「―――え・・・てる?」 「ねえ、そんなところに寝ちゃカゼ引くよ。」 「ううん・・・・・・もうちょっと寝かせて・・・。」 「はあ・・・困ったな・・・・・・ってダニー!」 「っ・・・う、わっ!!」 顔をなめられた感触に飛び起きた。私の顔をなめたのは近くにいるこのワンちゃんだよね? そしてその飼い主であろう年上のお兄ちゃんがおどおどして私を見る。 「ご、ごめんよ!悪気はなかったんだ・・・!」 「へっ・・・!?何々!?何言ってるのかわかんないよー!」 「うーん・・・東洋の言葉かな?何て言ってるのかさっぱりだ。」 お互い違う言葉の壁に当たって困惑するばかり。親もいない孤独感に、 私が泣きそうな顔をするとさっきの犬が「泣かないで。」と舐めてくれた。 くすぐったいけれど、それが何だかうれしくて笑顔になった。 さっきまで困った顔をしていたお兄ちゃんもホッとして笑顔を浮かべた。 「そうだ、まず名前言わなきゃね。ぼくはジョナサン。ジョナサン・ジョースター。」 「ジョ?ジョ・・・ジョナスター?」 「ジョナサンだよ。」 「ジョ、ナ?」 「ジョ・ナ・サ・ン。」 「ジョ、ナ・・・・・・・・・ジョナ!」 「うーん、そんなに変わってないけど・・・いいか。」 「ジョナー!」 私が大きく動かせない口でそう呼ぶと、彼も応えるように微笑む。 そこで私はようやくビーチサンダルが流されたことに気づき、 「川は!?」、「というよりここどこ!?」と再び慌てた。 「落ち着いて!」冷や汗を流しつつ、「何があったの?」と探る。 片方だけ素足で草がチクチク当たって痛がっていると、 何か悟ったお兄ちゃんは「それ(・・)を失くしたの?」と片っぽだけのビーチサンダルを指す。 「私のビーチサンダル!これっ・・・この片っぽがないの!」 残りのを脱いで彼の前に見せる。私の顔を見て「探すの手伝うよ。」手をつないで歩くのを誘った。 この時何を言ってるのかわからなかったけど、きっと探すのを手伝ってくれるのだと期待した。 「・・・見つからないね・・・。」 私の表情に合わせるように、そんな暗い口調だった。もう夕日が出ている。 早くしないと親に怒られちゃうし・・・でもどっちみち、しかられると思うけど・・・。 すると前方に歩いていたお兄ちゃんが突然止まる。「君はここで待ってて!」様子からして何か 見つけたようだ。 「え・・・?」 私達ではない別の方からガサッと音がした。遠い方からだけど、しげみの中に何かが潜んでいる。 一体何なのかわからない恐怖に「早く―――。」ほんのスキに目を離した瞬間、そいつ(・・・)が襲って来た。 「いやぁぁあああ!!」 ビーチサンダルとか、お兄ちゃんのこととか既に頭から抜けていて、今は追ってくる未知の生物から 逃げるのに必死だった。走って、走って―――それでも追跡を止めず、ギラギラと目を向けてくる。 何度も振り返りながら逃げ続け(今になってそれが『狼』であったと気づいた)、不運にも転んでしまう。 「あっ・・・ああ・・・!」 もうだめだ・・・食べられちゃうんだ私・・・。 絶望の中、狼が地面を蹴って飛び掛ったところで、ぎゅっと目を閉じた。 ヴァチィィイインッ! 「勝手なことして・・・っ!本当に流されたらどうするの!?」 大げさに言えばそんな音がした。それと同時に頬が痛くなり、目を開けるとお母さんの顔が現れた。 「あ・・・あれ?あれ・・・?」 追いかけて来たはずの狼がいない。しかもいつの間にか、さっきまで遊んでいた川の側に私がいる・・・。 「気を失っていたから本当にっ・・・もうだめかって・・・!」 すすり泣くお母さんの言葉に、私はあぜんとした。全部ゆめだったの・・・? けれど、ゆめにしても・・・とてもリアルだった・・・。じゃあお兄ちゃん達も・・・。 「ビーチサンダルは・・・・・・・・・悪いけど諦めなさい。いいね?」 結局ビーチサンダルは見つからず、それ以降その森には行っていない。 後から聞いた話では、その森にウサギどころか、狼さえいないのだと言う。 *** 真夜中の墓地はやはり不気味だ。だが月の光がこの場を照らしているからか、神聖な場所に見える。 視界に映るのは立てられたばかりの墓標。『ジョナサン・ジョースター』と刻まれている。 早すぎる死だった。 「(ジョナサン・・・)」 私は10年前、彼と出会っていた。お互い言葉が通じなかったのに、それでも嫌な顔せず手を差し伸べた。 狼に襲われた後、彼はどう思っていたのだろう。 私だけ自己紹介していないのに、もしかしたら勝手に帰ったんじゃ・・・そう思われてもおかしくない。 私はとっくにあきらめて忘れていたのに・・・。いつ会えるかすら分からなかったのに・・・! 「(返すために・・・・・・・・・ずっと預かっていたんだ・・・!)」 火事になっても頑丈な鉄箱が守ってくれた証拠に、ビーチサンダルは原型を留めていた。 色あせていながらも、ホコリ一つ付いていない所から彼の性格が伺える。 それと同時に感謝と、強い罪悪感が胸を突き刺した。震える両手の上にあるビーチサンダルに一粒の水が 落ちる。これは雨ではないと、自分がよくわかっていた。 「(嗚呼っ・・・ジョナサン!ジョナサン!・・・ジョナ・・・!!)」 堰切ったようにの前で泣き崩れた。もう彼はいない。 ジョナサンは・・・優しかったお兄ちゃんは・・・・・・死んだのだ。 何日も溜まっていたものを全て吐き出す思いで、私は泣いた。 「ありがとう」と・・・「ごめんなさい」と・・・・・・。 二度と忘れはしないと脳に強く刻み込んだ。