現在、この邸にはジョセフ氏(ジョースターさんだとスピードワゴンがしょっちゅう呼ぶジョナサンの名称と
被ってしまうのでやめた)とエリナさんの二人暮らしで、メイドと言ったお手伝いさんはいないらしい。
以前のジョースター邸と比べて少し小さくなっているので特に問題はないと言う。
しかし、ここでお世話になっている以上、何もしない訳にはいかない。(あれ?前にも言ったっけ?)
「何から何まで助かります。」
≪居候させてもらってるのでお互い様ですよ。≫
「でも、本当に行かなくていいのですか?あなたも学校へ行く必要があるというのに・・・。」
本来なら私も午前中から勉強しなくてはならない。
だがこの現状だと、いくらエリナさんの厚意があるからと言って応じる訳にはいかない。
取り返せるか分からないが、1年分の学力を独自でつかなくては。
(いつ帰れるか分からないし・・・)
「(あれ?髪留めがない)」
清掃中、「(やけに髪がなびくなあ・・・)」と思い軽く頭に手をやると、
後ろで一つに結んでいた髪が下ろされていた。きっと何処かで落としたのだろう。
そこでエリナさんに代わりの髪留めを貸してもらった。
そこにジョセフ氏が帰宅して来た。ちょうど彼に背を向けていたので顔が見えない。
いつもならさっさと自分の部屋へ引っ込むのだが、今日は違った。
「何だあ?このスカーフ。」
「(・・・!)」
「あら、そんな所に・・・。、見つかりましたよ。」
意外にもそれはテーブルの脚の側に落ちていた。
エリナさんがうれしそうに笑みを浮かべているのに対し、私は複雑な思いを抱いていた。
でも見つけてくれたのは彼だし、ちゃんとお礼を伝えよう。
筆記を用意する中、何故かスカーフを手にジョセフ氏は黙り込んでいた。
また無口で返されるかと思いきや、
「あー思い出したぜ。確かにこれで髪結んでたな。」
普通に口を開いて喋り出した。しかし―――。
「しっかし一体どういうセンスしてんだ?
こんなダッセー色で・・・本来これは首にかけるモンだろ?
イカしたシャレのつもりかよ?」
声のトーンからしてからかいのつもりで言ってるのだろう。
だが、その時私は冷静ではなかった。
エリナさんが何かを言う前に、私はそいつの顔に向かって飛び膝蹴りした。
「遅くなってすまねえ!髪留めに使ってくれ!」
≪ありがとう、スピードワゴンさん。≫
「ん?スピードワゴン、これは・・・・・・。」
「スカーフ・・・ですね。」
「へっ?・・・あ・・・ああーッ!リボンを選んだはずが・・・ッ!」
≪ううん―――私、これがいい。素敵な髪留め、ありがとう。≫
私がこんなことをするとは思っていなかったのだろう。
ジョナサンと同じ195cmもある巨体がいとも簡単に崩れる。
思考が追いつかないジョセフ氏の胸倉をつかみ、そのまま床に押し付けた。
いわゆる『馬乗り』となって平手打ちをかます。
何度も何度も、何度も―――。
されるがままであったジョセフ氏の鼻血が自分の着ている服についたのを見て、突然表情が一変する。
「てめーよくもエリナばあちゃんに買ってもらった服をッ!!」
カッとなった彼は例え相手が女であろうと容赦しない。
それがたった今、証明された―――。
「っ・・・ジョセフ!!」
お互い殴り合っていたが突然、ジョセフの手が止まり、私も動きを止めた。
「ジョセフ!あなたは知らずに悪気なく言ったのでしょうけど―――。」
そう声をかけられている彼の顔に、いくものの涙が零れていた。
「そのスカーフは!のために、スピードワゴンさんが真剣に選んだ誕生日プレゼントなんですよ!」
頬を腫らして涙を流していた私は、
ようやく顔面を殴られて血を流していることに気がついたのだった。
***
やっと頭が冷えて来て、どうしようもない後悔と自分の愚かしさを胸に顔を覆った。
無視されたって平気だった。夕ご飯を作って手をつけてもらえなくても堪えられた。
自分のことならいい。
だが他人を―――よりによって友人を悪く言われたからには黙っている訳にもいられなかった。
でもそれは私が勝手に思い込んだことだ。あの場にいなかったジョセフは、何も知らないのだから・・・。
「ごめんなさい・・・。わたしが教えなかったばかりに・・・。」
自分を責めるエリナさんに向かい、何度も大きく首を横に振った。
鼻を押さえていたタオルには血のシミがいくつもできている。
≪私の方こそ―――余計なマネをして空気を悪くさせてしまってごめんなさい・・・。≫
「・・・あんなことしてしまったけど、本当はとてもいい子なんですよ。」
「ジョセフを、嫌いにならないで下さいね。」この状況にも関わらず、
優しい笑みを見せてくれるエリナさんに胸がキツくしめられた。
仲良くするつもりが、どんどん悪い方向へ進んでいく。
「(考え方まで暗いことばかりだなあ・・・)」
あなたの孫を殴ってごめんね、ジョナサン・・・。「そろそろ部屋に戻って休んでなさい。」
エリナさんの言葉に甘えよう。一旦リセットしなきゃ。
「(ん・・・?)」
もっと先に自分の部屋がある途中にドアの隙間から明りがもれていた。
私達以外の人間は他にいない。おそるおそるドアの隙間から耳を澄ます。
定期的に聞こえる寝息に時折聞こえるイビキ。
電気点けたまま寝るなんて、現代と変わらないなあ。
せめて電気だけは消そうと隙間に手を伸ばすと「うう・・・。」彼のうめき声が聞こえる。
あれ、起きた・・・!?
「エリナば・・・ちゃん・・・・・・。」
「(何だ、寝言か)」ホッとしてようやく部屋が暗くなった所でその場を後にした―――が、
「何でばっかり構うんだよ・・・。」
あまりにも意味深な言葉に思わず引き返した。
「スピードワゴンのじいさんも・・・ストレイツォまでっ・・・・・・
そんなにあの女が大事なのかよっ・・・・・・!」
堰を切ったように涙声で訴えるジョセフ氏にスピードワゴンのあの文中が浮かぶ。
"ジョセフが生まれて間もない頃、両親は他界している―――。"
彼にとってエリナさんとスピードワゴンだけが唯一の家族。
突然私が現れてそんな思いを抱くのも無理もない。
頭ではそう理解していても、私の心が複雑になる一方だ。