別名、太陽の谷と呼ばれるウインタースポーツのメッカ。噂に名高いスイス・サンモリッツ。 この高級リゾート地にぽつんと建つ1930年に閉鎖されたホテルがある。 14世紀にウィリアム・テルに倒された悪代官ゲスラーが建てた別荘兼要塞とも言うらしいが、 カーズ達は『太陽から身を守る宿』として目をつけたのだ。 皆がホテルを監視している間、私はリサリサ先生に頼まれたものを買いに外出している。 降り積もっていた雪が太陽の光に反射してキラキラと輝いている。 眩しくて手をかざすと、ふいに目も瞑る。 「(ああ・・・まだ見えないのか・・・)」 ここまで来て、未だに左目の不調を皆に伝えていない。 今のところ何の問題は出ていないが、これから激しくなるであろう戦いのことを考えると、 私のせいで足を引っ張らないか不安になる。思わずジョージさんから貰った懐中時計を握りしめた。 「(それにしても・・・・・・)」 一匹のウサギと柱の男。あの夢は一体何を暗示しているのだろうか。 思えば左目が見えなくなったのは、あの(・・)一夜からだ。 考えれば考えるほど疑問は深まるばかりで、足取りが覚束ない。 ざく、ざく、ざく――― 「(・・・・・・?)」 立ち止まって振り返ると、人影どころか犬や猫の姿すらなかった。 おかしいな。確かに私の後ろに誰か(・・)が歩いていたはずだったのに。 気のせいか。そう解釈して再び前を歩く。 ざく、ざく、ざく ―――違う!気のせいなんかじゃないッ! 種が入ってるポケットに手を突っ込み、静かに波紋の呼吸を行う。 ざく、と雪を踏みしめた瞬間、私は勢いよく振り返って種を飛ばした。 しかしその種は木に命中し、肝心の追跡者(仮)姿はなかった。 そんな馬鹿な―――。 だがよく見ると、雪の上に私以外の足跡がハッキリと残っている。 けれど足跡は私のとこまであと一歩というところで途切れている。 ここに透明人間でもいるのか!?その時、頭上から『呼吸音』を聞いて私は上を見上げた。 「『兎の後継者』だな・・・。カーズ様の命によりお前を連れていく・・・・・・。」 突然姿を現した謎の男。彼の口から出たその言葉。 こいつがジョセフの言っていたワムウだ。 太陽の下には出られないはずの柱の男が何故・・・!? その思考とは反対にすかさず『山吹き色の波紋疾走』をワムウに向けた途端、 私の身体から何か(・・)が切れたような音と共に外の景色が横転した。 *** 意識が遠のいてる中、私はリサリサ先生の館に来て間もない頃の場景を見ていた。 シーザーの過去について、私の時代では考えられないくらい悲しい青春を彼は送っていた。 今から4年前―――ローマで偶然見つけた父親マリオはシーザーを庇い、柱の男の罠により命を落とした。 シーザーは誤解からくる憎しみの深さはそのまま父への、一族への誇りの高さとなったのだ。 もし私が彼の立場だったら、シーザーのように誇りを持てたのだろうか。 もっと早く力をつけていればジョージさんを、ツェペリさんを助けることができたはずなのに・・・・・・。 歯ぎしりした瞬間、風を切るような音を聞いて目を覚ました。 波紋のスパークによって体を浮かせて横へ転がった。さっきまでいた位置にワムウが立っていた。 「いい動きだ。波紋の戦士であることは伊達ではないな。」 そう言って首を軽く捻る。木々が密集しているせいか、上から差し込む光はほぼ皆無。 弱点である太陽の光が完全に遮っているこのエリアは彼らにとってうってつけの場所。 眼前にいるワムウの姿を捉えつつ、私はここまで吹き飛ばされたことを思い出した。 相手は素早い。しかもかなりの手練れ。こんなにも早く遭遇するなんて・・・・・・。 一瞬、ジョセフ達の姿が脳裏に過るが、ここからじゃ遠すぎる。 それに、私を易々と逃がそうとは思わないだろう。 