あの後ようやく落ち着いた私はこのジョージ・ジョースターさんの息子さんに抱えられ、
彼の屋敷に運ばれたという。
特に一番驚いたのは今が1888年だということ。タイムスリップなんてどこの某映画だ。
ここまで散々言って来たが、念のため頬だけでなく腕も抓ってみたが、本当の本当に現実だ。
何故よりによってイギリスに吹っ飛ぶんだ。日本国内にしてほしかった。
結論からして今、自分の家に帰るというのは難しいので(というより遥かにそれを超越している状況だが)
無理の承知の上で居候させてもらえないかと申し出ると「無事に帰れるまでここにいなさい。」
(この言葉には奇跡的にわかる単語ばかり入っていたので理解できた)と快く受け入れてくれた。
本当に優しい人だ。ありがとう御座います。今だけは筆談で許して下さい。
「やあ、。」
書斎で辞書を中心に大量の本を読み漁っている時にジョナサンに声をかけられ、
若干ズレたメガネを掛け直しつつ、顔を上げた。
「夕食の支度できたよ―――っていくら呼び掛けても出て来ないから、心配したよ。」
そう言われて窓を見てみると既に真っ暗だ。通りで明かりが昼間より眩しいと思った訳だ。
「勉強するのはいいけど、余り夢中になりすぎないようにね。」
≪ごめんなさい。≫
「わかれば宜しい。さあ、食事に行こう。」
そう言って私の手を取って子供を連れていくような形で優しく引っ張った。
その姿を見て一瞬、誰かが今と同じ形で手を引っ張る光景が浮かぶ。
その時運良く立ち止まらずに済んだので、ジョナサンの背中にぶつかることはなかった。
でもさっきの記憶は一体何だったのだろう。
全体に黒い影が覆っていて顔はよく見えなかったが、背が低かったような気がする。
***
今、このジョースター邸にジョナサンやジョージさん達はいない。
私はこの広い館の中を回りながら掃除している。
ジョージさんに「そんなことしなくていい。」と執事さん達と一緒に言われたが、
お世話になるからには自分のできることを実行しなきゃ彼らに申し訳ない。
普段行う掃除とかなりペースが違うが、あの人達に恩を返すにはまだまだ足りない。
「手際が良いですね。」と褒められた時はかなりうれしかった。
庭の掃除を終えた所で馬車からジョナサンと7年前に養子として引き取ったという
ディオが降りてくるのを目にした。
先に私に気付いたジョナサンが手を振ると、
(未だ声が出ないので「おかえりなさい。」と言えないのが癪だが)こちらもつられて手を振った。
するとジョナサンの隣りに立っていたディオが急に早歩きでこちらに近づいた時、私は思わず硬直した。
だが彼はそれに気付いているのかいないのか、動けないでいる私を抱きしめた。
「ただいま。」
優しく声をかけるディオに対し、私は頭を混乱させた。
「ディオ!そろそろ離したらどうだい?彼女の顔を見て。」
「嗚呼・・・すまない。」
「君に会えたのが嬉しくてつい、ね。」まるで何年ぶりかの再会のような言葉に心の中で疑問が生まれた。
最後に顔を合わせたのはたったの数時間前だというのにわざわざこんなことするのか?
それとも外国人の対応に耐性がない私がアホなだけか?
「お帰りなさいませ、ジョナサン様、ディオ様。風が強いのでささっ、お早く中へ。
様も入って下さい。」
「そうだよ。あんまり長居しちゃ体に悪い。」
嗚呼・・・またこれだ。私が声が出ないというのを知ってから執事やメイドだけではなく、
ジョージさんを始めジョナサンまでもが私を病人扱いする。
さっきまでスイスイと掃除していたし、健康体そのものなのだが、
この原因不明である声の消失はやはり何かの病気なんだろうか。そう思うと否定はし辛い。
「今日も書斎に行くんだよね?ぼくでよければ、手伝わせてくれないかな?」
≪是非お願いします!!≫
最近は勉強の合間を縫ってジョナサンが勉強を教えてくれる。いわば家庭教師だ。
本当にすごく丁寧に指摘してくれるし、まだ英語についていけない私に気を遣ってゆっくり喋ってくれる。
「何かいい事でもあったの?」・・・どうやら顔に出ていたようだ。恥しい・・・。
≪ジョナサンの、ような、家庭教師、いればいいのになあ―――って思ってた。≫
「そ、そうかい?嬉しいな。」
調子づけに書いたメモを見せると、ジョナサンは照れくさそうに頬をかいた。
こんな素直に反応してくれるとは思わなかったぜ。
「そういえば・・・さっきのことなんだけど、ディオに何かされなかったかい?」
≪なかった。何故?≫
ジョナサンは苦い表情でゆっくり話した。7年前、ディオを新しい家族として迎え入れて以来、
彼に嫌がらせをされたり、仲の良かったエリナという女の子(7年前だから今は女性だよね)や
愛犬の亡きダニーにも酷い仕打ちをしたようだ。
今のディオを思い改めると、とても想像つかない。
何故そんなことをするのか分からないが、これを打ち明けたということは私を信用してくれる、
というのだろうか。
「君もディオの方に行ってしまうのかと思ってたから・・・ホッとしたよ。」
まるで母親のような微笑みで私の頭を撫でた。あ、この場合は父親と言った方が正しいのか。
やっぱりジョナサンはジョージさんの息子だよ。うん。