今日は雨が降っているせいか、自慢の髪もいつものようにビシッと決まらず気分もイマイチだ。
冬の時季もあって余計に体温を奪う。ああ、早く帰ってゲームしたい。
雨足が徐々に強くなる中、気に入っている靴で登校したことを今になって後悔した。
思わず出た溜息が白く浮き上がる。この道を行けば川原が見える。
この雨だ。きっとひどく濁ってるんだろうなあ。
なんて悠長にチラッと視線を向けると、
明らかに人らしき影が川から身を乗り出すように陸上に伏せていた。
―――人!?流されたのか!?
反射的にその人影に駆け寄った。遠くてハッキリ見えなかったが、倒れているのは女だった。
薄汚れたポンチョと側にあった帽子についているものを見てギョッとした。
血だ・・・・・・何処かで怪我をしたのだろうか。血を流しすぎているせいか顔色が悪い。
というよりまず、この人は生きてんのか・・・?
「お、おーい・・・・・・あの、大丈夫っスか〜?」
どう見ても大丈夫じゃないが、それ以外にかける言葉が浮かばなかった。
すると顔に張り付く黒髪の隙間から、まぶたがゆっくりと開いた。
よかった・・・まだ生きてた!
彼女を一旦引き上げたいとこだが、
怪我している場所を全部把握していない以上、迂闊に手が出せない。クソッ!
眉間にしわを寄せるおれに、その人は何かを訴えるように手を伸ばそうとしていた。
血に濡れた小さな手を、柄でもないが、そっと自分の手で包み込んだ。
「すみません・・・・・・絶対あんたを助けます・・・だから、ちょっとだけ待っててくれ!」
じっと見据えていた茶色の瞳が、どこか安心したように色づく。
そして再びまぶたが閉じた。こうしている間にも彼女の命が危うくなる。
近くに公衆電話はねえのか!?誰かいねえのかよ!?
おれができることがこれだけなんて・・・・・・なんてちっぽけな野郎なんだと自分を責めた。
差しているだけの傘はもはや邪魔だった。靴が泥だらけになっても構わなかった。
ちょうど角を曲がったおれとは反対の方向から、
後に出会うことになる山岸由花子が通ったのを気付かないまま背を向けて走って行った。
***
由花子さんの家に居候して早くも2か月が過ぎた。
あまりにも早く流れる時間が、まだ何も思い出せない私を余計に苦しめた。
ただこの年で身につけるべきの知識を独学で少しでも多く覚えられたのはまだよかった。
そんな私に気を遣ってか、学校に通ったら?と簡単に言う由花子さんに、
流石に頭を縦に振ることはできなかった。学校に行きたくないと言ったらウソになる。
けれど余所者の私が恩人にそこまで待遇されていいものなのか?
しかしアッサリと高校編入が決まったのだからこれ以上驚くのはもうないだろう。
とても有難いことだが、一体どういった流れでこんなにも上手く進むのか信じがたい話だ。
表情を歪める私などお構いなしに伝えられた編入試験にもなんとか合格して
今や晴れて由花子さんも通うことになった高校の生徒の一員だ。
年のこともあって自動的に3年生なのだが、私にとっては絶賛1年生の気分だ。
声も出ず、自分が誰なのか分からないまま登校するのだから不安でいっぱいだ。
そんな私とは対照的に由花子さんは相変わらずクールだ。
その落ち着きぶりがとても羨ましい。
「大丈夫よ、。まだ短い間だけど、声が出なくたって貴女ならきっとやり遂げられるわ。」
≪ありがとう、由花子さん≫
由花子さんのおかげで先程よりも緊張が少し和らいだ・・・気がする。
校門まで近づいてくると、時折通り過ぎていく同じ制服を着た生徒の数が増えていく。
賑やかになる校舎で後方から女子の黄色い声が飛び交う。
「お兄さん、どこのクラス?」「もしかして新入生?」
声からしてキャッキャとはしゃいでいるのが目に浮かぶ。
振り返りはしなかったが、きっと彼らの目の保養となるカッコいい男子が立っているのだろう。
まいったなあ、と例の男子らしき声だが、満更でもない様子だ。
あれ・・・?この声、どこかで・・・・・・。
「!途中まで一緒に行きましょ!」
由花子さんに腕を引っ張られると同時に、疑問もすぐにかき消されていった。
私の気のせいだろうとその時までは思った。