自分が推薦された専門学校の通学を断念せざる負えない状況に追い込まれたのは半年前―――。 いつものように下校し、明日の授業に提出しなければならない課題を進めながらも ちょうどよく帰宅して来た怜花に電話をかけていた。 深い理由なんてない。互いに別の高校に通っていたが、 家がほぼ隣り同士である2人からすれば、さほど寂しくなかった。 母子家庭であるの母親は看護婦で、連日夜勤になるのはいつものこと。 そんなと彼女の弟を気遣って、母の友人でもある怜花の母がよく 家に出入りさせてくれるのだ。 しかし母からの思わぬサプライズで、怜花の家に行く予定はなくなり は母の言う予約したレストランへ向かった。 だがレストランに着いた直後―――事件は起きたのだ。 とっくにいるはずの母親と弟の姿が見当たらないはすぐに連絡を入れた。 だが電話に出たのは母親本人ではなく、 母親の携帯電話を拾った(・・・)という他人だった。 その直後、駆けつけて来た警察官からは初めて知ったのだ。 「お気を確かにしてお聴き下さい。」 *** 自分のクラスの担任である蓮実が珍しくH.Rの時間になっても現れない。 普通なら朝の通勤ラッシュに巻き込まれたか、 そのラッシュ時に事故が起きたかのどちらかだが、 あの(・・)先生がそんな真似をするはずがない―――怜花はすぐにその考えを取り消した。 「Good morning!遅れてすまなかったな。今日はビッグなニュースを持ってきたぞ。」 「何ですか、それ。」 まさか・・・怜花はそんな表情で蓮実を凝視した。 「今日から一緒に勉強する生徒を紹介しよう。」の言葉に、怜花は思わず溜息ついた。 全く知らされていないクラスメイト達は「誰?」やら「男?女?」と騒いでいる。 「じゃあ、入って来い。」 それを合図にドアが開かれた途端、 あれだけ騒いでいたクラスメイトが一体感となるように静まり返った。 清楚な黒髪が、その持ち主が歩く度になびかれる。 中には既に釘付けになっている生徒がいるのを後になって理解した。 「自己紹介させる前に一つ言っておかなきゃいけない。  まず、は訳あって話すことができない。」 蓮実の言葉に生徒達は当然ざわついた。 順を追って説明する蓮実は、 事件に関することに一切触れて来なかった。 を配慮しての説明であることに本人も、怜花もホッとした。 事件以来、は失語症になってしまい いじめっ子の標的にされるのではないか心配していたが、 今柔らかくなっているこの空気にその不安は取り除かれた。 しかし一番心配なのは、彼女がこのクラスに馴染めるか、だ。 は失語症になる以前から積極性ではない―――。 それは怜花自身そうであるが、が一番内向的だ。 昔と比べて多少明るくはなったが、人見知りであるが為に クラスではいつも無表情だった。 怜花を始め、中学校時代から仲の良い小野寺楓子にだけは 表情は柔らかい。 しかし、心に深い傷を負った今の彼女はそう(・・)上手く行くだろうか。 「・・・さて、待たせてすまなかったな。皆にあいさつしてくれるかい?」 隣りに立つに声をかけた。 その一声で皆の視線が再び彼女に集まる。 不安な色でを見守る怜花だが、 俯いていたは顔を上げると後方の黒板に自分の名前を刻み始めた。 それを書き終えると、は再び凛とした目で怜花達の前に向き合った。 ≪先生が説明した通り、私は今筆談でしか会話ができません。  それでも―――仲良くしてくれると嬉しいです。  こんな私ですが、よろしくお願いします。≫ 長く書かれたスケッチブックを公開し、 ゆっくりとお辞儀したに暫し沈黙が続いた。 すると誰かが拍手すると、それに続いて何人も手を叩き出す。 怜花はそんな周りをちらりと黙視した。 ある生徒は完全に惚れ、ある生徒はの人柄に惹かれ、 それ意外の生徒達の目にも決して『同情』の色はなかった。 「(わたしが心配する必要なんてないようね・・・)」 しかし、そんな拍手の中で迎えられたを、 それとは全く不純な目で見つめている者を――― 怜花は見落としていた。