今日は委員会の仕事で呼ばれた為、怜花は不在。 帰宅部である雄一郎や圭介も家庭の用事で早々に学校を後にしていた。 先に帰っていいと怜花に言われたが、家に帰っても何もすることがない。 自分は大丈夫だと振舞っていたが、 怜花がいないだけでこんなに不安だなんて―――・・・。 学校にいても仕方ない、とは校舎を出た。 テニスコートから壮快にボールを打つ音が響く。 ふいに練習している生徒達に視線を向ける。 熱心に指導している軟式テニス部の顧問の真田教諭が の気配に気付いて顔を動かす。 目が合ったは自然に頭を下げた。 その場を後にしようと思ったが、何故か真田教諭に呼び止められた。 まさか声をかけられるとは思っていなかった本人は やや驚いた表情で顔を上げた。 「よかったら見学していかないかい?」 蓮実とは違う純粋な笑顔で迎える真田教諭に、 お人好しなは断ることができなかった。 「君がここに転入して一週間経つけど・・・学校はどうかな?」 ≪楽しいですよ。≫ 「それはよかった。」 それだけには終わらず、他愛な世間話も交えて話を続けた。 こうして長く会話をするのは蓮実に続いて二人目だ。 会話を交わす以前、酒井教頭や灘森校長にも上記のような 似た言葉をもらったが、一言二言だけですぐ終了した。 担任の教師以外で真剣に話しかけてくれるのは、 真田教諭が初めてだった。 「今日は一人なのか?」 ≪皆、用事があるので。≫ は遠慮がちに目を伏せた。 「・・・は・・・美術部に入らないのか?」 「(えっ?)」 ちょうど本人が悩んでいたことが当てられ、思わず真田教諭を見た。 だがこの話をしている時点で、真田教諭が本当にを軟式テニス部に 勧誘している感じではなかった。 「もう察しがついてるかと思うけど、  入部させるために誘った訳じゃないんだ。  家族を亡くしてまだ辛い思いをしていると思うが・・・  そろそろ自分がやりたいことを実行してみないかい?」 はスケッチブックを握り締めたまま、口を閉ざしている。 「片桐達に遠慮する必要はないんじゃないかな。  きっとあの子達も―――・・・あ、これじゃあ説教と変わらないか。」 すまないね、と頭を掻きながら短く謝る真田教諭に首を横に振った。 思い返せば、「怜花達がいるから。」とか そんな理由をつけて逃げていたのかもしれない。 彼の言葉のおかげで、心の中に引っかかっていた何かが外れたのを覚えた。 ≪ありがとう御座います真田先生。≫ 「いやいや。むしろ・・・こんなこと言って鬱陶しいと言われるのが常だからね。  そう素直に礼を言われたのは初めてだよ。」 ≪でも・・・何故そこまで気にかけてくれるんですか?≫ 「一人も落ちこぼれを作らないのがモットーでね。  違う組でも僕の生徒であることに変わりないよ。」 ≪―――うれしいです。≫ 何て言葉をかけたらいいのか、 歓喜のあまり自分の納得できない返事になってしまった。 だがその言葉をもらった真田教諭はうれしそうに笑みを浮かべていた。 「大分話し込んじゃってすまなかったね。」 ≪いいえ。貴重なお時間をありがとう御座いました。≫ せっかくだから美術部の見学ができるか確認してみよう。 がテニスコートに出ようとした時、真田教諭が何か思い出したように 言葉をかけた。 「さっきはあんなこと言ったけど・・・君がよければいつでも歓迎するよ。」 きっと入部の件についてだろう。 体育会系ではないが、一応候補に入れておこう。