その日の夜、奇妙な夢を見た。
誰かと共に何かから逃れようと草原を駆ける。この走り方は・・・人間にしては目線が低い。
どういう走り方をしているのか、自分の足や振っているはずの腕が見えない。
そこへ突然爆音がした方へ視線を向けると、三人の影がこちらにゆっくりと向かっていた。
「そんな貧弱な体でよく生き延びたものだ。」
私の知っている声ではない。だが姿がはっきり見えて来た途端、思わず息を呑んだ。
コイツらは・・・・・・コロッセオの地下遺跡で見た―――
"早く!早く逃げるのです!"
私の口から私のではない声が出た。・・・否、正確に言えばこれはテレパシーだ。
後から気付いたのだが、私の視点は人ではなく、『ウサギ』からだった。
「だ、だが君は・・・!」
"貴方達に私の命は救われた。だから今度は私が助けるのです。
だからその石を守る使命を忘れないで・・・!!"
青年から例の三人組みに向き合う。後ろから「必ず戻って君を迎えに行く!」と言葉を残して
走り去っていくのが聞こえる。
そうだった・・・。波紋の一族と奴らは『エイジャの赤石』を巡って戦っていたんだ・・・。
下に目線を落とすと、白い小さな足が小刻みに震えていた。
一体どんな思いで一族を守ったのか、ひしひしと伝わる。
「お前のような生物に危害を加える趣味はないが・・・我々の邪魔をするなら容赦はしない。」
構うものか―――そんな心の声が聞こえたような気がする。
長髪の男の腕から何かが出た瞬間、そこで視界がブラックアウトした。
***
ガバッと身を起こした時、今視界に映るのは自分の部屋だ。
変な夢を見たせいか、額にはびっしょりと汗が浮かんでいる。
軽くシャワーを浴びようかとベッドから抜け出した時、何か違和感を覚えた。
「(おかしいな・・・。左側がやけに暗いぞ?)」
カーテンを開けていないせいだと思っていたが、それは違った。
全開にして完全に昇っていない太陽の光が部屋に差し込むが、
どうも全体に光が行き渡っていない。
自然に自分の手で右半分の顔を覆って考え出した瞬間、目の前が暗くなった。
「(なっ・・・何・・・!?)」
慌てて手を放して辺りを見渡すと、すぐいつもの部屋の様子が映った。
不審に思った私は洗面所へかけつけ、鏡に映る自分の姿を見た。
特に目立った外傷は見当たらないけれど、『左眼』だけが同じ光景を映さないことは事実だった。
戸惑いと小さな恐怖を感じ始めた頃、上の階から何かが煮えたぎる音を拾った。
そこはちょうどリサリサ先生がいる部屋だ。
嫌な予感を覚えた私はすぐその部屋へ向かうと、血の臭いと外の気温とは違う暑さが襲う。
私の目の前にジョセフとリサリサ先生、傷ついたスージーを抱えるシーザーの姿があった。
この様子からすると、柱の男やらとバトったようだ。
「胸がむかつくやつだぜ。女の体にとりつくなど、醜いったらありゃしねえ!」
「シーザー、そいつは逆だぜ。おれはこいつと戦ったからよくわかる・・・・・・。
こいつは誇りを捨ててまでなにがなんでも仲間のため生きようとした・・・・・・。
何千年生きたか知らねえが、こいつはこいつなりに必死に生きたんだな・・・・・・。
善悪ぬきにして・・・こいつの生命にだけは、敬意をはらうぜ!」
同じ場にいなかった私には何が何なのか・・・・・。
けれど、僅か3週間で修業して来た彼に大きな変化があったことは確かであった。
スージーQにとり憑いた柱の男―――エシディシは、
カーズとワムウと呼ばれる仲間がいるであろうスイス宛てに『赤石』を郵送したと言う。
「そこは寒いから。」ということで、スージーが用意してくれた服装で行くことにした。
致命傷には至らなかったが、スージーの体にはまだエシディシから受けた傷が残っている。
≪もう動いていいの?≫
「ええ。・・・それより・・・・・・スイスに行くのね。」
その言葉に私はゆっくり頷いた。不安そうに俯くスージーの頭を軽くなでた。
≪大丈夫だよスージー。またここに戻って来るから、ね?≫
「・・・本当?絶対?」
≪ジョセフの首根っこを引っ張ってでも帰るよ。≫
「・・・ふふ!うん・・・うん!」
やっと笑みを見せてくれるスージーに安心と、不安が胸に渦巻いた。
最初から最後まで・・・『絶対』とは言えなかった。
もしかしたら途中、命を落とすかもしれない。
それを直接伝えようとは考えなかったが、せめて良い思いをさせたい。
未だ左眼は見えないままだが・・・行くしかない。