あの夢の続きらしき光景が私の目の前に映る。どのくらい経っているのだろうか。 例のウサギは原っぱの上から微動だにしない。 『柱の男』達はどこへ行った? すると、あの波紋戦士がこちらへ向かって走って来た。 一瞬立ち止まり、体を震わせながら変わり果てたウサギを抱き上げた。 その反動でウサギの左眼球が落ちる。 「こ、これは!?眼球が・・・石に・・・・・・!?」 それは見覚えのある色と形だった。まさにそれは『エイジャの赤石』そのものだ。 そう理解した途端、ある考えが脳裏に浮かぶ。 先生が持っている赤石って・・・まさか・・・・・・!? *** 嫌な汗が額や背中にじっとりと汗ばんでいるのを不快に感じて目を覚ました。 空ではなく、白い清潔感のある天井が映る。 ・・・・・・何、このデジャヴ・・・。 ここが分かった途端、妙な緊張感を覚えた。・・・・・・確認するのが怖い。 意を決してゆっくりと両腕に力を込めるが、 まるでベッドに縫い付けられたかのように腕が上がらない。 顔は何とか動かせる。頭に違和感があるが、恐らく包帯でも巻かれているのだろう。 一旦深呼吸してから波紋の呼吸を始める。微かだが、体の巡りが良くなったような気がする。 ウインドナイツ・ロットの時と違い、負傷がひどいせいか回復は全開とは言えない。 けれどさっきはピクリとも動かなかった両腕に感覚が戻る。 体重をかけて上半身を起こす。両足はまだ痺れがあるが歩けないことはない。 誰がここまで運んでくれたのか、どこの病院なのかという疑問よりもシーザー達はどうなったのか。 ワムウは?とにかく情報が欲しい・・・・・・! 「ハッ・・・!様!その体で歩いてはいけません!」 様付けで呼ぶなど病院内では滅多にない。 一体誰だろうと記憶を引っ張り出そうとする私を見て、 白衣の男は「失礼しました。」と一旦詫びの言葉を口にして頭を垂れた。 「私はSPW財団の医師です」 『SPW』の文字がある名札を見て、すぐにピンと来た。 スピードワゴン・・・彼が言っていた財団の人か! 私が気を失った後、シーザーか師範代が連絡を入れてくれたに違いない。 だとしたらここはSPW財団の施設なのか? すると向こう側から何人も医師が入れ違いして、その表情はとても険しい。 その時、知っている呼吸音を耳にして私は怪我していることを忘れてその(・・)部屋へ向かった。 後ろから「様だめです!」と声が聞こえたが構ってる場合じゃない。 扉を開けるとメッシーナ師範代と、少し離れたベッドの上に一番重症のように見えるシーザーが 複数の医療機器に囲まれていた。 「・・・・・・貴女が気を失った直後、メッシーナ氏とツェペリ氏は柱の男と戦闘。  ホテルに引きずり込まれたメッシーナ氏を救出するためツェペリ氏は、重体に・・・・・・」 私の知らない間にそんなことが・・・・・・何で、何でこういう時に限って私は! 「しかし彼らは幸運だ。特にツェペリ氏は損傷が多いが致命傷を免れた。  よく分からないが二人の身体中に植物の蔓で覆われていたが・・・・・・まさかあれで・・・?」 医師は怪訝な表情で唸っていた。 私の悪あがきが今になって良い結果(重症には変わりないが)を遺してくれた。 私は半分ホッとするも、2人と一緒に戦えなかったことに罪悪感を覚えた。 この命が消えなかっただけでも今の私には救いだ。 「(ごめん、シーザー、メッシーナ師範代・・・・・・)」 謝った所で何も変わらない。けれどそう言わずにはいられなかった。 声が出ない前、心中で何度も呟いては消える。 この思いが通じてくれれば―――。 ≪ジョセフとリサリサ先生は?≫ 「お、お二人は宿に・・・・・・」 ≪本当のことを、聞かせて下さい≫ 表情からしてそうだが、声色や呼吸が先程より変化していた。 更に、ジョセフが修業疲れで昼寝していた時と同様に心臓の鼓動が聞こえる。 何故その音まで聞こえるようになったのか、今は深く考えないでいよう。 私がジョセフ達について訊ねた際、とても大きな音を鳴らしたのだ。 私が強く問い詰めると、彼は苦い表情で肩を下した。 「私が言ったところで、貴女には何もできない」 ≪怪我のこと?今こうして私は歩いてる。  いつも通りにはいかないかもしれないけど、ただ待ってるなんて私にはできない。≫ 「貴女はッ!あと一歩で死にかけていたんだ!何故自ら死に行くようなことをする!?」 ≪正気じゃないって言いたげだけど、  私の帰りを待ってくれる人達のために死ぬ気はない(・・・・・・)―――。≫ でも、それだけではない気がする・・・・・・。 どういう訳なのか分からないが、私の背中のアザと同じものを持っている伝説のウサギの左眼――― 『エイジャの赤石』と私の左眼とリンクしている。 赤石を奴らに奪われたが再び先生の手の元に戻っても、左眼は不可視のままだ。 それが・・・・・・そのウサギとカーズ達の因縁が原因だと言うのならば、見届ける必要がある。 ≪でも貴方達がいなかったら私も、シーザー達も助かってなかった。  ありがとう―――≫ 本当は場所を訊くつもりだったけど、無理強いはしたくないし彼らにも感謝している。 まず例のホテルへ戻ろうか。Uターンするつもりが、後ろから腕を掴まれて前に進めない。 この呼吸、この心音。まさか、こんなにも早く―――。 「全く、君は本当に無茶ばかり・・・・・・一人行かせると思ったか?」 「ツェペリ様!?ですが貴方もまだ・・・!」 「ああ、わかってる。移動する間は安静する。もちろん、もな」 私は未だ信じられない顔でちゃんと床に立っているシーザーを凝視した。 そう言う彼も痛々しい姿で白い包帯があちらこちらと目立っている。 それでも瀕死には至らなかったのだからまだ良い方か。 「あなた方の頑固さには参りました。場所はピッツベルリナ山。  ジョセフ様達は今そこで柱の男と赤石を賭けて戦っております」 「ピッツベルリナ・・・・・・古代環状列石(サークルストーン)か!」 ≪シーザー≫ 「ん?」 ≪ありがとう≫ 「礼を言われることはしていない。仲間を手助けに行くのはお互い様だ」 「もう、一人で突っ走るのはおれで終わりにしたい。」とポツリ言ったのを私は聞き逃さなかった。 訳は訊かず、ただ大丈夫と言い聞かせるように肩にポンと手を置いた。 シーザーは一瞬目を丸くしたが、フッと目を伏せた。 先程のような寂しげな表情ではなく、子供のように安堵した穏やかな表情だった。 2014.09.21