「(・・・・・・悪いねジョセフ)」 君が戦いたがっていた相手だけど・・・・・・状況が状況だ。 その代わり、君がくれたお土産(・・・)はちゃんと有効活用するから! 「ヨーヨー・・・・・・?」 見た目はかわいいが、なめたら痛い目を見るぞ。(何で彼がヨーヨー知ってるのか気になるけど) 試しにヨーヨーを上下動かす。それを交互に回していくと、ワムウに目掛けて投げ飛ばした。 鈍い音を立てて仰け反ってみせるワムウだが、 ヨーヨーに気を取られて私が飛ばした『種』には気が付かなかったようだ。 波紋の音を立てて、撃ち抜かれたこめかみから血が噴き出した。 さっき『種子弾丸』を当てることができなかったので余計に「よし!」と満足気に拳を握った。 ワムウの動きが一瞬鈍ったのを見計らい、今度こそ波紋入りのヨーヨーをお見舞いした。 油を流し込んで波紋を通しやすくしている分、ダメージが大きい。 「ぐぅううううう!こ、これ程とは・・・・・・!」 「・・・・・・!?」 消えた―――。 そういえばさっきいつの間にか姿を現したけど、ワムウはそういう能力を持っているのだろうか。 あの時はただ驚くことしか出来なかったけど今は違う。 耳と目に集中力をかけ、『足音』と滴る血痕を辿った。まさかあっちから離れるなんて―――。 「(絶対逃がさない・・・私が倒す!)」 ディオとの決戦でゾンビの大群を目の当たりにして私は思う。 柱の男もいくら不死身とはいえ、何か仕掛けて来るんじゃないかと・・・・・・。 ワムウの後を追いながら、森の奥深くへ進んで私は気付く。 今進んでいる方向―――カーズのいるホテルかッ! そうと分かれば絶対追いつかなくては・・・! ヨーヨーを両手に何本も行く手を阻む木々をなぎ倒した。燦々と太陽の光が仕込む。 目の前に木が倒れたのを機に、ワムウの足音が止まった。 「(そこだッ!)」 私は雪の上から跳躍して血痕と足跡のある方に向かって『種』を向けた。 しかし、やはり敵の方が一枚上手だった。 私の影が入った途端、ワムウが姿を現す。 ワムウは私に向けて両腕を差し出し、巨大な突風が躊躇もなく襲う。 完全に逃げ場を失った私はモロに攻撃を受けた。 そう分かったのは雪の上に落ちた時だった。 「がっ、ごほっ・・・!」 スージーが見立ててくれた服は愚か、スピードワゴンに貰った髪飾りまでボロボロだ。 ああ、私はなんてことを・・・! 攻撃がうまくいったとばかりにワムウに勝てると確信する自分がいた。 自惚れていた。たかが2年で波紋修業したヒヨっ子の自分にッ!くそ・・・ッ! 「・・・!?何故君がここに・・・・・・そしてその怪我は!?」 聞き慣れた声に我に返って視線を動かすと、シーザー(その本人)がいた。 何故彼がここに!? 「シーザー・・・か・・・。」 「なにッ!?」 ワムウが再び姿を消した。 透明化になることを伝えなくては―――でもどうやって? 声を出すことは勿論、ペンを握る力はあと僅か。 それでも何とかしなければ・・・!死ぬ物狂いで腕を伸ばす。 「大丈夫だ!必ず助ける!もう少しだけ辛抱してくれッ・・・!」 シーザーは私が助けを求めていると勘違いしたのか、 血にまみれた手を取って励ましの言葉をかけた。 違うんだシーザー。とてもありがたいことなんだけど肝心の情報を伝えていなっ――― 「シーザー!何をしている?一人だけでホテルに入るなど無謀!」 ざくざくと倒れている私の斜め後方からメッシーナ師範代が近づいてくる。 嗚呼ッ!なんてタイミングの悪い・・・! 悪態をついた矢先、頭上から空を切る音を聞いて視線だけを上へ動かすと、ワムウが姿を現した。 私は残っていた波紋をありったけ込めた『種』を二人に託した。 無理やり伸ばした両腕に今までにない激痛が走る。耐えられず、私の視界はそのまま暗転した。