴンさんが若干悔し気に、眉間にしわを寄せている。
彼は気持ちをわかった上で言っているんだ。
「よし、行くぞ・・・!」
再び私の背中に手を回して出口を急ぐ。頭上から苦痛の声が後を絶たない。
腕の血の量が酷い・・・。このケガがなかったらどんなにいいか。
「(ん・・・?)」
そういえばさっきからミシミシと上から聞こえる・・・。
「悪い予感よ、外れてくれ!!」バッと上を見た時には予想通り、
天井の一部が崩れてスピードワゴンさんに目掛けて落下していく。
「(スピードワゴンさん危ない!!)」
「うげぇッ!!?」
心の中で何度も謝りながら彼の背中を思いっきり押した。その瞬間バチッ―――と小さな電流が流れる。
「(痛っ・・・静電気!?)」なんて思ってる場合じゃなかった。
一呼吸して落ちてくるガレキから逃れようと床を蹴った瞬間、まるで脱兎の如く大きく跳ねた―――が。
「(スピードワゴンさんと大して変わらなぃぃいいい!!!)」
先程私が彼を窓に向かって押し出したのと同様に、別の窓へダイブするハメになった。
地味に痛かったが、雨で湿っている芝生のおかげで何とか大事には至らなかったようだ。
仰向けになっているため、目線は自然に空の方に移る。
「(あの空・・・あの時もそうだった・・・)」
優しかったあの女性・・・。もうあの傘を返すことはできなくなってしまった・・・。
「(ジョナサン・・・)」
邸が完全燃え上がってどのくらい経ったのだろう。
ディオは?スピードワゴンさんも心配だ。
―――ガアシャアァッ
『ジョースター・・・・・・・・・さん・・・・・・。』
「っ・・・!」
『生きている!』『生きているぞッ!』この喜びに震える声に、間違いなさそうだ。
「(二人共、無事だったんだ・・・)」
もう一度空を見上げると黒く曇っていた雨雲はなくなり、星が点々と輝いていた。
安堵した私は一気にわき出た疲労感と共に芝生の上に転がった。