1889年、2月2日。
ジョナサンとエリナさんが結婚した、という記事が載っている新聞が出回っている頃―――
その当日二人がアメリカまで新婚旅行の豪華客船に乗っていた。
もうすぐ出航だとだと言うのにスピードワゴンさん遅いな。
「あ・・・来たよ!」
ポコの声に反応して振り向くと、その本人が息を切らしながら走って来た。
ちょうどその時ジョナサンら夫婦が顔を出して、手を振ってくれる。
なんておめでたい日だ。長旅の間、留守はしっかり守っておかなくちゃ。
「(―――ッ!?)」
一瞬だった。本当にそのわずかな間、嫌な気を感じた。
そう、それは―――・・・。
「!船が出るぞッ!」
バシッと背中を軽く叩かれ、(一応本人は手加減してくれたみたいだが)
我に返った私は二人の姿を目に焼き付けた。
こんな幸せな時に限って・・・そんなことがある訳がない。
「(気のせいだ・・・。そうに違いない)」
そう思いたい・・・。けれど二人が乗った船が遠ざかっていくのを見て、嫌な胸騒ぎがしてならなかった。
***
ジョナサンが死んだ。
二人が出かけて4日か6日後に、その報せが届いたのだ。
その後、見知らぬ赤子を抱えるエリナさんがジョースター邸に帰って来た。
私を見るなり、弱々しい声を出す。
「・・・・・・わたし・・・わたしっ・・・。」
私の腕の中で泣き崩れるエリナさん。
私はその事実を受けとめられず、困惑した状態で彼女を抱きしめた。
彼らが愛を確め合う中、突如現れたのは頭部だけに成り果てたディオ―――。
奴の卑劣な策で船を爆破せざるにおえない状況だったと言う。
「これ・・・・・・ジョナサンが・・・あなたに・・・・・・。」
震える手で何かが入った小箱を手渡される。
それは意外にも、ジョージさんが修理の依頼を出したと言っていた、私の懐中時計だった。
予想通り、止まった針が動くことはなかったが、亀裂の入っていたガラスは取り除かれ、
新しいものに変わっている。だがそれを手にして今、うれしいと言う感情が湧かなかった。
ジョナサンの死が、それだけ大きなことだと思い知らされていた。
***
エリナさんの希望でジョナサンの葬儀が行われることになった。
スピードワゴンさんを始め、多くの人達が立ち会う。
ほとんどの人がすすり泣く中、私の目から一粒も溢れず、ただエリナさんに付き添うだけ。
いつの間にか終わっていて、私はベッドで横になっても悲しみからか、死んだように表情がなかった。
死んだ魚のような目には何も映らない。呼吸音が響く寝室。時だけが過ぎていく一方でなかなか眠れない。
そんな静寂を破るようにカサコソと何かがうごめく。暗闇に動く影が私と目が合う(ような気がした)。
「ワン!」
犬・・・?どうやって、いつの間に中へ・・・?
そう考える暇もなくその影は部屋を飛び出し、私もつられてベッドから出た。
姿を追っていくと何故か森にたどり着いた。普通の状態であれば引き返す所なのだが、
今の私の脳内に『警戒心』の三文字はない。時折私が見失わないよう振り返っては止まる。
そんな利口な犬は一体私をどこへ導くのだろう。
深く深く、森の奥を進むと圧迫感から解放された原っぱが広がる。
気がつくと、さっきの犬が何処か消えていた。
ザアッ―――
風が草原を一撫でした時、後ろに誰かがいるのを悟る。
ゆっくり振り返ると、195cmもあるであろう長身の影が立っていた。遠くて顔がよく見えない。
伺おうとする私を気遣ってあちらから近づいて来た。雲に隠れていた月が現れた時、目を疑った。
ダークブルーの髪に蒼い瞳。忘れるはずもない優しい顔。
「(彼だ・・・!本物だ・・・!)」
うれしさの余り駆け寄るも、それを制止される。何で・・・?どうしたの?
戸惑う私に悲しげに笑みを浮かべるも、懐から鉄箱を取り出して、
その中身を私に手渡すと同時に耳元に彼の口が動く。
「―――。」
「(!!?―――・・・)」
突風が私の側を通りすぎたのを悟って、目元を防いだ手を下ろした。
既に彼の姿はないが、手元にはしっかりと渡された物が残っていた。
囁かれた言葉に胸の奥が震える。
「(・・・ジョナ・・・ッ!)」
私は走った。彼の魂を安らかに導くために作ったあの場所へ―――。