意識が少し戻って来てる中、私は誰かに抱き抱えられているのを感じて、うっすらと目を開ける。
自分の胸元と足が見える。どうやらまた横抱きで運ばれているようだ。この手は古典の先生のだろうか?
結構ゴツイ。私がぶっ倒れて先生に所謂お姫様抱っこの形で保健室に運ばれるのを思い出す。
あの時もこんな感じだったのかな?
「大丈・・・だよ。すぐ・・・から・・・。」
頭上から何故か英語のような言語で私に掛けられる。
あれ?古典の先生の声ってこんな若々しかったっけ・・・?
顔を確かめようとしたが、先程頭を打った痛みが電流のように走る。
それに抵抗できず、目頭に涙を浮かべながら再び視界は暗転した。
***
痛みが引いて来たおかげか、十分に睡眠を取ったせいか、意識が浮上して来た。
抱き抱えられたあの温かみはなく、変わりにフカフカとした心地良い感触があった。
保健室のベッドってそんなイメージないんだけどな。
と、思っていたが目を開けると保健室とは程遠い豪華な室内でした。
・・・・・・・・・どこ?
どう考えても病院の中とも思えないし、「だったら何故ここに?」という新たな疑問が生まれる。
若干フラついたが、ベッドから下りて室内を見渡す。ベッドの隣りには花瓶に可愛らしい花が一輪。
窓から見える景色はほぼ緑に面していて、ぽつぽつと建っている家はどこか古めかしい構造だ。
どこからどう見ても私の知っている土地ではない。一体何なんだと凝視しているとドアがノックされる。
その音に反射的に振り返ると、ちょうどその人と目が合った。看護婦さん・・・ではなくメイドだった。
(服装からしてオタク文化のものではない)
しかも顔付きや瞳まで外国人そのものだ。(しかも美人!)
一瞬お互いに動かなくなったが、その女性はパアッと優しい笑みを浮かべる。
「よかった、目が覚めたのですね。」
「・・・!?」
「旦那様をお呼び致しますので少々お待ち下さい。」
私が何かを言う前にドアを閉めた。彼女が口にしていたのは英語だ。
正直『待つ』という単語しか、わからなかった。
何せ悲しいくらい簡単な英会話(主に中1の教科書の始めに載っている文章)しか言えないのだ。
再びノックされ、思わず肩が震えた。「失礼するよ。」
(これくらい流石にわかる)年のあるダンディーな声だ。
しかもこの人まで外人で英語を話している・・・!
どうしよう・・・伝わる以前にこの男の人の言葉を理解できるかどうか・・・。
「大丈夫かい?体の調子は如何かな?」
『大丈夫か』の後は恐らく、話の流れを考えれば『具合はどう?』と聞いてるんじゃないかと私は口を開く。
はい、大丈夫です―――
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・え?
あれっ・・・!?
「・・・?君・・・。」
言おうとしているのに自分の言葉が、声が出ない。
何度も繰り返しても無に終わり、緊迫とした空気に包まれる。
何で・・・?どうして・・・どうしてなの!?
「声が・・・出ないのかい?」
男性の表情から見て『声が出ないのか?』と悟り、手を震わせながら頷いた。
すると彼は何を思ったのか近くにあった机に向かって何かをし始めた。信じられる訳がない。
私だって倒れる前まではちゃんと声が出ていたのにこの有り様なのだから。
浮かない顔して俯いていると視界にキレイな白い用紙と万年筆を手渡しされるのが映る。
おそるおそるその人の顔色を伺うと「それで自分の言いたいことを書いてごらん。」
眩しいくらいに微笑むかのように見えた。私は動揺しながらも、何とかペンを動かす。
自分が授業中気を失って倒れ込んだこと、そしてこの家に運ばれるまでのこと、声が出ないこと―――
脳内でとにかく覚えている単語をかき回しながら文につなげる。
ただ伝わるかどうか不安だらけだったが、この状況をしてみれば一々考える余裕なんてない。
英語で埋め尽くされたメモを渡す。後々から考えてみればその次が恐い。
どういう反応するのか、とにかく恐かった。
『声』さえ出ていれば、そんな思いするはずないのに・・・そっと、喉元を押さえた。
その時、何かが私を包み込んだ。
「辛かったんだね。わたしでよければ、胸を貸すよ。」
この男性がそっと、静かに私を抱きしめているのだ。
私は彼の言ってることは残念ながらよくわからなかったが、
その想いが通じたのか、私は思いっきり泣いた。
声を上げているはずなのに声が聞こえない。泣きむせる声までしない。
あまりの静けさで泣く私に対し、男性は嫌な顔せず、背中を擦ってくれた。
こんな優しい人が今までにいただろうか。何故私がここにいるのか、ここが一体どこなのか・・・。
それを知るには、そう長くは掛からなかった。