あの災難の後、意識を取り戻した少年とその母親が「これでもかッ!」というくらい頭を下げた上、 お礼にフルーツをたくさん貰ってしまった。(ちなみにサイフは無事戻って来ました) こんなつもりじゃなかったんだけど・・・まあいいか。 さて、眼前に見えるのがエア・サプレーナ島で間違いなさそうだ。 事前に手紙を送ったのだが、ご丁寧にもお迎えしてくれた。 それがまさかリサリサさん本人だったとは思いもしなかった。 「ようこそヴェネツィアへ。私がリサリサ。あなたのことはストレイツォ達から聞いています」 凛とした瞳に、淡々と言葉を述べるその様は同性(わたし)から見てカッコいい。 見ていてまばゆい感覚を抱くと同時に、どこか懐かしさを感じる。 「わたしの下で修業するというのは―――・・・今も変わらないのね?」 ≪はい。今の私では太刀打ちできない、と身にしめています。  だから―――ここに滞在する許可をお願いします≫ 「・・・あなたの修業したい思いはわかりました。しかし!この『地獄昇柱(ヘルクライム・ピラー)』を制覇しなければ、  その意志など無用!」 急に体が傾いたと思った時には既に、その柱の中へ落とされていた。 水だと思っていたその液体の正体はなんと油。頭から思いっきり落ちたせいで全身油まみれだ。 「この地獄昇柱は波紋だけを好み、それ以外は弾き返す!波紋だけでこの柱を登り切りなさい。  できなければそれまで・・・」 ・・・中々言ってくれるなこの人・・・。 周りをよく見たら骸骨やら何かの残骸が浮かんでいる。 登り切れなかったら・・・と思うとゾッとした。 真ん中にそびえ立つ油柱は上から次々と油が流れている。 これは普通に波紋を流すだけでは効かないだろう。 上手くコントロールしなければ―――・・・。 「(ん・・・?コントロール・・・?)」 そういえばツェペリさんに植物を活性化させる波紋エネルギーを上手くコントロールするために 「イメージしろ。」とか言われていたのを思い出す。 ジョナサンと同様に使う攻撃型は掌だったり、足全体から一気に波紋を流していた。 けれど『種子弾丸』や『巨樹』の際、指先だけ(・・)で流していたような気がする。 「(それ(・・)を使えば・・・!)」 一本一本の指の頂点に波紋エネルギーが集まっているのを感じる。 更に足の指先(ブーツを履いているので分かり辛いが)にも集中させ、油の流れる柱に飛びついた。 ちゃんと柱にくっ付いている・・・!私の予想に間違いはなかったみたいだ。 「(後は・・・登るだけだッ!!)」 見た目はかなりゆっくり動いている。 何故ならこの一点集中がほんの緩みを出してしまえば、即行油の海にポチャン、だからだ。 先程リサリサ先生が話していたこの修練所で多くの波紋戦士が命を落としたという理由が、 今わかったような気がする・・・・・・。 私がこの柱に登り切る間、天井辺りに差し込まれる光が何回消えたのか、もう覚えちゃいない。 ようやく頂上に着いた時は本当に死んでいるかのようにその場で寝てしまった。 あの施設はその名の通り地獄です。 起きた頃には昨日の疲労はキレイになくなっていて、不思議と快適な気分だ。 新たなトレーニング前に雑用を任された私は、 ここに勤めるメイドのスージーQと洗濯やら食事の用意やらとにかく手足を動かす。 「は手際がいいのね。あたしだったら時間かかっちゃうもの」 ≪そうなの?≫ 「今夜の献立は何しようか迷っちゃうから、そこで時間ロスするのよ」 まあ家事(特に料理)をやり続けているとマンネリ化しちゃうんだよね・・・。 まだ実家にいた頃は積極的に家事を手伝うようになったのは小学5年生の時からだっけ。 (半分嫌々でやってた日もあったけど) 年が近いというのも含め、スージーQの存在は大きかった。 ジョナサンがいた時代から今まで会った同性は皆年上の人達ばかりだから、何かうれしい。 ≪でも、ちゃんと何作るか考えているからエライよ≫ 「まあ!ったら!」 ほんのり赤く火照った頬を両手に当て、照れながら喜びを見せるスージーは本当に表情が豊かだ。 エリナさんとはまた違った魅力を持つ。スージーも見ているだけで癒される。 「ねえ、波紋修業って実際どうなの?あたし全然わかんなくて・・・」 あ、そうか・・・スージーは波紋使いじゃないんだ。 ≪最初から意外にハードだったからビックリしたよ。多分これからもっと厳しくなるかもしれない≫ 「じゃあ今は思いっきりお洒落ができないのね。残念ね・・・とショッピングしたかったのに・・・」 なんて嬉しいことを言ってくれるんだろうこの子は!! ファッションに無頓着な私でいいなら・・・喜んで付き合うよ。 *** この島にいる間、リサリサ先生の召使兼弟子の二人が私の師範代として指導してくれる。 女でも手加減しないと、この過酷な特訓からひしひしと伝わって来る。 ここに来たばかりの私だが、いつまでも小娘扱いされては困る・・・・・・。 最終試練の前に私は呼吸を整え、海面に足をつけた。 私の体は沈むことなく、両足から複数の美しい波紋ができていた。 以前よりも呼吸のリズムが取れるようになっていると実感する。 それから何時間も海面の上に立っていると後ろから視線が背中に当たっているのに気付き、集中力を解いた。 集中していたから気付かなかったとは言え、何の『音』も聞こえないし、かなり遠めにいると言っていい。 誰だろう・・・? 「ああ・・・これは夢なのか?おれは天使に出会ってしまったのか・・・?」 何か幻聴が聞こえますよ? 振り返ったら全然知らない人がリサリサ先生の館の前に立っている。(しかも男) 何故か私を凝視しながら恍惚と語っているし・・・彼の方を向いてしまってちょっと後悔したかも。 「美しいシニョリーナ。君のその愛らしい口から名を聞かせてくれ」 「(無理です)」 口から言うのは今もできない。普通に喋れるとしても自己紹介するとは思えないけど。 「来たのねシーザー」 「せ、先生!」 彼が彼女に対し、そう呼ぶと言うことはもう一人のお弟子さんか。 ちゃんとビシッとお辞儀してるしね、当たり前のことだけど。 すると私の視線に気づいたリサリサ先生がこちらに向く。 「あなたの察しの通り、彼も弟子の一人―――シーザー・アントニオ・ツェペリです」 ツェペリ―――だって・・・!? 2014.06.17