ジョージさんに「当分、外出禁止。」と言い渡され、あれから数ヵ月後。 あんなに緑豊かだった芝生が若干茶色に染まっている。 肌寒くなって来たころ、暖炉のある部屋で本を読ませてもらっていた。 今日はジョナサンとディオがラグビーの最終試合だと聞いているが、残念ながら留守番だ。 「もう終わったかな?」と懐中時計を取り出そうと懐に手を突っ込み、そのまま空を掴んだ。 「(もう・・・なかったんだっけ・・・)」 私があの時書斎で時計を置いてった以降、それは未だに見つかっていない。 とても気に入っていたものなのに他所の家で失くすなんて・・・きっとバチが当たったんだ。 「チチチチ・・・。」 「(嗚呼、ごめんごめん)」 この家の世話になってから、何故かやたらと小動物と絡むことが多くなった。 決してエサで釣った訳ではない。 それ以前に鳥どころか、猫でさえ彼らから寄って来ることなんてなかったのにどうしてか。 「(でも外に出れない分、いいか・・・)」 肩に乗る小鳥の背中であろう部分を軽く撫でると、 口ばしで毛繕いするかのように髪を突いた。 ささやかな触れ合いを楽しんでいる内に馬車が近づいて来るのが聞こえた。 *** 最近、ジョージさんの体調が良くない。 本人は前より良くなったと言っているが、ほぼ寝たきりの状態が今も続いている。 大丈夫かな・・・そう思った矢先、廊下側から何かが崩れ落ちた音が伝わって来た。 思わず立ち上がってドアの隙間から覗くと、 ジョナサンが下の階に向かって何かを叫んでいた。 表情と声色からして、とても穏やかではないのは明らかだった。 「ディオ!君のこの7年間の考えがわかった!ぼくらには最初から友情などなかった!  そして父にはもう近づけんッ!この薬を分析して必ず刑務所に送りこんでやるぞッ!」 ジョナサンの言うことに『これ以上聞いてはいけない』とすぐに部屋の奥へ引っ込んだ。 『父』 『薬』 『刑務所』 『ディオ』・・・ 始めから立ち会っていなかったが為、 その並べられた単語にどういう関連性があるのか理解できない。 だが彼をあんな表情にさせる程、険悪な雰囲気になったことはない。 少なくとも、彼らと過ごした日々だけは―――・・・。 「(何でこうタイミングが悪いのかなあ・・・)」 気を紛らわそうと読書しても、内容が頭に入って来ない。 私の大好きなホラー小説であるというのに・・・。 そこで絵を描くことに切り替わるが診察の後に起きた出来事を思い出し、 その気も失ってペンを置いた。 思わず溜息をついていると自分の部屋のドアがノックされる。 「、ぼくなんだけど・・・ちょっといいかい?」 ジョナサンの声だ。私はすぐに立ち上がってドアを開く。 先程より少し落ち着いた様子だが、いつもの笑みはない。 中に入れると「ぼくの話、聞いてくれるかい?」と 真剣な眼差しで私が見た出来事の内容を明かした。 ディオが・・・ジョージさんに毒を・・・!? しかも・・・自分の父親にまで同じごとを・・・!? 「7年前、とうさん宛てにディオの父から・・・。」 そう言って手渡されたのがディオの父親、ダリオ・ブランドー氏直筆の手紙。 おそるおそる、その手紙に書かれた文章を目で追う。 その文中に、ジョージさんが訴える症状が、ブランドー氏が抱えていた病と全く同じだ。 ディオへの疑惑が、パズルのピースが少しずつはまっていくように確信へ変わる。 「それで、ぼくはこれからロンドンへ行こうと思っている。」 何でも、ディオの育った場所である貧民街にジョナサンの言う薬を売る者がいるらしい。 「二、三日の間、とうさんを見てくれないかな?」 「(え―――?)」 「念のため医者以外は出入りしないようにするつもりだけど君が一番適任だと思うんだ。」 「・・・。」 「この話を信じろとは言わない・・・。君が思うように動いていいから。」 ・・・もう、いろんなことが突然すぎてすぐには追いつけないが、 これは・・・本当に信頼しているからこそ私に言ったのだろうか。 しかもそんな大役を―――明らかに荷が重い。 あの男(・・・)から、ジョージさんを守っていけるのか―――。 「(・・・・・・・・・)」 部屋を出て階段を下りるとすぐにジョナサンを発見した。 今から行こうとしている様子で、外へ出ようとする所を彼のマントを軽く引っ張って止めた。 「どうしたんだい。」 「(・・・)」 「?」 ≪―――気をつけてねジョナサン。≫ 「!・・・嗚呼、も気をつけて。」 彼のいる馬車を見送った後、どうしようもない不安と責任が押し寄せて来た。でも―――。 「辛かったんだね。わたしでよければ、胸を貸すよ。」 ジョージさんのあの笑顔を思い出すと、『出来る』『出来ない』と悩む場合ではない。