『兎角亀毛』―――南北朝時代に存在した梁(りょう)で編集された『述異記』の「大亀生毛、而兎生角、是甲兵将興之兆」による言葉。 亀に毛が生えることはありえない事で、 そのような異常事態が起こるのは戦乱の凶兆であるという意味だが、 転じてありえない事の喩えとして使われる。 仏教用語としての兎角亀毛は、 『現実に存在しないもの、現実に存在しないものを存在するかの様に扱う愚かしさ、 あってないようなもの、曖昧な存在』―――という意味で使われる。 ―――古典における『角の生えたウサギ』 二兎追うものは一兎をも得ず 突如全身に、特に背中からかけて激痛が襲う。 全く訳がわからず、思考が正常ではなかったが為に私はのたうち回って転がった。 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い― 「・・・おい!―――・・・丈夫かアンタ!」 どこからか男の声が飛んで来たが、痛くてそれどころではない。 目尻に涙が浮かぶと視界に光が差し込んだ。初めて感じた光に思わず目を見開いた。 「うわっ・・・こりゃあ、ひでぇな・・・・・・。おれの声が聞こえるか?」 視界が霞んでいたせいで顔がよく見えない。彼(・)に応えたかったが、あと少しの所で私の手は空を切った。 *** ・・・あれ、どうしたのかな?手がすごく温かい・・・。 この感触(・・)・・・・・・誰かが私の手を握っている・・・・・・? 「(・・・・・・・・・?)」 おそるおそる瞼を開ける。見覚えがある(・・・・・・)天井だ。ここはどこの部屋だっけ・・・? 視界を広げて目を動かすと、ちょうど隣り側に誰かが映る。顔を俯かせていて静かな寝息が聞こえる。 金髪でメガネをかけたままの60代半ばと思われる女性。 すぐ側には、いつでも対応できるように水の入ったタライとタオルが置かれてある。 「(もしかして・・・この人がずっと看病を・・・?)」 だとしたらずっと手を握ってくれたのも、この人だろうか? 他人(・・)であるこの私を何故そこまでして―――? 「・・・。」 「(えっ―――)」 自分の名が出て来た動揺で無意識に手を強く握り返した。その仕草がこの女性を眠りから解放した。 ゆっくりと開かれたややグリーンの入った水色の瞳が私を映した途端、涙が溢れる。 「ああ!!目が覚めたのですね!」 私を強く抱きしめる彼女に益々混乱した。疑問符を浮かべる私に気付いた女性は我に返って、 持っていた自分のハンカチで涙を拭った。 「わたしですよ。エリナです。」 私の思考が一気に停止した。